第10話 魂は天へと還る



 教会の応接室に通された二人は見習いの修道女にお茶を淹れてもらった。


「申し遅れましたが、私はこの教会を預からせて頂いている司祭のジョージと申します」


「僕は冒険者のレーベです。お会いできて光栄です司祭様」


 初対面の二人が挨拶を交わす。この時、ジョージは目敏くレーベの挨拶が平民やただの冒険者のものではない事に気付いたが、あえて何も聞かなかった。元より噂である程度聞いていたので、その情報を補強する程度の情報としか思っていない。

 そして挨拶もそこそこに、ジョージは本題を切り出す。


「メルさんにはいつものように墓地で霊魂を静めて頂きたいのです。場所はこの街の西にある共同墓地です」


「良いわよ。もう少し夜が更けたら向かうわ」


「それってどういう事なんですか?」


「ふむ、ではしばしこの老人の言葉に耳を傾けて頂きたい」


 ジョージはおもむろに咳払いをしてゆっくりと語り出す。その姿は説法に慣れた司祭という役だからか良く似合っていた。


 ジョージの話を要約すれば、人であれ動物であれ、モンスターでも霊魂は宿っている。その霊魂は死しても暫く天に還らず現世に留まっているらしい。それにも個体差があり、中には数日中に天に還る魂もあれば、年単位で留まり続けるそうだ。それは肉体の有無で顕著になり、肉がある内はそのまま張り付いて留まるが、肉体が失われれば自然と魂は諦めて還ってしまう。

 自然の動物やモンスターなどは野に晒せば他の動物や虫が食べてしまうので早々に天に還るが、人間の場合は埋葬しても肉が腐り落ちて骨になるまでしばらく時間が掛かる。だからその間に霊魂が彷徨い出る事が割とあるらしい。

 ちなみに屋敷の骸骨兵は人間の魂ではなく、犬猫や森で死んだ動物の霊魂を人間の骨に突っ込んで言う事を聞かせているそうだ。だから簡単な命令しか分からないし出来ないらしい。


「そうした時に私のような神官が、神より授かった『鎮魂』の力で彷徨う魂を静めて天へと還すのですが、如何せん私ももう歳でしてな。こんな夜更けに墓地に出向くのは身体に堪えるのですよ。ですから、親交のあるメルさんに代役を頼んだのです」


「そこで他の教会の司祭に応援を頼まずに死霊術師に頼むのが貴方の偏屈な所ね。その性根は死んでも治らないわ」


 色々と興味深い話が聞けたのは良いが、レーベはそれよりも師と老司祭がどういう経緯で知り合ったかが気になる。死霊術という真っ向から死者を冒涜する魔法を平気で使う魔導師と、秩序や正義を司るロジックス教は極めて相性が悪い様に思えてならない。事実、この教会に入って来た時の修道士達の刺すような視線には、明らかに嫌悪感や拒否感が籠っていた。

 二人に直接聞いてみたい気もするが、レーベはどうにも二人の間に入ってプライベートな質問をするのが躊躇われた。

 結局、悶々と思考の迷路に入っていた間に夜が更けてしまい、仕事の時間が来てしまった。



 三日月の夜は暗く、夜中の共同墓地は人っ子一人居ない。離れた平原では野犬の遠吠えが時たま聞こえ、レーベは驚いて無意識にメルのローブの裾を掴んでしまった。


「恐くて夜にトイレ行けない子供じゃないんだから。全く、しょうがない子ね」


 そう言って彼女はレーベの空いた手を握って落ち着かせた。猛烈に恥ずかしかったが、不思議と師の手の暖かさはレーベの心を落ち着かせてくれた。

 落ち着きを取り戻したレーベは腰にぶら下げたランプの光を頼りに墓地を歩きながら、どのように霊魂を静めるのかを尋ねた。


「その前に、人間の扱う魔法には大別して二つの系統があるのは知ってるかしら」


「?はい。先生のような魔導師が使うウォータードロップみたいに水を操る魔法と、神に仕える神官がそれぞれの神より授かる神魔法の二つですね」


 急に妙な事を聞く師を不審に思いながらも、レーベは自分の知る魔法の知識を語る。

 魔法とは古来より二つの系譜がある。

 最初の一つは神に仕える神官が神の下僕として主に願い、力を分け与えてもらう神魔法。これは個人の資質に依らず、どれだけ神の下僕として深く信奉するかで、より大きな力を行使出来るかの差が生まれる。この魔法の利点は生まれ持った魔力や才能に左右されずに魔法を行使出来る事だが、授かる魔法に個人差があり、自らが求める魔法を都合よく覚えられない点がデメリットだ。

 もう一つは、神魔法より後の時代に生まれた魔導師の魔法。メルが扱う魔法や死霊術がこれに該当する。こちらは完全に人が作り出した技術であり、使用には体内の魔力を用いる。神に依存しない代わりに本人の才覚に影響を受け、誰でも使えるわけでは無いし、神魔法に比べると回数制限が大きいのが欠点だ。反面、扱いの難しい物があれど、己の好きな魔法を習得出来るのが最大のメリットとなる。

