第7話 採集の勉強



 家出少年レーベが黒い魔女メルに弟子入りしてから五日が経った。その間、さらに二回ゴブリン討伐の依頼を受けて、順調にモンスター殺傷の経験を積んだ。おかげで最初のゴブリン討伐の時のように吐き気を催すような事は無くなったが、身体に血の臭いが染みついていくのを実感していた。

 レーベもそれ自体は忌避しない。元よりドラゴンのような伝説的モンスターと戦い、それを討ち果たして歌になって語り継がれるのが夢だ。当然、生き物を倒せば返り血を浴びるものだ。だから血そのものを嫌ったりはしない。が、それでも臭いを好むようにはならなかった。

 屋敷の風呂でゴブリンの血を洗い流したレーベは、師のメルと共に食堂で辛辣美女メイドのムーンチャイルド謹製の夕食を食べている。今日の夕食の主菜は鹿肉のロースト林檎ソース添え。淡白な鹿肉に林檎の酸味と甘味が良いアクセントになっていた。


「美味しい」


「気に入って頂けて何よりです。レーベ様は今が一番育ち盛りですので、遠慮なく沢山食べて栄養を付けてください」


 身体を動かせばその分栄養が消費されて腹が減る。だから沢山食べるのは道理だ。お替りを貰っている間、レーベは師のメルを見つめる。彼女は無言で肉を咀嚼して呑み込む。知りうる限り、彼女は自分のように料理の評価は一度も下していないが、本当の所はどう思っているのだろうか。もしかしたら、屋敷の料理は全て主の好みの味付けになっているので、わざわざ美味しいなどと言わないのだろうか?

 試しにそんな疑問を口にすると、意外な返事が返って来た。


「私は料理にそんなに関心が無いのよ。あの人形が作る料理は私の師が教えたものだから、私自身は何もしらないわ」


「ムーンチャイルドさんは先生が造ったんじゃないんですか?」


「違うわ。元は私の師が造った人形だったけど、私が独り立ちする時に祝いの品と言って贈られたのよ。口は悪いけど便利だからそのまま使ってるの。私に技師や人形師の才能は無いわ」


 意外な事実が判明したが、よくよく考えてみると、幾ら師が卓越した魔導師でも万能の天才などという理不尽とは限らない。

 本人から言わせれば、最も才能があったのが死霊術で、次点が薬物調合に秀でていたそうだ。なるほど、道理でこの屋敷は骸骨に溢れているわけだ。便利だから、効率が良いから、彼女はただそれだけで死霊術を使っているに過ぎない。特別な思い入れなど微塵も無いのだ。

 そうなるとレーベ自身もそういった魔導師の才能があるのか気になってくる。試しにメルに聞いてみると、少し考えた後、『普通』などと反応に困る返事が返って来た。


「魔導師の才能はそうそう転がってる物じゃないわ。望めば教えてあげるけど、脇道に逸れるよりまずは剣士として自分を磨きなさい。まあ、薬の調合ならそこそこ腕の良い導師になれるかもしれないけど」


「薬ですか?解毒薬とか栄養剤とかですか?」


「それ以外にもたくさんあるわよ。冒険者でやって行くなら必ずお世話になるから、知識ぐらいは修めておいても無駄にならないわ。それこそ簡単な回復薬や解毒剤を現地で調合出来たら重宝するでしょうね」


 言われてみればその通りだ。冒険が長期化して手持ちの薬を全て使い切ってしまった時に毒を受けでもしたら確実に死ぬ。そういう時にありあわせの材料で即席の薬でも作れれば冒険の安全性は桁違いに上がる。

 レーベはぜひ教えてほしいと頭を下げた。メルは短く一言で了承した。

 メルは鹿肉のお替りを持ってきたムーンチャイルドに、明日は遠出をするから野営の準備をしておくように命じた。そしてレーベには、今日の精子の採取は無しにして、明日の為に疲れを残さず、早めの就寝を言い渡された。毎日の強制的射精をせずに済んだレーベはその夜、久しぶりにぐっすりと眠れた。



