第12話 火山の富



 フラウ山の由来は山頂部に出土する宝石の各種原石が太陽の光を反射して、まるでアクセサリーを纏った貴婦人のように見えた事が由来だ。そこで王国は国の財源とするために大規模の採掘を開始。豊富な宝石を国内外に販売して大きな利益を得た。当時は王国の誰もがこの山を宝の山と言って持て囃した。

 だが、宝石が山肌に露出している事の意味が分かった時、その山は死を振りまく恐ろしい山となった。

 突然の火山噴火によって千人を超える鉱山師や麓の集落の家族達は灰と溶岩に埋もれた。それが三百年前。

 以後、フラウ山は度々噴火に見舞われ、人は宝の山に近づく事が出来なくなった。勿論一獲千金を求めて危険を冒してでも宝石を手に入れようとした者は後を絶たない。事実大規模な噴火は三十年に一度程度の周期で起こるので、その間は近づく事は出来る。運の良い者はそこで財を成して、その話が吟遊詩人を通して伝わり、欲に突き動かされた人間が定期的に出入りするようになる。

 が、その都度小規模な噴火に見舞われて、命を落とす者が増えた。そこで国は全面的に立ち入りを禁じて規制した。それで多少は出入りする者も消えたが完全には消えない。

 人が消えた理由は別の存在が現れたからだ。人が山に上れなくなった一番の理由は他所からやって来た魔法生物だ。彼等はどれも火に強い種族であり、火山の噴火にもある程度耐えられる。自分達を狩る人間が来ない土地は恰好の縄張りとなった。そうして段々と数を増やして着々と山を勢力圏にし、彼等は王国を築き上げた。

 さらにそこに火山噴火からも耐え抜いた木々が繁栄して森を再生。麓は人の手の及ばない豊かな森となる。そうなると動物は増え、それらを狩る肉食獣が数を増す。モンスターも引き寄せられる。オークのような亜人も縄張りを作る。

 フラウ山の山頂は魔法生物の王国。麓の森は動植物の楽園となっていた。おかげで今では元のフラウ山ではなく、誰にでも股を開く『あばずれ』山と侮蔑を受ける事もあった。

 これがフラウ山の辿った歴史である。


「はい、良く出来ました。やっぱり育ちが良いと話が早くて助かるわ」


 メルに頭を撫でられたレーベは恥ずかしいが、褒められるのが嬉しくもある。

 師弟はムーンチャイルドと共にフラウ山の三合目辺りにテントを張って野営の準備をしていた。

 ここまで空を飛び丸一日以上かかっていたが、ようやく昼には着いて、急いで準備をしている所だ。

 フラウ山は標高700メード(700メートル)のなだらかで比較的低い山なので、一日あれば山頂まで行ける。麓の森が近いと狼やヒグマのような野生動物が寄って来てしまうので、高過ぎず低すぎない見晴らしの良いこの辺りに拠点を構えている。

 今日は既に昼を過ぎており、今から山頂に行くのは時間が半端になる。だからここから少し登って中腹当たりで採掘をする予定だ。

 留守をメイドに任せ、二人は採集籠を背負って山を登り始めた。


 今日の採集品は主にフラム石と硫黄だ。これらは調合でも使用する頻度が高く、ある程度纏まった量を備蓄しておかなければならない。


「フラム石と硫黄はクラッカーとは別系統の攻撃用の魔法具の材料に必須なの。だから今日はこの籠に一杯採るわ」


 フラム石は噴火で出てくる溶岩の一種なので、活火山のこの山には幾らでもある。硫黄も同様にそこかしこにあるので、採り尽すような心配はいらなかった。二人は片手つるはしを使い、黙々とフラム石を採掘していく。

 一つ目の籠が一杯になった頃には二人とも汗が噴き出ていた。今は秋も後半に入り、一気に肌寒さが厳しくなったが、ここは火山の影響で比較的暖かい。おまけに力仕事だったので余計に暑くなった。

 キリの良い所で休憩となり、汗を拭きながら水筒のお茶を飲む。レーベは背後に噴煙を上げる火山がありながら、こんなにのどかで牧歌的な雰囲気だったのがおかしくて、不思議と笑いが込み上げてきた。


「何よ急に笑い出して、変な子ね。――――――ッ!敵よ!準備して!」


 メルは水筒を投げ捨て、杖を構える。レーベも腰の剣を抜いて臨戦態勢をとる。

 二人の前には赤い毛の人型が三体、同じく赤い毛並みの山羊が一頭。どちらもこちらを威嚇しながら様子をうかがっている。


「大きい人型は火炎猿、山羊は火吹き山羊よ。どちらも火に強くて肉食のモンスターだから気を付けなさい」


 レーベは数が多く、見るからに大柄で力の強そうな猿を警戒するが、それは大きな誤りだった。その隣に居た山羊は大きく息を吸い込み、次の瞬間一気に吐き出すと、火の壁がこちらに迫って来た。想定外の出来事に咄嗟に身を固めるが、後ろの師は悠然と杖を敵対者に向けて呟く。


「ウォータードロップ」


 生み出される水球は目の前に迫る火を完全に遮断し、あまつさえ火を押し戻して猿や山羊へと突き進んだ。勢いの付いた水はモンスターを怯ませたが、大したダメージを与えない。しかし、自分達の攻撃が容易く止められた事に動揺して、次の動作に移れない。

