第13話 火竜の子



 フラウ山に登って二日目。レーベは『悪魔の木炭』の酷い臭いで目が覚めた。昨日はメルが気を遣ってレーベが寝ている間に配置してくれたおかげで気付かず寝ていられたが、この強烈な悪臭に気付いてしまったらとても寝ていられない。おかげで嗅覚のある獣は絶対に寄って来ないだろうし目覚めは良いが、率先して使いたい道具ではないと思った。


 目覚めは良くても気分は最悪なレーベだったが体調はすこぶる良い。昨日大量に食べた火吹き山羊の肉で精力を付けたおかげか。

 体力の有り余るレーベは師と共に二日目の採集に出かけた。


 二日目は昨日と同じ場所で硫黄の採集だ。昨日戦ったモンスターの残骸には蠅が集っているが、不思議と他の獣に食い散らかされた跡が無い。


「野生の獣は脅威に敏感だから、まだ危険な相手が居ると思って近寄ってこないのよ。つまり今日は私達を襲ってくるモンスターは多分居ないわ」


 死体一つでそこまで分かるのも豊富な経験者だからこそだ。レーベにはまだまだ彼女から学ぶ事が山のようにあると思った。

 二日目は必要な分の硫黄と予定より多いフラム石を採集した。フラム石は火に関する調合にかなりの頻度で使うため、採り過ぎて困る事は無いそうだ。この日はメルの言う通り、モンスターの襲撃は無かった。



 山での採集三日目。今日は山頂での採集だ。山を登る二人は前日と違って今日は籠が一つ。ツルハシも持ってこなかった。中には昼の食料と水。それとなぜか初日に狩った火吹き山羊の毛皮が入っている。

 レーベは初めは山頂と聞いて宝石の採掘でもするのかと思ったが、ツルハシすら持たずに一体何を採集するのか不思議がった。師にそれを素直に言うと、宝石採掘は無断でやったら牢屋行きだと言われた。そもそもこのフラウ山自体立ち入り禁止だった気がするのだが、そちらは良いのかと疑問に思う。


「前もってギルドに許可を取っておけば一回入山料金貨三枚で済むわよ。宝石を採れば牢屋行きだけどね。硫黄やフラム石を採るだけならそれで済むのよ。そもそもフラム石なんて調合しない人間からしたらただの赤い石よ」


 それでも金貨三枚は一般人からしたら結構な額じゃないのかと思うが、メルはさらに興味深い事を教えてくれた。


「昨日倒した火炎猿の毛皮、上物ならギルドで金貨五枚で買い取ってくれるわ。火吹き山羊は金貨二十枚。角は一本金貨五枚。それから調合した薬を売れば楽に金貨百枚を超えるわ。金貨三枚なんて必要経費よ」


 レーベは同じ命懸けの戦いでこうまで稼ぐ金額が違う事に納得がいかない。同時に自分が初日にオーク三体と戦って手に入れたのが銀貨十五枚。金貨一枚に満たない額で命を失いかけたのが馬鹿馬鹿しくなる。

 ただし、ここで戦ったモンスターには報奨金が無い。オークやゴブリンと違って、人里や街が近い訳でも人に率先して害をなす訳でもないからだ。だが、毛皮欲しさに時折山に入る者はいる。そういう手合いからギルドが毛皮を買い取りつつ金を徴収して、国に納めていた。

 勿論この後、山に入ってから手に入れた物は全てギルドに提出して査定を受けるが、第二級冒険者は信用されているので手に入れた物を書面で申告すれば事足りた。それだけ第二級というのはギルドから信頼されていた。というより、第二級まで上がる冒険者は強さだけでなく、人格面でも秀でており、国家の為に働く意思を示さねば認めてもらえなかった。これは等級が上がれば上がるほど顕著になり、幾ら強くても素行不良の冒険者はいつまでも低位に置かれたままなのだ。例えゴロツキでも品の良いゴロツキなら信頼され、反対は信用されないものだ。


 信用云々はさておき、二人は時間を掛けて山頂まで登って来た。初めて山頂に来たレーベはこの山が貴婦人と呼ばれるのにも納得した。山頂の岩肌や転がっている岩がどこもかしこもキラキラしている。足元にもよく見れば色の付いた水晶らしき石がある。この山が宝の山と言われた理由がよく分かった。