 翌朝、気持ちの良い目覚めを味わったレーベは準備に取り掛かる。と言っても、持って行く物など自分の着替えぐらいで、後は全て愉悦メイドが用意してくれている。

 食堂に顔を出すと、既に準備を整えていたメルとムーンチャイルドがレーベを待っていた。


「今日は少し遠いから、朝食は空で食べるわ。さっそく行きましょう」


 師匠の言葉に従いレーベとムーンチャイルドは、荷物を載せて外に待機していた『骨の鳥』に乗る。


「何でムーンチャイルドさんが一緒に来るんです?」


「私以外に食事を作れる方が居ますか?ちなみにマスターに料理を作らせるなど自殺行為です」


「トールハンマー」


 メルの杖のルビーが眩いほどに輝き、毒舌メイドに巨大な雷の鉄槌が振り下ろされた。メイドはぶっ飛ばされて畑に頭から突っ込んだ。レーベが恐る恐る師を見ると、彼女は明らかに顔を赤くしながら震えていた。


「黙りなさいクソ人形。坊や、あっちを向いてなさい」


「は、はい。仰せのままに」


 冒険者の仕事以外の遠出は最初から難航していた。



 三時間近い空中航行の後、一行は目的地に降り立った。そこは森の中に泰然と存在する美しい湖だった。ここはコーネル王国内にあるストル湖と呼ばれていた。


「ここで今日一日材料の採集をするわ。モンスターもそれなりに居るから、坊やは気を抜かないように」


 荷下ろしをしてテントを張るレーベにメルは注意を促す。

 レーベのテント張りの手際が良いのは、元から家で仕込まれたかららしい。剣の扱い方に長けているのと野営経験のある事から、教え子はおそらく軍系の貴族の家の出とメルは当たりを着けていた。だが、彼女はそれを口に出す事を良しとしなかった。

 大した時間もかけずテントを張り、手頃な石を積み上げて簡単な竈を作ってから、ムーンチャイルドに留守を任せて二人は採集に出かけた。


 ストル湖は透明度の高い水をたたえ、周辺には多種多様な草の生い茂る自然豊かな土地だ。しかし雨がよく振り麦には向かない土だったのでコーネル王国は代々この地を直轄地として王家の保養地にしてきた。狩猟の禁止など制約があり、主要都市からやや離れていたのでわざわざ立ち寄る者もレーベ達以外に人は居ない。一応一般人の立ち入りは許可されているので、鹿や猪のような動物を殺さなければ、草を採るぐらいなら問題は無かった。

 さっそくメルは目当ての草を見つけて切り取る。葉が菱形のどこにでもある草だが、彼女にとっては薬草らしい。


「これはミスト草といって、ハーブの一種よ。生でも香草として使えるけど、乾かせばお茶にもなるの。こっちは剣草ね。名前の通り剣みたいな形だからそう呼ばれているわ。これは気分を落ち着けて安眠効果のある草よ。ただ、凄く不味いから口に含む物じゃないわ。乾燥させてから灰汁を抜いて、香として焚くの」


 今度は剣のような穂の形の草を見せる。知識の無いレーベにとってはどれも同じに見えるが、薬を扱う魔導師にとって、この湖の周囲は宝の山のような物だった。

他にも打ち身に効くユース草や、体を温める効果のあるズール草など数多くの野草を二人で摘んだ。

 心なしか草を摘んで喜んでいるように見える師の姿は外見に似合わない幼さが滲み出ている。


(そういえば先生って何歳だろう?外見は20歳過ぎぐらいだけど、駄メイドは『いい年して―――』なんて言ってたなぁ)


 師の事はまだ殆ど知らない。直接聞いてみたいと思ったが、女性に年齢を聞くのは失礼と父や兄達から教わった。あの時の父達は何か鬼気迫ると言うか、脅えが含まれていたのをよく憶えている。何も聞かない方が多分みんな幸せだと思った。