 基本的にどちらか一系統を覚える物だが、稀に両方の系統を扱える変わり者がいるのが面白い所である。


「基本は勉強してるわね。その魔導師が使う魔法の源泉の魔力は霊魂も持っているのよ。想い残した感情とか現世への執着心と言う形でね」


 それはレーベも初めて聞いたが、よくよく考えれば魔力だって元は生きている人間が持っていたのだから、霊魂の方に魔力が残っていてもそこまで不思議ではない。

 新しい知識を知って感心するレーベをよそに、目的の場所に着いたメルは周囲を観察する。

 共同墓地の中でもこの辺りは土がまだ盛られている墓が多い。司祭のジョージの話では、今居る区画が三ヵ月前まで埋葬に使った場所だそうだ。


「三ヵ月もすれば大抵肉が腐って諦めもつくんでしょうけど、中には相当強情な魂魄もあるのよ。神官達はそういう分からず屋を宥めて静めて天に還すんだけど、私はそんなに優しくないの。だから、こうしているわ『ソウルドレイン』」


 メルの持つ杖のルビーが光り輝き、周囲の地面から青みがかった紫の光が立ち上り、その全てが彼女の身体に向かって行く。それは美しくもありどこか物悲し気な光だとレーベは思った。

 一分はその光景が続いたが、やがて光はどんどん弱まり、最後は星明りより暗い光となって消えてしまった。


「こうやって魔力を強制的に吸い取って、未練を残せないようにして天に還ってもらうの。

 それにしても思ったよりも数が多かったわ。やっぱり共同墓地に入る人間は何かしら未練が強いわね」


 師の言葉にレーベはハッとなる。

 共同墓地は身元不明や身寄りの無い人間、あるいは家族が居ても貧しくて一般墓地に埋葬されない死者を弔う場所だ。必然的に生きていても満たされない事が多く、世の中に不満や欲を抱えているのは想像に難くない。つまり中々天に還りたがらない霊魂ばかりになる。


「こんな寂しい場所でも居続けたいんでしょうか?」


「さあ?生きてる人間だって分からないのに、死人の考えている事なんて理解出来ないわ。つまらない事を考えてないで帰りましょう」


 冷たく言い放つ師だったが、帰り道でレーベが怖がらないようにと握った手は温かかった。



 教会に戻った二人を司祭のジョージは温かく迎えた。そして再び応接室で熱いお茶を出される。


「ありがとうございました。おかげで寒い思いをせずに済みました。これは、その心ばかりのお礼です。どうかお納めください」


 盆に載せられた布袋。中身は多分貨幣だろう。流石に国教とはいえ、何かしら仕事を行えば報酬はきっちり出してくれる。

 メルは受け取った袋をその場で開けて、中から銀貨を二枚抜いてからジョージに返した。


「後のお金はここの教会に寄付するわ。貰った報酬をどうするかは私の自由でしょう?」


「ええ、勿論です。寄付して頂いたお金はありがたく、教会の修繕や活動費に使わさせていただきます」


「そう、ならいいわ。坊や、一枚は今日の報酬よ。受け取りなさい」


 メルは二枚の内の一枚をレーベに手渡した。師の考えている事がよく分からないが、今回レーベは何もしていないので報酬に関して何も言う事は無かった。むしろ一枚でも銀貨を貰っていいのか悩むぐらいだった。


 仕事が終わって、それっきりというのはなく、夜も遅いので泊まって行ってほしいとジョージから言われて、二人は客間に通された。レーベは同室はどうかと思ったが、残念ながらこの教会に客間は一つしかない。幸いベッドは二つあるので同衾しなくて良かったと安心した。

 やる事も無いので、早々に灯りを消してベッドに入った二人は寝るまでの間、話をする。


「報酬を貰ってから寄付したのはどうしてです?」


「最初から格安で仕事を請け負うと余計な仕事が増えるのよ。だから寄付という形でお金を返すの。安値で請け負うのは昔の知り合いへの手心と、魔力調達が目的だから報酬はおまけ」


 師が言うには屋敷の骸骨兵を維持するには結構な魔力を消費するので、定期的にどこかで補充が必要になるそうだ。それが今回の墓地であったり、倒したばかりのゴブリンやオークの霊魂だった。

 伝説と謳われ、歴史上五人しかいない第一級を除いて、最上位の第二級冒険者でも、隠れた所で努力しているのが分かり、レーベは何となく親近感が湧いて来た。


「私だって女の胎から生まれてきたのよ。ドラゴンでもなければ魔人でもないわ。勝手に人外にしないでもらえる」


「あ、はい。ごめんなさい」


 どの辺りに憤慨したのか分からないが、レーベは取り敢えず謝った。

 その後、軽い雑談をした二人は眠りに就いた。


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