マジカルルート000

亜未田久志

第1話 エルフの喫茶店


 雲間から覗く月明り、照らされた道は霧にまみれてどこかあやふやで、きっとここは現実じゃないのかもしれない。

 そんな世界から隔離された幻想の中に、佇む少女が一人。

 彼女の傍らには、バイク……と呼ぶには少し形のおかしな二輪車が一台。

 その荷台の上には角の生えた兎が一羽。


「すごい、噂は本当だった……。ジロー、見てこれが000号線だよ」

「それはすごいな、それでアリス、お前は本当にこのオンボロバイクでこの道を行こうってのか?」

「バイクじゃなくてバイク型箒、それにナイトウォーカー2000は名作。なんの問題もない」

 彼女の言う通り、そのバイクは車体部分が木製で、マフラーにあたる部分が、箒の先のように草が束ねてまとめられていた。

「付き合わされるこっちの身にもなってほしいもんだね」


 さっきから、なかなかに渋い声で喋っているのは、なんと角付き兎である。

「私が助けなきゃ、狼に食べられてた、忘れた?」

「はいはいその御恩は一生忘れません」

 ふてぶてしく言う角付き兎のジロー。


「それとアリスじゃなくてアリッサ、いい加減、名前覚えて」

「はいはいご主人様」

 はぁ、とため息を吐くアリッサ、先行きが不安に思えてくるが仕方ない。バイク型箒ことナイトウォーカー2000に跨り、魔力を込める。

 前方に付いているライトが点灯し、箒の後ろ、草の部分がブォンと音を立てる。


「箒?」

「バイク型だからね」

 ゆっくりと箒を発進させるアリッサ、霧に煙る幻想の道。

 000号線を往く。


「目的地は、伝説の果て、願いが叶う場所……!」

「000号線は本当にあった、だけど、その先まで本当とは限らんだろうに」

 いちいち突っかかる兎を無視して、速度を上げていく。

 曖昧な道を確かな覚悟で進んでいく。


 月明りが照らす道は所々、キラキラと宝石のように輝いた。それだけで此処が普通の道じゃないことを教えてくれる。

 少し進むと霧が晴れてきた。

 月と宝石の光を浴びて輝くアリッサの金髪が流れる様を、茶色く短い毛を草原の様に揺らすジローはぼーっと眺めていた。


 魔法陣が仕込んであるポンチョに身を包み、ひたすらに夜の000号線を駆けていく。

 幻想に満ちた宝石の道も、しばらく走って慣れてくると、どこか代わり映えのしない景色と同じような感覚に陥る。

 要は少し飽きてくるというお話。

「どうしよう、このまま、何もない道が続いたら」

「それでも行くしかないだろうさ、目指すは果て、願いを叶えるんだろう?」


 どこか意地の悪い言い方でからかうジロー。

 こんな兎連れて来るんじゃなかったと愚痴るアリッサ。

 しかし一人で行くのが不安でつい連れてきてしまったのだ。

 そんなやり取りをしてる内に、遠くに明かりが見えた。


「おっ、人の家みたい……少し、寄ってみよう」

「000号線に人の家? そんな馬鹿な、実在してたってだけで驚きなのに住人もいるだと?」

「実在したんだから、住人だっていてもおかしくはない……はず」

「ま、俺の言えた義理じゃないか」


 ジャッカロープと呼ばれる角付き兎は、普通の人間の世界では架空の生き物だ。

 魔術師達の世界では、そう珍しくもないのだが。

 とはいえ最近というか現代では存在を確認出来ていない伝説の中だけの種族もいる。

 そういう意味では、実在を確認できた幻想の存在としてジローはまさしくそれに当てはまるモノだろう。


 件の家らしき場所にたどり着く。

 そこは、一見すると木造の民家のようにも見えたが、空中で漂う魔法でつくられた光に照らされている物が一つあった。

 看板である。

「カフェ……アルフヘイム?」


 どうやら、そこは喫茶店らしい。

 お金はちゃんと持ってきているし、幻想の道を往くのだからと、純金や宝石など、他種族との交渉に使えそうなモノもちゃんと持っている。

 その諸々を詰めたキャリーバッグの上にジローを乗せ、引きながら意を決して、その扉を開けた。

「失礼します……」

「邪魔するよ」


 そこは。

 いたって普通の、喫茶店だった。

 だが、そこにいたのは――

「あら、お客さん? 珍しいわねぇ、何年ぶりかしら、いらっしゃい」

 ゆっくりしていってと語る、その女性は、とても美しく、光り輝いていた。

 比喩抜きで。


「エルフだ……本物のエルフだ。私初めて見た」

「俺も初めてだな、どうも初めまして」

「あら喋る角付き兎? アルミラージかしら?」

「いえ、俺はしがないジャッカロープでして、お嬢さん、ウイスキーを一つ」

「あらやだお嬢さんだなんて、ちょっと待っててね」


「ちょっと、私より先に注文しないで」

「別にいいだろう、ケチくさいやつめ」

 ぐぬぬ、とジローをにらみつけるアリッサ。

「はいはいケンカしないの、アナタは何にするの?」

「あ、えっとじゃあコーヒーを……」

「かしこまりました」


 席に座り、店内を眺める。

 照明が魔法でつくられていること以外はいたって普通だ。

 いや、全てなにからなにまで木製というところも変わったところといえば変わったところだろうか。

 メニューを眺める。

 その内容自体はいたって普通だった。

 特筆することはなく、各種飲み物に、数種類の料理。

 ウイスキーも乗っていた。


 ただ、その文字がどこかゆらゆらと朧気になる時があった。

「こりゃ、魔法で書かれてるな、そいつが欲しいものが記されるようになってる」

「見た人によって内容が変わるってこと?」

「その通りよ」