 割と危険な事を考えながら師と同じ草を摘んでいたレーベは、以前薬として使えると聞いた事のあった赤い花を見つけて師に見せた。


「ああ、アニーの花ね。それも傷薬や染料になるから使うけど、ここに咲いてるのは要らないわ。その花は水気が多いと効能が落ちるの。使おうと思えば使えるけど、もっと乾燥した場所に咲いているのを摘んだ方が良いわ」


 同じ花でも効能の違いがあるとは薬も奥が深い。よくよく考えてみると、武器に使う鉄なども産出する土地によって鉄の良し悪しがある。出来れば良い鉄を使って武具を作りたいと思うのは職人として当たり前の願いだ。どんな粗悪な素材からでも良い品を作るのも作り手の技量だろうが、良い素材を見つけるのもまた優れた職人に必要な技能だろう。

 レーベはメルに教えられながら薬の素材となる野草をせっせと摘んでいると、何か近くで物音がするのに気付いた。立ち上がって周囲を見渡すと、水辺から何かが這ってこちらに近づいて来る。


「あら、ゼリーが来たわ。三体か、ちょうどいいわね」


 師も闖入者に気付き、警戒する。

 ゼリーとは水のある場所に生息するブニブニとした青い身体を持つ不定形の魔法生物だ。大抵は人の頭ぐらいの大きさで、小動物を身体の中に取り込んで溶かして捕食する生物だが、たまに人の腰ぐらいまで成長した大型固体もあり、それらは子供ぐらいなら楽に捕食する危険な生物でもある。

 ゆっくりと近づく三体のゼリーはどれも大型で、こちらを餌と認識しているに違いない。レーベは素早くショートソードを抜いて臨戦体制をとる。しかし、師は教え子を制止した。そして彼女は懐から丸い物体を取り出して、ゼリーたちの中へと放り投げて、弟子を引っ張ってその場を離れた。

 十秒後、静かな湖畔に炸裂音が響き渡り、驚いた水鳥達が一斉に飛び立った。

 音の中心に居たゼリー達は一体を除いて原型を留めないほどに崩れて動かなくなった。もう一体もかろうじて動いているだけで、弱弱しい。


「先生、今のは?」


「クラッカーっていう私の作った道具よ。効果は見てのとおり。もう一体は虫の息だから、ちょっと面白い物を見せてあげる」


 メルはそう言って瀕死のゼリーに近づいて、手を中に突っ込んだ。そして手を引き抜いた瞬間、ゼリーは動くのを止めて崩れていった。彼女は握っていた石のような物を弟子に見せる。


「これがゼリーの本体よ。核とも言って、魔法生物はみんなこれを持っているの。だから魔法生物を倒したかったら、この核を壊すか引き抜いてしまえばいい。勿論これも素材になるわ」


 粘液まみれの石を見せつける。手袋をしていても消化液に突っ込むのは危ない気がする。師はそのまま湖に手を突っ込んでバシャバシャと乱暴に水で濯いだ。やはりそのままにしておくのは危険だったか。

 ちなみにクラッカーという道具は屋敷の森に自生している『クラックの実』を材料に簡単に作れるそうだ。帰ったらこれも作り方を教えてくれると言っていた。

 乱入者に中断されたが、再開した野草の採集は順調に進み、日が傾く頃には両手で抱えるほどの収穫になった。

 二人は意気揚々と辛辣メイドのムーンチャイルドの待つ野営地に戻った。



      □□□□□□□□□



 ストル湖での採集作業は二日目の朝を迎えた。目覚めたレーベは師のメルを起こさないように外に出る。駄メイドのムーンチャイルドは一番早く朝食の仕込みをしていた。中秋の朝は寒さが身に堪えるが我慢する。

 湖畔の夜明けは白い靄がかかっている。それが太陽の光を反射して幻想的なまでに美しい。実に気持ちの良い朝だった。


 レーベの鍛錬の最中にメルも起きてくる。ちょうど朝食が出来上がったと呼ばれたので、鍛錬を止めて朝食を食べる事にした。

 軽い朝食の後、レーベはさっそく採集の続きと思っていたが、メルはその前にやる事があると言って彼を止める。そして懐から昨日、魔法生物『ゼリー』を倒した魔法具『クラッカー』を湖に投げ込んだ。

