【8-1話】

「さてと……どこに行こうか?」


 ショッピングモール内のレストランで昼食を済まし、ソラと黄倉おうくらさんに尋ねる。


「ソラの行きたいところでいいよ」

「自分もそれでいいです」

「いや、兄さん。わたし、一人でまわろうかな~って。見たいものもあるし」

「迷子にでもなられたら困る」

「もう、過保護すぎ! わたし、もうすぐ六年生なんだからね!?」


 まぁ、確かにそうかもしれないけど……。けど、僕にとっては「まだ小学生」という感じなんだよな。ちょっと子供に見過ぎだろうか?


「(それに兄さん、黄倉さんはどうするつもりなの?)」


 ソラが僕に近づいて、小声で話しかけてきた。


「(もちろん、一緒に行くつもりだけど)」

「(はぁ……。わたしがいたら黄倉さんが気まずいでしょ?)」

「(い、いや! けど二人とも、昼食食べているときは楽しそうに話していたじゃないか)」

「(それとこれとは話は別だよ。今はデート中なんだよ? 黄倉さんも兄さんと二人になりたいって思ってるに決まっているよ)」


 言ってることは分かるけど、初めての場所で、こんな広すぎるほどの面積を持つショッピングモールでソラを一人にするのってなんか、兄として……保護者としてダメな気がする。

 僕、やっぱり過保護なのか?


「ソラちゃん」


 と、僕らの会話に黄倉さんが割って入る。


「自分のことは気にしないで。自分も、ソラちゃんとお話したいと思ってるんだから」

「え、けど……」

「それに……」


 今度は、黄倉さんがソラに小声で話しかける。


「そ、その……このことで、灰川はいかわ先輩が埋め合わせしてくれれば、また、デート出来るから……」

「……」


 ソラはそれを聞くと、一瞬「なるほど」と感心した後に目を煌めかせ、打って変わってノリ気になった。


「そういうことなら、わたしも一緒に行動するよ。まったく兄さんは心配性なんだから」

「あ、あぁ。黄倉さんも、それでいい?」

「はい、もちろんです」


 どうやら話はまとまったようだ。

 そうと決まると、ソラは行きたい場所を提案し、黄倉さんと二人で楽しそうにしゃべりながら歩き始めた。

 黄倉さん、人見知りかと思っていたけど、初対面の人と仲良くなっているじゃないか。弟がいると言っていたから、案外年下と仲良くなるのは得意だったりするのか?


 ……にしても。さっきの……。


『灰川先輩が埋め合わせしてくれれば、また、デート出来るから……』


 盗み聞こうと思っていたわけではないけど、普通に聞こえてしまったんだが……。何とか悟られずに接したが、これはもう……確定だよな。


「(埋め合わせを……考えておかないとな)」


 速まった心臓の鼓動を落ち着かせ、僕は二人の後に続いた。


 *


 ソラのおかげで、ウィンドウショッピングは賑やかなものとなった。


 僕らとの行動に前向きとなったソラは、「次はあそこに行きたい」「今度はそっちを見たい」と、普段は行かない大きなショッピングモールの専門店に次々と興味を示した。前々から行きたいと言っていたものな。僕が高三になってから忙しくて、あまり遠出とかしていなかった気がするし、ソラの言うようにちょっと僕は過保護な気がするし。

 ソラも年頃の女の子だ。ショッピングとか、もっとしたかったのかもしれない。


 けど……


「ソラ……、ちょっと買いすぎじゃないか?」


 異なる店の買い物袋を三つ持ち、僕はソラに言った。


「何言ってるの、兄さん! こんなに安くて可愛い服、今買わないでいつ買うの!? この店はわたしたちの周りにはないんだよ!?」

「そうかもしれないけど」

「タイムセールで七割引だなんて、買わない手はないでしょ!」


 なんか、主婦みたいなこと言ってる……。母さんかよ……。


 衣料品だけでもう五点は買っている。それも、全部違う店。まぁ、ソラの言う通り安くて質のイイモノだから無駄な買い物ではないんだろうけどさ。


 けど、いくら安かろうと高校生がほいほいと買えるような値段ではないわけで。もちろん、小学生にしては買い物の規模が大きい。

 それにソラ、まだそんなにオシャレとか気にしなくていいんじゃないの? コーディネートがどうとか、言う歳なのか? シンプルな服装で揃えるだけで十分可愛いじゃん。小学生なんだし。ほら、今着ている水色のパーカーとか、すっごい似合ってるぞ。


