am01:14~

   am01:14


 観測機器を詰め込んだ二台のバンと実験体を乗せたコンパクトセダンは研究所を、予定時間から少し遅れて出発した。

 メタリックシルバー塗装のコンパクトセダンの中で、運転している仲峰司は後部座席の荒城啓次に詰問する。

「なぜ鈴木鳶尾を勝手に行かせたんです!?」

「なんでって、あたしが行かせたわけじゃない。ただ場所を言っただけですよ。まさか所長を連れて二人だけで行くなんて思わないじゃないですか」

 荒城啓次が困窮しているのは、深刻な事態に発展することを恐れてのことか、それとも事態の推移にまだ付いていけないのか。

 荒城啓次が何気なく口にした特定場所へ、鈴木鳶尾は所長を強引に連れだして、仲間になにも告げずバイクを走らせてしまったのだ。

 しかし実際、荒城啓次はただ千里眼の結果を仲間に口にしただけでありに、寧ろ正当に責任追及するならば、仲峰司の監督不行き届きとなるだろう。

 準備に取り掛かっていたため二人が消えたことに気付くのが遅れたことも含めて。

「くそ。どうしてあいつは勝手な行動に出たんだ」

 仲峰司は呻いて疑問を口にする。

 確かに反抗的で、数多く問題を起こし、例えば演習で標的を一つ仕留めるのに、十を破壊するようなことはあっても、ここまで勝手な行動を起こすことはなかった。

 少なくとも最低限の指示には従っていたのだ。

 しかしよりによって実戦で完全な独断行動に出た。

「あんたに取って代わろうって企んでんじゃない」

 助手席で体に装着している小型計測機器を点検している奥田佳美の推測に、彼は眉根を寄せる。

「なんだって?」

「あいつはたぶん、最初の実戦で手柄を全部独り占めにして、自分の力の有効性を見せ付けたいんだよ。ようは、あんたの立場を奪おうって企んでるのさ。あいつはあんたの下で動くのが不満だったみたいだからね」

 仲峰司は実験体の中では荒城啓次に次ぐ位置いる。

 それは氷川大学長の個人的な仕事をいくつか処理したことによる報酬で、その大半は能力を活用した暗殺だった。

 いわば彼は大学長の子飼いであり、そして実験体の中でもっとも実戦回数が多く、それだけ有望視されていた。

 そう遠くない将来、実験体としての扱いは完全に外され、研究所内においてそれなりの地位を手にする予定だった。

 それを面白く思わない者は多くいた。警備主任の高永大介は、実験動物が自分の上になるのが我慢ならなかったようであるし、同じように成り上ろうとしている奥田佳美も、先を越されるという点において口惜しいものを感じていただろう。

