am02:45~

   am02:45


 数回連続の爆発によって車体が大きくよろめき横転しそうになるが、ハンドル操作で車体のバランスを取り体勢を立て直した。

 爆撃の余波は周辺建造物の壁を破壊し、窓ガラスは散乱し、ほどなく飛び火が火災に拡大するだろう。

「大丈夫なの?!」

 後部座席で春日歩は叫んだ。

「わからん」

 護送者は端的に答えた。

 もっともその意味は、周囲のことか自分たちの身のことだったのか、明確性にかけた。

 あるいは両方なのかもしれない。

「攻撃規模は紛争地域交戦区画と同等。通常こういった公にできない組織では、他者に知られないよう、周囲に影響を及ぼさないように秘密裏にことを運ぶのが常だが、街中で周囲の被害を無視した攻撃を仕掛けてくるあたり、事後処理のことを考慮に入れていないようだ」

「それってどういうこと?」

 専門用語が多くて意味がわからない。

「指揮系統が紛乱、もしくは停止状態に陥った可能性がある。少なくとも発火能力者は指揮の統制化にはなく、暴走している。あるいは命令を無視しているのかもしれない。だが戦場においてああいった人間は珍しくない。戦闘高揚の一種で、症例は多くあるが、脳内麻薬物質の分泌が過剰に引き起こされ興奮状態に陥る現象だ。それは些細なことが引き金となって発症し、時として敵味方の区別がなくなる危険な症状だ」

 追跡者の状態はなんとか理解できたが、現状が好転するのかどうかわからなかった。

 春日歩は気付かなかったが、護送者の無駄話に近い必要以上の説明は、かえって春日歩の精神状態を安定させた。

 極限状況に置かれた人間は、会話をすることで精神の安定を図る。

 それを護送者は意図的に行った。

 車体左側面で縦方向に三回連続して爆発が起こる。

 車体は爆風に煽られたが、それに逆らわず十字路を右折し、車体右側面とバイク直進方向が垂直になる半秒間に、護送者は拳銃を窓から突き出して三発撃った。

 命中しなかったようだが、しかしバイクは銃弾を避けるため左側車線に移動し、右折する時機を逃したのか、そのまま直進してしまった。

 すぐにUターンして戻ってくるだろうが、数秒だけ時間を稼げる。

 高速移動するカーチェイスにおいて、一秒はかなりの差だ。

 しかし後ろからは、馳せ戻るバイクの姿は一向に現われない。

 春日歩は、転倒でもしたのかと、一瞬脳裏に楽観的希望がよぎったが、すぐに消された。

「横だ!」

 細い裏路地からバイクがドリフトで飛び出して来た。

 Uターンをせずとも、通じている近道を知っていたのか、ただの偶然か。

 直観かもしれないが、少なくともその動きに迷いはなかった。

 そして数メートル後方に着けた追跡者は、セダンの遥か前方に向けて火球を数発投擲した。

 百メートル先の建築工事中の足場が連鎖爆撃によって倒壊し、進路を塞いでしまった。

 単純な物理的障害によって足止めしようと考えたのだろう。

 爆発の炎が引火しさらに防壁の威圧感を増す。

 追跡者が少し間隔を取り余裕を持たせ、右掌に火種を発生させる。

 セダンが速度を落とした時を狙っている。

 その瞬間なら絶対に外さない自信があるのだろう。

「歯を食いしばれ!」

 しかし護送者は逆にアクセルを踏みつけて加速し、トラックの荷台に斜めにかけられた、 建築材積み下ろし用の梯子を踏み台にして、飛んだ。

 空中で吹き荒れる炎に突入し、赤い舌が車体に纏わり付くが、一秒も経たずに通過して、そして着地の凄まじい衝撃が襲い掛かってきた。

「無事か!」

 護送者の呼びかけに、春日歩は脳震盪でも起こしたのか、朦朧としつつある意識で答えた。

「な、なんとか」

 そして南条彩香に目を向けるが、少女は戦いが始まってからずっと頭を抱えていたので、一番ダメージが少ないようだ。

 春日歩は後方を振り返る。

 倒壊した建築物の足場が妨害となり、これ以上追跡できない。

 遠回りするしかないが、その頃には遠くへ移動できるだろう。

 敵自身の行動によって、追跡を絶ったのだ。

 だが安堵は数秒で終わる。

 燃え盛る炎を突っ切って空中からバイクが飛んできた。

 追跡者がセダンと同じ方法で跳躍に挑んだのだ。

 着地における転倒もせず、スピードを加速させる。

 自身が作った防壁によって今度こそ撒けたと思ったのだが、甘かったようだ。

「くそぉ」

 春日歩は小さく唸る。

 どうしてでも自分たちを研究所に戻す気なのか。

 そこまでして実験動物にし続けたいのか。

「まずいな」

 そして護送者も唸るように呟いた。

「この道の先は繁華街だ。深夜でも交通量が多く、車体の大きいセダンと、車間を縫って進めるバイクでは、明らかに動きに差が出る。近距離で能力を使われれば、もう避けることは不可能だ」