 コーヒーとウイスキーを持ってきたエルフのお姉さんが答える。


「あの、少しお話聞かせてもらってもいいですか?」

 おずおずとアリッサが言う。

「ええ、構わないわよ。何から話そうか?」

「えっと、それじゃあ――」

「まずはお名前を聞かせてくださいお嬢さん」

 アリッサが何を聞こうか迷っている間に、キザったらしい口調でジローが口をはさんできた。


「名前ね、そうね、ポラリスかしら」

「ポラリス……」

 どこか浮世離れした響きに感嘆するアリッサ。

「とてもいい名前だ……夜に輝く一つの星……」

 ジローはどこまでもキザな風であった。

「この兎さんほんとお上手ね? あなたが躾けたの?」

 くすくすと上品に笑いながら言うポラリス。

「いえ、元からこんなんです……」


「それで、えっと、ポラリスさん、なぜこの、000号線で、お店をやっているんです?」

 率直な疑問だった。

 エルフが喫茶店をしていることもそうだが、さらに場所が場所だけにこの問いは避けては通れないだろう。

「そうね、色々と理由はあるけれど……まあ、基本的にはあなたみたいな人に会うためかしら」

「私みたいな人?」


「そういえば私は名前を言ったけど、あなたの名前を、私は聞いてなかったわ、教えてくれる?」

「あ、すいません。アリ――」

「アリスです」

「違います。アリッサです。こいつはジロー」

 兎をつねりながら答える羽目になってしまった。

「うふふ、そうなのね、アリッサ、ジロー、改めて、今日はいい星の日に出会えたわね」

「はい!」


「ねぇ、今度は私から質問していい?」

「はい、どうぞ」

「あなたは、あなたこそ、なぜここに?」

 なぜ、と聞かれたら、それはもう願いの叶う『果て』に行くためなのだが、しかし聞かれてるのはそういうことではないような気もした。

「その、立派な魔術師になりたくて、もしかしたらここに来られればって」

 そう思ったんですと、答えた。


「なるほどね、とても純粋な願いだと思うわ」

「ありがとうございます?」

「素直に喜んどけ」

 ジローはいつも一言が多い。


「えと、そういえば、ポラリスさんってエルフだけど、ほとんど人間と変わりませんね」

 オーラのような輝き以外は。

「そうね、私は、というか、私はこの店から滅多に出ないから、あんまり外の事は知らないけど、そもそも『エルフ』って言葉に明確なイメージってあまりなかった気がするんだけど、人間世界でなにかあった?」

「……言われてみれば」

「こいつはジャパニーズ文化にかぶれちまったからな、コミックやらアニメーションやらのイメージに固定化されちまったんですよポラリス嬢」


 どうやらジローはウイスキーで酔ってきたらしい。

 さっきまでの口調はどこへやらだ。

「ジャパニーズねぇ、その話、面白そうね?」

「いえ……そんなことは」

 魔術師の知り合い(いじめっこ)にオタクがバレた時に、ひどく笑われたトラウマがぶり返すアリッサ。


「そんなことより、もっとポラリスさんの話聞きたいです。どれくらい此処にいるんです?」

「どのくらいって言ってもね、ざっと数百年は超えてる……はずだけど」

 さらっと言ってのける。

「数百……」

「ま、人間の寿命なんかと比べたらいかんな、ポラリスさん、あんたもともと神々の一員だった類だろう?」

 酔いが周り、とうとう歯に衣着せぬようになってきた。


「それは言えないわね、企業秘密ってやつね」

 企業は違う気がする……と思いはすれど、口には出せなかったアリッサだった。

「ふうむ、ミステリアスなのも素敵だ……」

 なんかだいぶ酩酊してきた。

 そろそろ黙らせよう。

下僕しもべは契約に従い、その口を閉じよ』


「んーっんーっ」

 強制的に沈黙させられたジロー、ジタバタと異議を唱えるが無視された。

「これ大丈夫なの?」

「大丈夫です。狼に襲われでもしない限り死なないので」

 普通の兎と違い、かなり丈夫だ。

「そっか、ねぇアリッサ、あなたたち、このまま先に進むんでしょう?」

「はい、とりあえず真っ直ぐ」

 それ以外に道を知らない、というかこれから先の予想もつかないのだが。


「じゃあこれを持って行って、この道は幻想に迷うことも多いけど、うまくいけば『ドワーフの市場』に着くはずよ」

 渡された紙には、読めない文字が書いてあった。

「ドワーフの市場ですか……それって私、入れてもらえますか?」

「そのための、その紹介状よ」

「なるほど……」

 アリッサはエルフの文字で書かれた紹介状を手に入れた!


 コーヒーを飲み終えたアリッサは、立ち上がりキャリーバッグをあさり始める。

「ありがとうございました。紹介状までもらってしまって、それでえっとお支払いは何ですれば……」

「いいわよ別に、私はここでお客さんを待ってるの仕事じゃなくて趣味だから気にしないで」

「え、でも」

「気にしない気にしない、それよりあなたは自分の心配をしなさい。今回は大丈夫だったけど、人間にやさしい妖精だけとは限らないんだから、下手したらここが怪物の胃の中とかだってあり得るのよ?」

「うぐっ」


 コーヒーとおウイスキーにドワーフへの紹介状にアドバイスまでもらってしまったアリッサは、ジローを抱え上げて店を出る。

「ほんとうにありがとうございましたー」

「たぶんもう会うことはないだろうけど、でも、またね」

「はい、いつかまた」

 そう言ってバイク型箒のナイトウォーカー2000に跨る。

 アリッサは再び幻想の道を走り始めた。

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