【7-2話】

「これはすごいな」


 目的地である本屋は、僕が想像していた以上に大きかった。


 文房具やCD、更には、軽い雑貨やグッズまで取り扱っている。日本最大級の本屋にしか売っていない専門書まで置いている。これだけ品揃えの良い本屋、郊外であるI市じゃなくて都心に展開したほうが良いんじゃないかと、無粋なことまで考えてしまう。


「驚いた。聞いていた以上だ」

「そうなんですか? 大きいというのは聞いていましたけど」

「これだけ品揃えがいいなら都心からここに来る価値も十分にあるな」


 特に参考書や専門書なんていうのは、自分の肌に合う合わないがある。ネットショッピングが中心の現代でも、実際に現物を見比べたいという人は多いはずだ。


 僕らは目的物である大学受験の参考書が置いてあるコーナーに向かった。

 あらゆる学校の赤本はもちろんのこと、その他、有名な参考書もシリーズごとにズラリと本棚に並んでいる。

「良い参考書を買うには大きな本屋に行け」とはよく聞く話だが、これだけ多いと、逆に悩む。今回みたいに、僕がおすすめやアドバイスを送るといった前提がないと不向きかもしれない。


黄倉おうくらさんが今回探している参考書の教科は何?」

「とりあえず、英語です。自分、英語が大の苦手なんです」

「なるほど。けど黄倉さんって成績自体は結構いい方だと思っていたんだが」

「いえ、そんなことないです。学年の中で三十番ですから」

「三百人中だろう? この学校でそれなら、十分だと思うが」


 日本で一位、二位を競う進学校の学年順位三十番であれば、誰もが知っている有名大学クラスもA~B判定だ。大の苦手というほど成績も悪くない気がするけど。


「まぁ、基礎は出来ているつもりなんですけど、応用となるとやっぱり。うちの学校の試験は応用問題が多いですから」

「確かにそうだな」

「なので、テストでいい点を採れるように、応用問題の充実した参考書を選んで欲しいかなって……」


 ふむ。応用問題に自信がないと。それなら、僕が使っているあの参考書が勧められそうだ。

 僕は本棚を見上げて出版社の名前を探す。有名な出版社じゃないけど、これだけ大きい本屋なら、絶対にあるはずだ。

 お、あったあった。これだ。


「それなら、黄倉さんにはこれが絶対的におすすめだ」


 どこにでもありそうな参考書。その第一巻を手にとって、黄倉さんに渡した。


「知らない名前です」

「そうかもな。うちが推奨している参考書ではないから。だが、実際にこの参考書を推奨としている塾や高校は多い」

「そうなんですね」


 黄倉さんはぺらぺらとページをめくっていく。適当にめくったページの読解問題の文章と設問を見て、黄倉さんは何かに気づいたようだ。


「あれ? 何だかこれ……」


 黄倉さんは控えめに、気を遣うように声をこぼす。大方、先輩である僕が選んでくれたモノを批判するのをためらっているといったところか。


「何かに気づいた?」

「い、いえ……。そういうわけでは」

「簡単な問題ばかりだと、思っているんだろう?」


 黄倉さんは、図星を言い当てられて恐縮した。


「は、はい。すみません、正直に言わずに……」

「いいさ。気にしないでくれ」

「パッと見しかしていないのですが、何だか、後ろの方のページなのに簡単な問題が多くないですか? 苦手な自分でも、これだけの基礎問題なら、簡単に解けます」

「あぁ、その通りだと思う。この参考書に載っている問題はほとんど全てが基礎問題だ」


 黄倉さんは頭にハテナを浮かべている。そろそろ、説明をしてあげるかな。


「だが、問題をよく見て欲しい」

「問題、ですか?」

「あぁ。全部、長文読解だろう?」

「……そういえば、そうですね」

「この参考書の特長は、全問題が長文読解からの出題となっているという点なんだ」


 黄倉さんは再度ページをめくって行き、それを確かめた。


「黄倉さん、応用問題っていうのは読解力が必要なんだ。それも、英語の読解力がね」

「読解力、ですか?」

「あぁ。英語は文章だ。それを聞くだけでも読解力を向上させる意味があるというのは、何となく分かると思う。それに加えて、英語の応用問題は長文問題の中から出されることがほとんどだ。黄倉さんも模試とかで経験あるだろう?」

