第26話 敵に回したくない相手

「ご無沙汰してます、高見たかみさん」

「久しぶりだな藍沢あいざわ。2年振りくらいか?」


 ある日の放課後。

 俊平しゅんぺいは最寄りのファストフード店で懐かしい顔と向き合っていた。

 向かいに座る、日焼けした黒髪短髪の男子生徒は高見たかみ健勇けんゆう

 高見は中学時代に同じ生徒会に所属していた一学年上の先輩で、当時はそれなりに親しくしていた。進学した高校は別で、現在は隣町の私立高校の三年生だ。

 一応連絡先だけは交換していたが、直接顔を合わせる機会はなく、高見の卒業以来の再会となっていた。


「学校はどうだ?」

「楽しくやってますよ。気ままな帰宅部なので、放課後も自由ですし」

「高校では生徒会に入らなかったのか?」

「顧問からの誘いはありましたけど、最終的には断りました。生徒会業務の大変さは中学時代に思い知りましたから、高校ではもういいかなって」

「違いないな。俺も高校では生徒会はやらなかった。まあ、部活に集中したかったからってのもあるが」


 他愛のない世間話を交わしつつ、購入したフライドポテトを摘まんでいく。


 進路の話題や思い出話をしている内に5分程が経過。

 最初に切り出したのは、呼び出された高見の方だった。


「それで、俺に何を聞きたいんだ? まさか思い出話するだけのつもりで呼び出したわけじゃないだろう」

藤枝ふじえださんについて幾つか聞きたいことがあります」

「何でまた。お前は同じ高校なんだし、今だってそれなりに交流はあるだろうに。どうして俺に聞く?」

「藤枝さん本人には、少々聞きずらいことでして」

「……どういう意味だ?」


 高見は眉尻を上げ、あからさまな不快感を露わにする。

 久しぶりに会った後輩が、友人の腹を探るような真似をしてくれば、不信感を抱くのも当然であろう。


「俺が知りたいのは、俺が入学する前の時期、藤枝さんが一年生の頃の話です。高見さんは藤枝さんとは親しい幼馴染。進学先は違っても、それなりに藤枝さんの事情は知っているんじゃないですか?」

「……知らねえよ。そりゃあ、学校が別になってもあいつとはよく休日に遊んでたけど、学校よりも趣味とかの話をすることの方が多かったし」


 目線を逸らす高見の仕草を見て俊平は確信する。

 鍵となるのはやはり、俊平がまだ高校に在籍する以前、藤枝とたちばな芽衣めいが一年生だった頃の出来事。その辺りに事情を、高見も何か知っている。


「藤枝さんと橘先輩の間に、何があったんですか?」


 あえて直球でそう尋ねる。

 例え明確な答えなど返って来なくとも、高見が僅かでも動揺を見せればそれで十分だ。固い口を突き崩す算段など、会話の中で見つけていけばいい。


「……どうしてそこで橘の名前が出る?」

「俺が、橘先輩の死の真相を調べているからですよ」

「……藍沢」


 気まずさから再び視線を逸らそうとする高見だったが、どういうわけか今回は俊平から目を離すことが出来ないでいた。決して威圧的なわけではない。言葉遣いだって目上の先輩を敬む丁寧なものだ。なのに、底知れぬ引力を放つ瞳だけが、魔眼のごとく恐ろしい。


 生徒会役員として一年間俊平と共に過ごしたが、こんな恐ろしい目を見るのは初めてだ。


「言っておきますが、すでにそれなりの情報は集めています」


 日焼けしていて体格もよく、豪快に笑う。一見すると剛胆な印象のある高見だが、実際にはプレッシャーに弱く、周りに流されやすい傾向がある。中学時代からよく周りを見ていた俊平は高見のそんな一面にも気付いていた。高校生活を経てそういった面が改善されている可能性もあったが、反応を見るにやはり人の根幹というものはそうそう変わるものではない。強く押せばいけると、俊平はそう確信していた。