 暫くして湖面に水柱が上がる。すると、数十もの魚がプカプカと浮いて来た。


「ガチンコ漁と言うそうよ。大きな音や衝撃で魚を気絶させるの」


 呑気に解説しているが、いきなり突拍子もない事をする師にレーベは少し呆れた。

 そしてムーンチャイルドは浮いた魚に向かって淡々と網を投げて次々捕まえている。彼女は捕まえた魚を手早く内臓を抜いたり、何匹かは開いて塩をまぶしていた。防腐処置だろう。


「今日の昼食分と今後の食料です。森ではあまり魚は手に入りませんので」


 確かに屋敷に住んでから今まで一度も魚が出なかった。レーベは久しぶりに魚が食べられると今日の昼食に期待した。


 ムーンチャイルドが昼食を作ってくれている間、二人は湖に隣接する森で採集の勉強をしている。

 メルの説明では、この辺りの森と屋敷の森の植生は結構異なっているので、色々な素材が手に入るそうだ。試しに彼女は木の根元に生えていた白いキノコを一つ採ってレーベに見せる。


「これは火タケという、燃えやすくて煙の出るキノコなの。調合材料になるし、名前の通り火を付けると簡単に燃えるから、着火剤にも使えるキノコよ」


 その煙が出て燃える性質を利用して、硫黄などを混ぜて催涙煙を出す魔法具も作れるそうだ。ちなみに軽い毒を含んでいるので食べるのは無理らしい。

 他にも森には野生のブドウや栗も豊富に実っている。噂通り豊かな森だ。それらも採って良いが、今日は関係ないので時間が余ってからと釘を刺された。


 今日はキノコをメインに採集に励むと、様々な種類のキノコが採れた。火タケ、ワライタケ、ヤドクタケ、レイシタケなど。生えている場所や適切な処置の仕方など、事細かに教えてもらった。どれも毒性を持つ危険なキノコだが、上手く使えば全て良い薬になる物ばかりだ。それ以外にも純粋な食用キノコもある。いざとなればこれで飢えを凌げと言われた。


「毒なんて薬と紙一重よ。魔導師に限った話じゃないけど、毒を恐れるんじゃなくて如何に有効に使うかを考えるの。そうすればもっと視野が広がるわよ」


 キノコ採集を続けたが、予定より早くキノコが見つかったので、昼食までの時間を栗やブドウの採集に使った。栗の方はただの食用だが、ブドウは生食以外にもワイン用やジャムにする事も出来る。レーベはジャムと聞いて、少し持って帰りたいと師に頼む。


「それぐらいなら良いわよ。まったく、坊やはお子様ね。ついでだから栗も持って帰って砂糖で煮詰めてグラッセにしてあげるわ。……人形が」


 昨日、毒舌メイドに料理の腕を馬鹿にされたのをまだ気にしていたらしい。意外と可愛いと言うか、気にする性格だった。レーベはそれを不注意で本人に言ってしまい、顔を赤くして怒られた。弟子はやっぱり可愛いと思った。



 採集を終えて森から帰って来た二人をメイドの昼食が出迎えてくれた。敷物に並べられた料理は野外で作ったとは思えないぐらい手が込んでおり美味しそうだった。特に主菜の川魚のスープはこの地で採れた各種野草をたっぷりと入れて臭いを消していて生臭さとは無縁だ。

 毒舌でもムーンチャイルドの料理の腕は絶品だ。残さず料理を平らげると、レーベはテントを片付けて帰り支度をした。メルも魔法で『骨の鳥』を生成し、採集した荷を積み込む。

 ただ、レーベが一つ気になったのが、持ち込んだ樽がまだ二つ空になっている事だ。採集を忘れているのかと尋ねると、メルからは最後の最後で良いと言われた。


「この樽には湖の水を入れるのよ。ここの水は不純物が少なくて調合に適しているから持って帰るの」


 水でさえ厳選するとは、本当に薬の調合とは奥が深いとレーベは感心した。

 樽二つにたっぷりと水を汲み、鳥に載せた一行はストラ湖を飛び立った。


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