第9話 特殊な依頼



 レーベが初めて調合をしてから十日が経った。この間は基本的に冒険者ギルドで討伐依頼を受けつつ、屋敷の森で採集の勉強をしたり、アトリエで簡単な傷薬の調合をするなど、精力的に動き続けていた。

 レーベにとって良かったのは、師のメルからようやく駆け出し扱いを解かれて、ゴブリン退治以外の依頼を許された事だ。それもまだ一度しか依頼は受けていないが、一番最初に受けて失敗したオークの討伐を無事に成功させた事が嬉しくてたまらなかった。と言っても前回と同様に十体に囲まれたのではなく、今回は五体の討伐依頼だった。それでもオーク退治には変わりなく、無傷で達成したのをメルから褒められたのが嬉しかった。

 戦法も以前のように剣だけで突撃するのではなく、餌を撒いておびき寄せてから自分で作った『クラッカー』を投げて、傷を負わせつつ混乱したオークから順番に殺していく、効率の良い殺害を心掛けた。そうして如何に安全に効率良く倒すかを追求したおかげで楽に勝てたのだ。


 この頃になると冒険者の中でもレーベの事が話題に上るようになる。最初は命知らずの馬鹿だと思われていたが、少なくとも多少実力のある世間知らずぐらいにランクアップしていた。尤も今でも死霊術の死神と恐れられるメルのペットか若い愛人扱いで、腫物扱いだったが。

 ギルドの方の評価はまだ最低の第十級だったが、慣例からあと三つか四つぐらいオーク討伐を無事に達成できれば昇級する将来有望な冒険者と思われていた。それはそれとして、黒魔女メルのお気に入りとして距離を置かれていたが。やはり師匠兼相棒の影響力は良くも悪くも大きかった。

 メリットという点では、少なくとも悪意のある冒険者や新人にたかったり上前をはねるしか能の無いゴロツキが寄ってこないのは、彼女が傍にいるおかげだろう。そうした害虫よけとして機能して、安全な冒険稼業を営めるのは彼女が居てこそだ。


 冒険者とは全てが自己責任の自営稼業であり、評価も報酬も全て己が責任を持たねばならない。時に冒険者同士のトラブルがあっても基本的にギルドは介入する事は無い。あまりに目の余る悪質な冒険者はギルドから除名宣告なり、裏方専門のギルドナイトと呼ばれる仕置人がひそかに処分するらしいが、そこまで行き付くのは余程のケースだ。だから軽度の冒険者間の金銭的、人間的、性的トラブルは絶える事が無かった。

 冒険者ギルドの存在意義は冒険者の雇用でもなければ保護でもない。あくまで犯罪者スレスレのゴロツキにそこそこ高い報酬を払ってモンスター退治などの命懸けの仕事をさせる事。そうして犯罪行為に手を染めさせず、いつの間にか死んでもらい落伍者予備軍を減らす事だった。

 ただし、中にはそれなりに金を貯めて田舎に土地でも買って自衛しながら独立農家として再スタートを切る者や、冒険者相手の酒場を経営したり現役の間に人脈を築いて引退後に商売を始める者、田舎の用心棒として雇われてから所帯を持って野盗やモンスターと戦う者など、死ぬまで冒険者で食っていくわけでは無かった。



 そんな冒険者稼業で生計を立てている訳でもない、ある意味趣味や副業でやっている二人が依頼を終えて屋敷に帰って来る。いつも通り畜生メイドのムーンチャイルドが出迎えるが、いつもと違っていたのは挨拶の後、主のメルに一通の手紙を渡していた事だ。

 手紙の後ろの封蝋を見たメルは、興味無さそうに無言で溜息を吐く。


「どうしたんですか先生?」


「大した事じゃないわ。夕食の時に話すから、今は休んでいなさい」


 それ以上は何も言わなかったのでレーベも追求せずに、自室で一日の疲れを休めていた。


 その日の夕食。主菜はここの森で獲れた野鳩と畑の野菜のソース煮込み。鶏より引き締まった筋肉の鳩だが、長時間煮込んであるのでトロトロになっており、噛めば噛むほど味わい深い肉汁とソースが溢れて絶品だった。

 レーベはムーンチャイルドに二杯目を頼み、待っている間に先程メルが受け取っていた手紙の事を尋ねた。


「仕事の依頼よ。私には冒険者じゃない依頼も結構来るの」


「薬の調合とかですか?」


 真っ先に思いつくのは師の生業である調合の仕事だった。彼女は第二級の冒険者であり、同時に優れた薬師でもある。そんな師に個人的な依頼が来るのは有りうると思う。

 教え子の言葉に師は、そういう依頼も多いが今回は違うと告げた。少年は首を傾げる。


「今回は死霊術師としての依頼よ」


「はっ?どういうことです?」


 死体を使役したり、骸骨兵が必要になるような依頼がそうポンポン転がっているとは思えなかったレーベは理解が追い付かなかった。そんなある意味で常識的で夢見がちな少年に苦笑した年齢不詳の女性は、これも一種の社会勉強という事で全てを語らず、一緒に同行させて世間とはどんなものかを教える事にした。