「否定されても素直に引き下がるつもりはないのでそのつもりで」


 駄目押しに一言。これでほぼ確定だろう。

 決して高見個人に敵意など抱いていない。少なからず良心は痛むが、橘芽衣の真実を明らかにするためなら、俊平はかつての先輩を責めることも厭わない。


「……藍沢ってさ、そんなおっかない奴だったか?」

「自分でも驚いていますよ。新しい自分を発見です」

「……そうか。愛の力は怖いな」


 観念したかのように苦笑顔で大きく息を吐き出し、高見は椅子に深く掛け直した。

 中学時代、俊平が橘芽衣に好意を抱いていたことには高見も気が付いていた。橘芽衣の死から二年が経った今でも俊平の思いが変わらぬことには驚いたが、同時に本人の言う通り、引き下がるつもりはないという本気度を思い知ることにもなった。

 

「……言っておくが、本当に大したことは知らない。友人と言っても、藤枝のことを全て知っているわけではないからな。それと、俺が情報源ってことは絶対に藤枝には知られるなよ。あいつとの友情を壊したくはない」

「ありがとうございます。もちろん、情報源の秘匿はお約束します。俺はただ、前に進むために真実が知りたいだけなんです。真実を知ったからって、それを使って何かをしようなんてそもそも考えてはいませんから」


 半分嘘で半分本当。

 情報源を漏らすつもりはないが、真実を知った上で、どういった行動を取るのかはまだ決めてはいない。

 

「……二年前の、四月の半ばだったかな。藤枝の奴、目に見えて浮かれていたよ」

「何があったんですか?」

「橘と付き合えることになったと、心底嬉しそうに語っていた……それがまさか、あんなことになっちまうとはな」


 第三者から裏付けが取れたことで、橘芽衣と藤枝が交際していたことは確定した。

 交際開始が四月の半ばということは、橘芽衣はその僅か半月後に自殺を図ったことになる。自殺の原因が、直近の男女関係にある可能性は非常に高い。


「橘先輩の自殺ですか?」

「……藤枝の奴、ショックを受けて酷く自分を責めていたよ。橘が自殺したのは自分のせいだと」

「どういう意味ですか?」

「橘が自殺する少し前に二人は破局したらしい。何でも橘の方から別れを切り出したそうだが、納得のいかない藤枝はかなり食い下がったみたいで、感情的に酷い言葉を浴びせちまったらしい。タイミングがタイミングだ。藤枝の奴、それが原因で橘が自殺したと考えたんだろうな」


 出来ることなら聞きたくない情報であったが、真実を明らかにするためにも、残酷な現実から目を逸らすわけにはいかない。


「……ゴールデンウイーク中に、橘先輩の方から別れを切り出した。間違いありませんか?」


 重要な情報だ。間違いがないように、確認には念入りに。


「間違いない。藤枝は橘の死を知った時、取り乱した様子で俺にそう打ち明けてきたからな。あの状況で嘘なんてつかないだろう」

「別れるに至った理由については聞いていますか?」

「流石の藤枝も、そこまでは教えてくれなかったよ。深入りするのも不謹慎かと思って、以降は橘の話には一切触れていない。そのせいで、昔より距離が出来ちまった感は否めないけどな」


 確信には触れていないとはいえ、やはり本人のいない場でこの手の話しをすることに罪悪感があるのだろう。事情を語る高見の表情は終始渋面であった。


「……俺から言えるのはこんなところだ。幾ら求められようと、これ以上は本当に何も知らないからな」

「十分参考になりました。ご協力に感謝します」

「まるで取り調べだな」

「受け取り方次第ですよ。俺はお世話になった先輩と世間話をしたくらいの認識ですから」

「……やっぱりお前、キャラ変わったよ」


 話すことはもう何もないし、何よりも居心地があまりに悪い。

 高見は残っていたポテトをそそくさと平らげると、まだ食事を続けている俊平を残し、席から立ち上がった。


「昔は良い意味で敵に回したくなかったけど、今は悪い意味で敵に回したくない」


 目も合わせぬまま、高見は逃げるかのように足早に店を後にした。

 元より疎遠だったこともあり、今後二人が顔合わせる機会はほとんどないだろう。

 俊平の側はともかく、少なくとも高見の側は、もう俊平とは顔を合わせたくないはずだ。


「……流石に熱くなりすぎたな。高見さんと仲たがいするのは不本意だったが」


 反省するかのように目を伏せ、俊平はドリンクのストローを啜った。


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