 それを見逃さないメルは次の手を打っていた。彼女は再び詠唱する。彼女の杖が帯電し、発光した。


「バウンドライトニング」


 上から下に落ちる雷の常識を覆し、メルの雷は真横に放たれてずぶ濡れになったモンスターたちを襲った。彼等は例外なく悲鳴を上げて悶え苦しむ。

 光が止み、そこにあるのは濡れたまま毛の焼ける悪臭を漂わせて痙攣するモンスター。その内の火炎猿の一体は動ける内に一目散に逃げて行った。


「さあ、次は坊やの出番よ。相手は痺れているけど、それが抜ければ襲い掛かって来る。今がチャンスよ」


 師に言われるままにレーベは疾走、立ち上がろうとする火吹き山羊の側面に回り込んで首に剣を突き刺した。その剣をねじって首の神経と血管をズタズタにしながら引き抜くと、山羊は血を噴出して絶命した。

 その頃には火炎猿も痺れから回復して、一体がレーベに飛び掛かる。しかし彼は冷静に身体を横にずらしながら、すれ違いざまに猿のわき腹を剣で裂いた。倒れた猿はのた打ち回りながら絶叫する。

 残る一体は仲間を悉く殺され、完全に脅えて逃げるか戦うかすら決められず迷っている。レーベも逃げるなら追う気は無いが、その場にいる以上は敵と認識している。

 ジリジリと間合いを詰めるレーベに恐怖が勝った猿は叫びながら左腕を振りかぶった。迫る腕は長く太い。どちらもレーベの倍はあり、腕のリーチは剣を含めてようやく勝るぐらいだ。だが、その長さが時として命取りとなる。

 レーベは冷静に拳を避けて猿の懐へ飛び込んで、寝かせた刃を鳩尾に差し込み、その上で横に薙いだ。頑強な火炎猿の筋肉でもミスリル銀の鋭利な切れ味に勝てるはずも無く、心臓をリンゴのように切り裂かれて力なくレーベに覆い被さった。

 心臓を潰した猿の身体を跳ね除け、最後に弱弱しくのた打ち回る猿をうつ伏せにして、首筋に剣を刺して殺した。


「上出来よ坊や」


「先生の魔法があったからですよ。こいつらが怪我をしてなかったら、もっと危なかったです」


 レーベの言葉は謙遜では無い。火炎猿はオークより力と知恵が上だ。そして火吹き山羊も火を吐く習性から、相当に厄介な手合いだ。今回のようにメルが電撃で痺れさせていなければ、本来の力を発揮して強敵としてレーベの前に立ちふさがっただろう。


 それからメルは一旦採集を止めて、倒したモンスター達を解体し始めた。最初に山羊の方を慣れた手つきで皮を剥いで内臓を引きずり出す。まだ脈打つ内臓は非常にグロテスクだが、彼女はまったく気にしない。あっという間に皮の上には肉と内臓、斬り落とされた角が鎮座している。

 そして休む間もなく今度は猿の方を解体する事になる。こちらはレーベが担当する。練習としてある程度失敗しても構わないと師から言われているので少し気楽だった。


 二体分の猿の皮を剥ぐのはかなり体力が必要だが、レーベはどうにか剥ぎ取れた。猿の方は皮と心臓以外は不要だったので、後はこの場に放置すれば勝手に他のモンスターが腹の中に納めてくれる。二人は空いている籠に毛皮と肉を入れて、一旦キャンプ地に戻る事にした。硫黄の採集はまた明日だ。


 キャンプ地に戻った二人は山羊肉をムーンチャイルドに渡して、毛皮と内臓の処理に取り掛かる。内臓の方は軽く水で洗って血を流してから天日干しにしておく。毛皮の方も洗うのは同じだが、こちらは大きいのと汚れが強いので、相当手間が掛かった。


 初日から疲れ果てたレーベだったが、夕食はしっかりと食べる。保存用のパンと新鮮な山羊の焼き肉が疲れた体に染みわたり、幾らでも食べられる。山羊肉はやや臭みがあるが、血抜きがしっかりしてあって香草を多く入れたので獣臭さはあまりしない。偶然、山羊の首を切って家畜の血抜きと同じ事をしたのが良かったのだろう。残った肉もムーンチャイルドが即席の燻製にしてあるので、山に居る間は肉に困る事は無い。


「しっかり食べて沢山栄養を付けておきなさい。明日も大変よ」


「はい先生。ところで内臓の方はどういう薬になるんです?」


「山羊のは火傷に効く薬。角は工芸品。猿の心臓は強心剤になるわ。こういう魔力を体内に取り込んだ動物の内臓は良い薬になるのよ」


 火山のように自然豊かな場所には魔力が溜まりやすく、そこに長年住みついた動物には自然と魔力が溜まり、身体の性質を変化してしまう。それが子に伝わり新たな種が生まれる事がある。そうした獣は街の近くや家畜にはない特徴を備え、体は薬や毒にもなりやすくなる。今二人が食べている肉も例外ではなく、火の魔力を体内に取り込んでいる状態だ。だからレーベはいつもより体が熱いと感じていた。


「と言っても調理している間に大半の魔力は霧散しているし、消化してしまえば完全に無くなってしまうわ」


 つまり温かいのは今だけだ。残念な気分だが、美味しいのは変わらないので沢山食べて、その夜は早めに床に就いた。

 眠る時にメルがグロアッシュの枝から作った『悪魔の木炭』と前もって作っていた『結界石』を使い、野生動物や魔法生物を近寄らせなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る