 だがあの少年がそんな計略を廻らせる知恵があったのか。

「あいつがそんなことを考えるような人間か? 実験体だろうが正式な所員だろうが、やりたいことはお構いなしでやるだろ」

 №45・鈴木鳶尾は少年院に収容されていたのを、戦闘実験案が正式に可決された頃、発見されスカウトされた。

 彼が念動力を使えるようになったのがいつ頃か、彼自身の口からは語られたことはなく明確性に欠ける。

 家庭には特に問題はなく、両親はごく普通で一般的としか言いようのない人間だった。

 しかし彼は年齢十七歳ですでにありとあらゆる犯罪を行っていた。

 窃盗、恐喝、強盗、暴行、傷害。最後に捕まったのは殺人だった。

 暴力団の娘を監禁し、レイプし続けて殺害した。

 暴力団に対する特別な感情やなんらかの背景があっての犯行ではなく、裁判所で陳述にも、

「ただ良い女だから拉致ってヤッタ」

 と身も蓋も無い返答をしている。

 暴力団関係だったのはただの偶然だ。

 そして精神鑑定に問題はなく、ただそういう人格であることになんの疑う余地はなく、実刑判決が下った。

 もし疑問の余地があるとすれば、なぜ鈴木鳶尾は念動力を使うことなく、警察に妙に素直に捕まり、また少年院を脱走することがなかったのか、だが。

 暴力団の復讐を避けるためだという可能性もあるが、彼の性格からすると、それは低い。

 しかし、おとなしくしていることにもすぐに飽きたのか、念動力による享楽的な暴力支配が半年と経たずに始まった。

 その施設の院長は金坂大学出身で、また同期である氷川結城とも交友が有った。

 彼を通じて鈴木鳶尾の存在を知った大学長は、研究所の戦闘実験の参加にスカウトし、彼は嬉々として承諾した。

 それは自分の安全や、少年院を問題なく出られるからという理由ではなく、ただ面白そうだからという単純な理由であったようだ。

 しかし研究所でも問題が多く、他の実験体への暴力行為が目立ち、また些細なことで感情を害し、研究員は彼を腫れ物のように扱っていた。

 外でもなんらかの事件を起こしていたようだが、大半は揉み消され、また彼自身の学習能力の結果か、念動力を駆使した証拠隠滅を覚えたため、公に問題にはなっていない。

 とにかく短絡的かつ刹那的で、物事を深く考えず、他人の痛みや悲鳴などただ玩具の音ぐらいにしか感じず、行き当たりばったりで生きている。

 思慮遠謀などという言葉から遥か彼方に縁遠い少年だ。

 しかし仲峰司の考えを、彼女は嘲笑で否定する。

「あいつ問題を起こしてばっかだけど、それだって本当にやばいことにはならなかったろ。一応計算の内さ。で、本当の不満をそうやって隠して、ここぞという時に動くつもりだったのさ。わかるかい? あいつはずっとチャンスを待ってたんだよ。で、あんたは見事に出し抜かれたってわけさ。今頃、全員とっ捕まえてるんじゃないかい」

 奥田佳美はそこでふと考えて、自分の意見を否定するように首を振った。

「いや、あいつがそんな神経の細かいことなんかしないか。全員殺しちまったかもね」



   am01:18


「今度はちゃんと録れよ。今夜はメンインブラックと俺様の世代交代の夜だ!」

 感極まったミュージシャンのように鈴木鳶尾は両手を大の字に広げて呼号し、次の標的、研究所の所有物を強奪した男に狙いを定めた。

 だが不可視の力が集約されるより早く、両手にオートマティックを構えた強奪者は引き金を絞った。

 両手から一定のリズムで火線が引かれるが、しかし鈴木鳶尾の手前で弾丸は弧を描いて外れていく。

「キヒッ、どうしたヘタクソ。当たんねぇぞ」

 精神障壁サイコバリア

 念動力を常に周囲に展開することによって発生する、その範囲に接触した物質の運動方向を変える、不可視の壁。

「オラ! 今度はこっちだ!」

 念動力を男の体に集約した。

 しかしその瞬間、男は直感的にその場を飛び退き柱に身を隠した。

 事前に立っていた位置のコンクリートの床に皹が入る。

「オラオラオゥラ! どんどん行くぞ! どんどん」

 身を隠した金属の柱が曲げられ、ドラム缶が弾かれ、用意したスポーツカーも拉げ始める。

 視覚に入らなければ念動力の領域に捕まえることができないが、凄まじい念動力の嵐を連続行使しても、鈴木鳶尾は疲労の色をまったく見せない。

 実験体を強奪した男はいつまでも逃げ切れずに、そのうち隠れる場も全て破壊され、身を晒すことになるだろう。

 男は懐から耳栓を取り出し装着すると、エアロスポーツの影から身を乗り出し、自動小銃(サブマシンガン)を乱射する。

 しかし弾丸は全て鈴木鳶尾から逸れて行く。

「ヒャハ! 当たんねえって言ってっだろーが!」

 サブマシンガンを持つ腕が念動力に捕らえられた。

 弾けるように上に持ち上がり、腕が捻り上げられるが、激痛を感じているはずだが、男の表情に変化はない。

 それが癇に障ったのか、澄ました顔を苦痛で歪めるにはどう料理してやるのが良いか思案する。

 だが男がスポーツカーに隠れた足でなにかを蹴り、車体の下から鈴木鳶尾に向かってそれが転がってきた。

 手榴弾。

 鈴木鳶尾は確認と同時に精神障壁を強固にした。

 だが予想した爆発は起きず、しかしより強烈な轟音と光量が発生した。

「ギア!」

 スタングレネード。

 膨大な光量が瞳に焼き付き、耐久限界寸前の轟音が鼓膜を打ち据え、視覚と聴覚は一時消失し、十数秒間行動不能に陥る。

 ショックで念動力を解除してしまい、腕が自由になった男は再びサブマシンガンを構え、フルオートで発砲した。

 しかし視聴覚を一時消失したことが逆に鈴木鳶尾の危機感を最大限に上げ、無意識に精神障壁を最硬値にし、弾丸を全て外した。

 そして耳目の機能が回復した時、余計なことを考えず速攻でふざけたことをしてくれた男をボロ雑巾にしてやろうと、手負いの野犬のように狂暴性を剥き出しにした顔で、スポーツカーを一気に弾き飛ばした。