「ここが宝石の宝庫なのは分かりました。でも宝石以外に、いったい何を探すんですか?」


「あちこちにいるじゃない?あの赤い蜥蜴よ」


 メルの指差す先に居た赤い蜥蜴。体長は3メード(3メートル)ほどのずんぐりとした身体に短い手足。頭には角が生え、全身は大きな鱗にびっしりと覆われている。さらにひときわ目立つ尻尾。その先端にはなぜか青や橙の火が灯っている。


「イグニスドレイク。この山に生息する魔法生物よ。別名『火竜の子』。勿論本物のドラゴンじゃないけど、外見と強さは名前負けしていないわ。あれを倒して死骸を手に入れるの」


 レーベの心臓が跳ね上がる。夢にまで見たドラゴンではないが、その眷族と言える相手を前にして興奮を抑えきれなかった。

 メルはそんな弟子の姿を見て、怖気づかないのは良い事だが怖れ知らず過ぎて、いずれ死に急ぐような真似をするのではないかと心配になった。冒険者は往々にして向こう見ずなその日暮らしに近いが、それでも勝機が薄いと見れば、早々に撤退も視野に入れる冷静な判断力も持ち合わせなければならない。命さえあれば再戦だって望める。そういう引き際も師として今の内に教えておかねばならないと考えていた。

 師弟の考える事は違えど、どちらにせよ目の前の蜥蜴は倒さねばならなかった。

 幸いイグニスドレイクは群れを作る性質は無く、刺激しなければ大人しい性格をしている。普段は餌の鉱石を食べる以外は日向ぼっこしていた。

 そんな無害な魔法生物を狩るのは心が痛いが、レーベは夢の第一歩と思い、剣を抜いて左手には火吹き山羊の毛皮を手にした。山羊の毛は火の魔力が宿っており、少々の火など物ともしなかった。火を吐くイグニスドレイクには必須の装備と言える。

 ジリジリと近づくレーベに気付いた一体が警戒しながら、小さな火の息を吐きつつ尻尾を何度も地面に叩き付ける。これ以上近づくなという威嚇行動だ。

 レーベはその場で足を止める。両者は睨み合うが、イグニスドレイクにとっての災厄は天より振って来た。


「アイシクルエッジ」


 メルの詠唱によってドレイクの上空に数本の氷柱が生まれ、それは勢いよく落下して身体に突き刺さった。火竜の子は絶叫し、矢鱈めったら周囲に火を吐き続けた。

 レーベはその火を恐れる事無く正面から突撃。二度炎を浴びたが、火吹き山羊の毛皮は完全に火を防いでくれた。

 そして頭上から剣を振り下ろし、脳に当たる部分に突き刺した。が、驚異的な生命力を示したイグニスドレイクは長い尻尾でレーベを打ち据えた。彼は弾き飛ばされたが、幸い背中はオリハルコンの鎧で覆われており、打撲程度で済んだ。


「いつつ…!あっしまった、剣が――――」


「無様ね坊や。敵が地面に釘付けになってるから良かったけど、あのまま追撃されてたら危なかったわよ」


 メルに小言を言われて急いで起き上がると、イグニスドレイクは氷柱と剣によって串刺しのまま必死に動こうとあらがっていた。頭から口までを縫い付けられて火は吐けないが、じたばたと尻尾を振るう様は十分に脅威だ。予備の武器の無いレーベには近づく事も出来ない。

 不幸中の幸いは全身串刺しによって段々と抵抗が弱まり、ついには尻尾の火が消えて、イグニスドレイクは息絶えた。


「強いなー、でも竜はこの蜥蜴よりずっと強いんだ」


「当然よ。こいつ十頭纏めても竜には到底及ばないわ。今の坊やには技術も経験も、何より装備が足りてない。今のままじゃ竜を倒すなんて夢のまた夢よ」


 ばっさりと切り捨てられ、悔しさが込み上げる。だが師はそんな弟子の感傷に付き合わず、さっさと立ち上がらせて剥ぎ取りを手伝わせた。

 イグニスドレイクは魔法生物だが、その生態はゼリーより通常の生物に近い。体内の核を壊さなくても、一定以上身体を破壊すれば倒せるし、死骸も残る。

 手始めに突き刺さったままの剣を抜いてから、口を開けて牙を全て切り取った。


「この牙が竜牙兵や骨の鳥の触媒になるの。他にも砕いて金属に混ぜると武具に火の属性が付くわ」


 さらに彼女は死骸から全て鱗を剥ぎ取れと弟子に命じる。言われるままに赤い大きな鱗を粗方剥ぎ取ると、ちょっとした小山になった。


「こっちはそのまま盾や鎧に張り付けると、それだけで強靭で火に強い防具になる。換金用に確保してもいいわね。角もそのまま砥げば短剣や槍の穂先になるわ」


 レーベはどちらも火の象徴であるドラゴンと戦う為に必要だと気付いた。最低でもこの牙や鱗で作った武具で身体を固めなければ、たった一度の火の息吹を受けて骨すら残らない死が待っている。実家から持ち出した武具も業物だが、それだけでは足りないのだ。