「ど、どうするの!?」

「こちらから攻撃に転じるしかない。捕まっていろ!」

 突然護送者はブレーキを踏んだ。

 同時にハンドルを限界近くまで切り、車両は反対方向に回転する。

 180度方向を一瞬で変えるクイックターンの直後、即座にアクセルペダルを踏み込んだ。

 バイクに向かって一直線に急加速させ、同時に窓からサブマシンガンを突き出すとフルオート連射する。



  am02:47


 奥田佳美はサブマシンガンを乱射してくるセダンに対し、アクセルを全開にして向かった。

 弾着の火花が飛び散るが、恐怖は感じず、寧ろ火が祝福してくれているようにさえ感じた。

 そして最大限の力を込めてセダンに能力を集中させた。

「死ね!」

 叫んだと同時、最大規模の爆発が起こった。

 その威力は凄まじく、凶熱が吹き荒れ周囲の建造物を振動させ、爆風が窓ガラスを一斉に砕く。

 しかしその半瞬前、ダークグレーのセダンは、彼女からは死角になって見えなかった細い裏路地へ右折していた。爆発の直撃を受けていない。

 勢いで通り過ぎてしまい、その路地へ向かおうと、即座にUターンしようとしてハンドルを操作した途端、突然前輪の止め具が弾け飛んだ。

 マシンガンの銃弾を受けて破損していたのだ。

 前輪が外れ転倒し、奥田佳美は路面を転がった。

 力を抜いて衝撃を分散させるという基本的な事故対策の訓練を受けていなければ、そして曲がるために速度を落としていなければ、重傷を負っていただろう。

 それでも体の節々に怪我をしたが、あまり気にならないのは、右腕の怪我で鎮痛剤を服用したためか。

「クソッ!」

 奥田佳美はヘルメットを脱ぎ捨てると、走って追跡を続ける。



   am02:48


 逃亡する三人も無事ではなかった。

 爆風でセダンの後部が跳ね上がり、次には落ち窪む。

 後輪片方が外れたらしく、もう一つも脱輪しかかっているのか、車体と路面がこする嫌な音が車内に響く。

 速度が上がらない車は路地裏を抜け出たところで終に停止してしまい、もう片方の後輪が外れ、車体横を転がって通過し、向かいの大通りを横切ってしまう。

 不意に金属がこすれる不快音がしたかと思うと、エンジン部分が爆発しボンネットが弾けた。

「降りるぞ」

 車の破棄を告げると、護送者は運転席から降りて、後部座席の二人の子供を車体から出した。

 南条彩香は意外と平然としていたが、しかし春日歩の方は明らかに様子がおかしい。

 呼吸は荒く意識は朦朧として、体はまるで力が入っておらず護送者の腕にぐったりと凭れている。

 カーチェイスの衝撃によるものか、薬物投与の副作用によるものなのか判別は付かないが、とにかく少年は自力で歩くことはできそうもない。

 周囲を見渡し、道路の向かい側に大型ショッピングモールが見えた。

 あの中だ。

 春日歩を抱えて、南条彩香の手を引き、大通りを横切り、柵を越えて駐車場を走る。

 すぐ入り口に辿り着くが、当然鍵がかかっていた。拳銃で鍵を打ち抜き、扉を蹴り破る。

 中に入る際、裏路地からあの女が現れた。

 彼女は放棄されたセダンの前で周囲を見渡し、すぐにこちらに気が付き走って来た。

 その執着は盲目の恋に陥った情熱の女性のようで、しかし彼女の熱烈な求愛への返答は、拳銃から吐き出す鉛の弾丸だ。

 奥田佳美は咄嗟に柵の土台の影に身を隠した。

 すぐに銃声は止んだが、様子を窺った時には、つれない男は子供を連れて、ショッピングモールの中に入って行ってしまった。

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