 人間、あるいは生物が対象だと、念動力は発揮されるのに時間がかかり、また力も無機物に行使するよりもなぜか弱くなる。

 それは、他の生物が基本として持つ能力による耐久力であると推測されている。

 鈴木鳶尾のように外界に影響を与えるような、超能力と呼べるほど強力なものではないが、対象者自身にかけられた念動力を弱める効果程度には発揮される。

 それが生物に対して殺傷するのに時間を必要とする理由だと、研究報告にまとめられている。

 だが生物に対して念動力は上手く作用されなくとも、自動車などの無機物ならば一呼吸で弾き飛ばすほどの威力がある。

 しかし車体に隠れていたはずの強奪者の姿はどこにもなかった。周辺を見渡すが、視界の範囲内には姿を確認できない。

「どこだ? どこにいる!?」

 勿論返事はない。

 だが鈴木鳶尾は油断しなかった。この程度で諦めるとは思えない。工場跡のどこかにいるはずだ。

「相殺するのではなく、精神障壁を円形に形成させることで、力のベクトルをずらし弾丸を……」

 歓喜の表情で病的に状況分析に集中し、カメラを回し続ける所長。

 南条彩香は無言で頭を抱えまったく動こうとせず、春日歩は少女を必死に身を挺して庇っている。

 浜崎純也はまだ生存しているのかわからないが、少なくとも不自然に変形した体躯に動きは見られない。

 訪れない変化に業を煮やし、勘で適当な場所に攻撃を加えた。

 壁が破砕し、窓が割れ、柱が一つ曲げられ倒れた。

 しかし反応はない。

「そうかよ、そっちがその気なら」

 鈴木鳶尾は南条彩香へ足を進めた。

「なにをする気だ!?」

 危険を感じた春日歩が、少女を守ろうと立ちはだかったが、鈴木鳶尾は無造作に殴り倒す。

「退け、おら」

 そして片隅で縮こまって動かない南条彩香を力任せに引きずり倒すと、衣服の胸元を引き裂いた。

「止めろ!」

 再び阻止しようと春日歩は体当たりしたが、薬の副作用のためか力が入らず、軽く抱きついたようにしかならなかった。

 鈴木鳶尾は鬱陶しそうに少年を蹴り飛ばし、再び少女の衣服を剥いでかかった。

 そして周囲に聞こえるように大声で叫ぶ。

「おら! どうした! 早く出てこねえとこいつヤッちまうぞ!」

 実験体になんらかの異常があるのは仕事上問題があるはずだ。

 もしプロなら阻止しようとするだろう。

 服を全部引き裂いたが、反応は返ってこない。

 春日歩は打ち所が悪かったのか、あるいは薬物の副作用が再び始まったのか、焦点の定まらない目で力なく床を這っている。

 それでも少女を助けようとする意思だけは消えないのか、必死に力を振り絞り、春日歩はしがみついて強姦を止めようとするが、今度は念動力で弾かれた。

 数メートル床を転がり、衝撃で意識が消えそうになる。

 だが、もう一体の実験体の攻撃にも、強奪者は反応を見せない。

「っち、本当に逃げたのか」

 ならば本当に楽しんでもかまわないかもしれない。

 話すことのできない少女は嗜虐心をそそる。

 歪んだ欲望が擡げて来た。

 所長が抗議した。

「お、おい、実験体をあまり手荒に扱うな。データ採取に影響が出るだろう」

「ああ!? どうせ殺すんだろうが、ちょっとくらい楽しませろ」

 ベルトを緩めジッパーを下ろし、一物を出して少女の陰部に当てる。

 南条彩香は抵抗する気力など始めから持ち合わせているわけがなく、ただ両腕で顔を庇っているだけだ。

 今まで声を聞いたことが一度もないが、力任せにぶち込めばきっと良い声で鳴くに違いない。

 だが顔を庇う腕の隙間から見せる少女の目は、鈴木鳶尾が思っていたよりもずっと冷静な光を灯していた。

「……う」

 一瞬その冷静さに気圧された鈴木鳶尾は、少女に一瞬でも怯んだことに激昂して拳を振り上げた。

「てめぇ!」

 すました表情の少女の顔を殴りつけようとした鈴木鳶尾は、唐突に右横へ倒れた。

 まるで彼自身が左側頭部を殴られたかのように。

 続いて二回痙攣を起こしたように動いたが、それ以後微動せず、左側頭部と、後頭部に一つずつ赤い穴が開いていた。

 その直線状の右側頭部と、頂頭部の頭蓋が砕け、破れた薄い肉と皮膚から脳漿混じりの赤い体液を撒き散らしていた。背中からも衣服に赤い染みが広がっていく。

 門野誠一の背後の工場入り口付で、実験体を強奪した男が消音器サプレッサーを装着した拳銃を構えていた。

 そして銃を下ろすと所長の脇を関心がないように通り過ぎて、倒れている鈴木鳶尾の傍らに立つと、さらに頭部に弾丸を二発撃ち込んだ。

 今度は痙攣さえなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る