「言われてみれば、確かに」


 まぁ、中には単語問題とかもあるわけで、一概に読解力だけで満点が採れるわけではないのだが、これは後で補足しておこう。


「けど、どうせなら本番を意識して、長文問題の中で少し難しい応用問題を解いた方が、良いのではないですか?」


 想定した疑問を持ってくれたようだ。僕も同じ立場ならそう考えるだろう。


「そう思うのも分かるが、しかし黄倉さん、その次のページに書かれた新たな長文読解問題。これを一分で全問正解しろと言われて、出来る?」

「い、一分ですか!? 流石にそれは……自信ないです」


 黄倉さんが困っている。ちょっと意地悪な質問だったかな。


「一分はちょっと言いすぎたな。悪かった。けど、分かってもらえたと思うが、いくら基礎中の基礎のような問題でも、文章をちゃんと読めなければ設問は解けないよね?」

「そう、ですね」

「この参考書は、その読解力を身につけるための参考書なんだ。英語の長文を素早く流し見でいいから全文読み、基礎問題を正確に解答する能力を身につけるのに適している。応用問題とは、裏を返せば基礎問題の延長でしかない。基礎と読解力がしっかりしていれば、苦手意識も小さくなる。二年生で時間がある今なら、基礎の再強化をしつつ、読解力を身につけるのが実力アップの近道だ」

「な、なるほど!」


 結局、応用を苦手だと思っている人って基礎が完璧じゃなかったりするものだ。だから、ちょっと型から外れると失点してしまう。それが、応用問題ばかり解いている人の落とし穴だと、僕は思う。


「でも、黄倉さんは応用問題が苦手で、基礎ばかりやっていても根本的な解決にはならない。応用には応用の難しさやクセがあるからね。だから、その問題集を二周くらいしたら今度は、同じシリーズの第二巻を買うといい。これは、第一巻と同じような構成だが、問題の難易度が少し上がっている。この二冊ができれば、かなりの実力アップが狙えるはずだ」


 一巻目を引き抜いた場所の横にあった第二巻を見せる。黄倉さんもその問題集の中身を見て、納得したようだ。


「よく、分かりました。自分、この問題集にします! まずはこの問題集を繰り返し解いて、読解力を身につけてみます!」

「あぁ、頑張れ」

「自分、早速これを買ってきますね!」


 黄倉さんは嬉しそうにレジに向かった。どうやら、役に立てたみたいだな。

 アドバイスを求められて、それに応えて、相手が喜んでくれる。風紀委員でもクラスでも、何度もこうした経験をしてきたけど、何度この快感を味わっても、飽きることなんてないな。

 特に今日は、黄倉さんにちゃんとしたアドバイスを送れたみたいで良かった。あれだけ喜んだ顔を見られるなら……。


「(……って、僕、何で黄倉さんを特別みたいに考えているんだ!?)」


 なんかそう考えると、恥ずかしいな。これじゃあもう、僕が本当に黄倉さんのことが好き、みたいな。

 黄倉さんには昨日励ましてもらったし、お礼をきちんと出来て良かったってことだろ! うん! そういうことだろ、きっと!


「お待たせしました!」

「あ、あぁ、うん」

「どうかしました?」

「いや、何でもない!」


 満足そうなニコニコ顔をした黄倉さんが突然現れたので、僕は軽い動揺を伴った返事をしてしまった。

 そんな不思議そうな顔をしないでくれ。なんでもないから。


「一応、目的は達成したわけだが」

「えっと、これから、どうしましょう……」


 二人してこれからの行動が分からないでいる。目的を終えたとは言え、何だかここでもう帰宅するのは、あまりにも味気ないのではないだろうか? 黄倉さんが僕に好意を持ってくれていたのだとしたら、なおさら。


 いや、それに……。


「黄倉さんが良ければ、せっかくだし、この広いショッピングセンターのウィンドウショピングに付き合ってくれないか?」


 僕自身、まだ帰るのは嫌だしな。


「は、はい! 是非! 自分も、もう少し、一緒にいたいと、思っていたところです……」

「~~」


 赤面させて、照れながらも嬉しそうにそういう黄倉さん。

 何だか黄倉さん、いつも消極的なのに今日はやけに積極的じゃないか!? 黄倉さんって、こんな人だっけ!?


「じゃあ、とりあえず、適当にまわろうか」

「はい……」

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