「明日の冒険者の依頼は無し。午前中を調合の練習に回して、昼から仮眠をとっておきなさい。夕刻前にマイスの街に出かけるわ。仕事は夜よ。詳細は依頼人を交えて教えるわ」


「はあ、分かりました」


 詳細を教えてくれないのは少し不満だったが、どうせ明日分かる事だと思って深く追及するのは止めた。それより明日、夜に仕事という事は精子の提供をしなくて良いという事実がレーベを喜ばせた。

 衣食住に加えて冒険に付き合ってくれて、なおかつ優れた薬の知識も教えてくれる師には感謝しているが、自分の意思で交わした契約とはいえ性の管理までされるのは結構なストレスを感じている。一応身体の調子が悪ければ休みの日を設けてくれるが、自由意思を奪われていると思うと常に不満はあった。

 それでもこの生活を辞めたいとは思わないのだから、レーベもそれなりに毒されているのは間違いなかった。



      □□□□□□□□□



 翌日は朝から調合の勉強だった。課題は栄養剤だ。これはレーベが最初のゴブリン討伐の依頼で、討伐後の嫌悪感と疲労で憔悴していた時に師から差し出された薬と同じ物だ。材料には蒸留水とストル湖で採集したワライタケ、それと味を整えるための蜂蜜が少々必要だ。

 ワライタケは名前の通り食べると勝手に笑い続ける妙なキノコだ。少量なら発症はしないが、大量に食べると効果が数日続いて不眠で憔悴するので、割と笑えない状況になってしまう。

 そんな傍迷惑なキノコだが薬効は確かな物で、蒸留とろ過を行い上手く成分を摘出できれば、疲労回復の栄養剤になった。ただし、摘出した苦みが酷いのでハチミツを混ぜて味を誤魔化さないと飲めたものでは無かった。

 レーベは黙々と師の教えに従って調合して、昼前には完成した。


 その後、昼食を摂ってから言われた通り仮眠をとって、夕暮れ前に屋敷を出た。

 夕暮れ時の街は家路に着く住民達で賑わっている。中には仕事を終えた冒険者の徒党が陽気に酒場へと繰り出しているのを何度か見かける。冒険者と言ったらああして夜は酒盛りと歌にもあったが、本当だったとレーベは感慨深く見ていた。


「羨ましい?」


「うーん、少しだけです。まあ、僕はお酒あんまり好きじゃないですから、ああやって騒げる冒険者の仲間が居ないのがちょっと寂しいと思いました」


「恵まれた環境に居る子供をゴロツキはお仲間と思ってくれないわ。そうねぇ、あと一、二年私の所で修行して、駆け出しに色々教えられる立場になったら、独り立ちして仲間を募りなさい」


 メルに独り立ちと言われて、レーベは考え込む。師はずっと自分と一緒に居るとは思っていない。契約に従うから手元において指導しているが、いずれそれも終わる時が来ると疑っていない。

 もしかしたら師は以前から自分のように若い男に契約を持ちかけて、鍛えて放流していたのかもしれない。あくまで自分はその一人でしかない。そう考えると仲間が居ない事よりも強い寂しさを感じてしまうレーベだった。


 街の喧騒から離れるように目的地に向かうメルとそれに従うレーベ。二人は街の中心から外れた小高い丘に建てられた建物の前に居た。その建物は古く歴史を感じさせる石造りの頑強な造りだ。装飾は漆喰で白く塗り固めた以外はさして拘っていないが、最上部に設えた真鍮製の鐘楼が夕陽に照らされて美しかった。

 入口の扉には大きな本と天秤の意匠が掲げられている。この意匠こそコーネル王国の国教である、法と正義を信奉する『ロジックス教』の印。それを高々と掲げるここは、疑いもなく教会だった。


「あの、先生の仕事って」


「それはここにいる依頼人が話してくれるわ」


 ますます混乱するレーベの手を取ってメルは扉を開けて中に入った。

 中はひんやりとした空気に満たされている。あるいは清浄、静謐、厳格。そう言った言葉が似合う空間だ。しかし、そんな空間を踏み荒らすかのように入って来たメル。中に居た修道士達は無言の非難を彼女とレーベに浴びせる。

 居心地の悪さを感じていたレーベとは違い、メルは構わず奥へ進み、神像に祈りを捧げていた司祭服を纏う痩せた老人に声を掛けた。


「来たわよ。今夜もやらせてもらうわ」


 挨拶も何もあったものではないメルの言葉だが、振り向いた老人は気分害するどころか、皺ばかりの顔に笑みを浮かべて頭を下げた。


「ご無沙汰していますメルさん。貴女は何時見てもお変わりありませんね。そちらの少年は噂のお弟子さんですかな?」


「相変わらず敏い耳ね。年を取っても変わらないのは貴方も同じよ」


 朗らかに笑う老人と、鼻を鳴らすメル。まるで孫娘と祖父ぐらいに歳の違う二人だが、旧来の友人達のように気安い言葉の応酬を続けている。師の交友関係の謎具合にレーベは若干混乱していた。


「おっと、つい話し込んでしまいました。いやいや、年を取ると、どうにも馴染みの顔が少なくなりましてな。まだ夜には時間もありますから、立ち話などよりお茶を用意致しましょう」


 司祭の言葉に、見習い修道女が気を利かせてレーベとメルを教会の応接室に案内した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る