「黄倉さん。ソラのやつ、ちょっと背伸びしすぎじゃない?」


 同じ女子である黄倉さんに意見を求める。


「そう、ですね。ソラちゃんは小さいし、顔もまだまだ幼いからあまり大人っぽい格好をしても身の丈に合っていない感じがするかもしれません。小学五年生ですし」

「だよね?」


 男だから分かっていないとか、そういうことじゃなかったらしい。うん、そうだよな。良かった良かった。


「だからソラちゃん。こっちの服なんてどう? ソラちゃんなら絶対似合うよ」

「けど、似たようなの持っているし」

「素材の違いは大事だよ。これとさっき買ったインナーを上手に合わせるの。色的にはこれとこれかな? あ! こっちの小物も追加すればいい感じだよ!」

「本当だ! これ、可愛い! ねぇ和香わかちゃん、このセーターは? わたし、こっちも可愛いと思うんだけど」

「いいね! それなら、このスカートが合いそう! 試着してみようよ」


 あ、あれ? 黄倉さん、さっきまではそんなにアドバイスとか送ってなかったじゃん。押しちゃった? スイッチみたいなの押しちゃった?

 ソラも一層テンション高くなってもう試着室に向かおうとしているし! 黄倉さんの呼び方もいつの間にか名前になっているし!


「ソラ、流石にそんなに買うと財布の中が空になるんだけど……」


 今日は思いっきりソラのショッピングに付き合ってあげようと思っていたけど、生活費のこともある。まだ半分以上ある今月分の財布の中身が、今なくなるのは流石にまずい。


「あ、ごめん。舞い上がちゃって」


 ソラはテヘヘと笑って返すが、わずかに残念そうな様子が見て取れた。

 申し訳ないが、大量買いを当たり前に思わせてしまうのは教育上良くない。ここはソラに我慢してもらおう。


「じゃあ、自分が買ってあげます!」

「えぇ!? 黄倉さん!?」


 と、僕が考えていると唐突にそんなことを提案し始める黄倉さん。今にもカバンに手を入れ、財布を取り出そうとしている。


「黄倉さんが払う必要はないだろう!?」

「いえ、あります! なぜなら、自分がこの衣服に包まれたソラちゃんを見たいからです!」

「えぇ……」


 黄倉さんのテンションの上がり方がすごい。鼻をふんす、ふんすと鳴らせ、目を輝かせる。黄倉さん、今日は随分と自己主張が強いじゃないか! 珍しいな!


「和香ちゃん、それは流石に悪いよ! わたしは大丈夫。今日はもうたくさん服も買ったから!」

「いや、でも! でも、これ絶対にソラちゃんに似合うと思うんだけど!」


 二人はどこか物欲しそうな目でチラッチラッとこちらを見る。うぅ。ソラも、こうして同性とショッピングモールで自由に買い物する機会なんてないだろうし……。


「分かったよ。ソラ、試着してきな」

「……! 兄さん、ありがとう!」


 ソラはパッと笑顔になって、嬉しそうに試着室に向かった。手痛い出費だ。見ていた服、二着で一万くらいだろ? 半月分の食費か。


「灰川先輩、すみませんでした。自分、ちょっと興奮してしまって」

「いや、いいさ。それに、これで良かったよ。ソラのあんな嬉しそうな顔が見られたんだからな」


 黄倉さんの意外な一面も見られたし、食費半月で済むなら安い方だ。普段はソラにも節約を強いてしまっている。今日くらいは、大目に見てもいいよな?


「妹さんの前では、灰川委員長もカタブツではないんですね」


 黄倉さんがクスッと笑って言う。

 まったく、その通りかもしれない。僕自身はソラ相手でも態度を変えているつもりはないんだけどな。まぁけどそう見えるってことは、やっぱりソラが家族だからなのかもしれない。



 財布の中身は減ったけど、代わりに心は満たされ、いい気分だった。


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