 悔しさはあったが、今はそれを一旦棚に置き、二頭目を狩る事にした。今度はメルは採集したばかりの牙を使って竜牙兵を作り、前後からの挟み撃ちで仕留めるように命じた。当然、前は山羊の毛皮で守りを固めるレーベが担当する。

 前から近づいて来るレーベに気付いた二頭目のイグニスドレイクは威嚇を続け、それでも近づく外敵に火を吐きかける。レーベはそれを左右に動いて回避するが、思っていたよりも火は速く、毛皮で受け止めるので精いっぱいだ。しかし、前にばかり気を取られていて後ろからの接近には気付かず、竜牙兵の剣で尻尾を斬り落とされた赤い蜥蜴は絶命した。


「イグニスドレイクの核ってあの尻尾の火なんだ」


「そうよ。魔法生物は核の場所がそれぞれ違う。だから種族で弱点を見極めないと無駄に戦いが長引くわよ」


 人型や四足なら心臓の位置はある程度決まっているが、既存の常識の通じない魔法生物相手には戦った経験、あるいは弱点を見抜く高い洞察力が求められた。

 レーベは二頭目の死骸から牙や鱗を剥ぎ取りながら、どうすれば一対一であの火竜の子に勝てるか考える。


(弱点は分かる。後ろから回り込むのは一人では無理。なら側面から行く―――向きを変えれば済む。餌を撒いて気を逸らす―――警戒されて難しい。正面からでも火は防げるから、最短で駆けて切り伏せる―――もう一つ手が欲しい)


 あーだこうだと考えながら剥ぎ取っている弟子を師は心なしか嬉しそうに眺めている。ヒントは既に二度与えている。後は自分で考えて、自分なりの答えを出せるか否か。それを特等席から眺めるのは存外に楽しいと最近気付いた。

 ドレイクの鱗を全て剥ぎ取る頃にはレーベは自分なりに攻略法を組み立てて、三頭目を一人で狩る事を師に申し出る。彼女は危なくなったら自分が助けると言って見守る事にした。


 三頭目は岩の隙間にある宝石の原石を長い舌で舐め取っている個体を選んだ。

 レーベは魔法具のクラッカーに魔力を込めて投擲してからドレイクに近づく。クラッカーより近づく敵の方に気を取られたドレイクは向き直り臨戦体制をとる。

 近づくレーベに警戒心が集中して、足元に転がるクラッカーの存在を無視したのが三頭目の不幸だ。足元で炸裂したクラッカーの風圧でひっくり返った。そしてその期を逃す気の無いレーベは毛皮を前に構えて全力疾走。体勢を立て直す最中のドレイクが敵の接近に慌てて火の息で対応するも、無理な体勢では狙い通り当たらない。それでも多少は当たったが火吹き山羊の毛皮が防いでしまった。

 最短距離で肉薄したレーベは毛皮をドレイクの顔にぶつけて視界を遮る。もがく蜥蜴を無視してその体に飛び乗って、尻尾の付け根をミスリル銀の剣で切り裂いた。硬い鱗に覆われていようが、強靭なミスリルの前では役に立たず、あっさり尻尾を斬られて核から切り離された胴体部は急速に力を失い動きを止めた。

 レーベは嬉しさのあまり絶叫したが、急に後ろから頭を叩かれて我に返る。


「こらっ!相手を倒しても周囲の警戒を怠らないの。周囲のドレイクがクラッカーの音で敏感になって、襲い掛かって来る事もあるのよ!残心を忘れて死にたいの!!」


 師のメルに叱り飛ばされたレーベは難敵を倒した高揚感から一転、急激に頭が冷えてしまう。


「あ、ごめんなさい先生。嬉しくてつい」


「まったく。一度なら見逃すけど、二度は無いわよ。――――でも、今回は無傷で倒したわね。偉いわ」


 叱った後にレーベは頭を撫でられた。師の優しさと厳しさを同時に味わい、彼の心の奥から温かい感情が込み上げた。


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