第25話 外面
「昨日の状況を説明願おうか?」
放課後に入るなり、
「見たまま、潜入捜査ですよ?」
何を不思議がっているのかと、繭加はキョトンとした顔で小首を傾げている。
素なのか演技なのか微妙に分かりづらいのが小憎らしいところだ。
あれが潜入捜査であることくらい、事情を承知している人間ならば簡単に分かる。俊平が知りたいのは過程の方だ。
「それは分かっている。俺が問題視しているのは、事前にそのことを知らされていなかったことだ」
あの場は繭加に配慮し適当に話を合わせておいたが、よくぞ即興であれだけ自然に振る舞えたものだと、俊平は我ながら感心していた。
「事前に報告する程のことでもないだろうと思いまして」
「嘘だな。お前は俺のことを信用していなかっただけだ」
「それは……」
「図星みたいだな」
「
「だから黙って実行したと?」
しかめっ面の繭加が無言で頷く。
身長差も手伝い、まるで説教を受ける子供のようだ。
「
「知っています。彼女にだけは事前に相談していましたから」
「流石は友人といったところか」
今この場に朱里はいないが、友人として、繭加の朱里に対する信頼関係は本物なのだなと再認識した。同時にそれは、自身に対する信頼など、まだ取るに足らないものだったのだと、俊平に実感させることにもなった。
決してショックなわけではない。むしろ当然だ。
同盟を結んだとはいえ、繭加と俊平はまだ出会って日の浅い身。
全てを相談し合える信頼関係を築くには、まだ時間が少なすぎる。
「俺に反対されると思ったと言ったな?」
「違うんですか?」
「反対したよ」
「やはりそうですか」
繭加が一度視線を落としそうになるが、
「だけど、考え直して最終的にお前の提案を受け入れたかもしれない」
「どういう意味ですか?」
繭加が再び視線を上げ、俊平と正面から向き合う。
「今の俺は、以前ほど藤枝に肩入れしていないということだ。だから、もう少しだけ信用してほしい」
流石の繭加もこの時ばかりは返す言葉が見つからなかった。
自身の独断専行が俊平を傷つける行為であったと自覚したためだ。
同盟を結ぶ仲間である以上、反対されることも覚悟の上で、先ずは相談し話し合う場を設けるべきだった。
「ごめんなさい」
「何時になく素直じゃないか」
繭加のことだから、憎まれ口の一つでも言ってくるのではと身構えたので、俊平は些か拍子抜けしている。
「今回は私に非がありますから」
「分かってくれればそれでいい。次から何か行動しようって時には、俺にも一言断ってくれよ」
「約束します」
真剣な面持ちで繭加は深く頷く。
それを受け、俊平も置いてけぼりにされた件に関してはこれ以上とやかくは言わなかった。
「それで、藤枝とは何時から親密に?」
「親密な振りです」
芝居とはいえ、藤枝との間に親密という表現を使われることは嫌なのだろう。
繭加は「振り」であることを強調する。
「失礼。何時から親密な振りを?」
「
「偶然にも俺と遭遇したと」
「その通りです」
繭加の行動力の高さをさることながら、その結果は藤枝という男の印象をさらに悪くするものでもあった。
俗な言い方をするなら、手が早いというやつだ。
「あれから大丈夫だったのか? その……変なことをされたりとか」
流石にいきなり肉体関係には発展していないだろうが、軽い接触程度はあったのではないかと、どこか親心的な感覚で心配になる。
「ご安心を。そういった雰囲気を出されても、鈍感な乙女の振りをして最後まで純血は守り抜きましたから」
「言い方は気になるが、何もされていないならとりあえずは良かったよ」
幾分かの冷静さを取り戻し、俊平は繭加と向かい合う形でパイプ椅子に深く腰掛ける。罪悪感が気まずさを生んでいるのか、繭加はやや落ち着きない様子を見せている。
「それで、藤枝と接触してみてどう感じた?」
「抜群のルックスに加えて、話術巧みで女性を喜ばせる術にも長けている。予備知識無く出会っていたなら、普通にときめいていたかもしれません」
「話術巧みってのは何となく分かる。昔からコミュ力の塊みたいな人だったから」
「藤枝との付き合いは、藍沢先輩の方が長いですものね」
「今となってはただの皮肉さ。今の俺は、あの人の外面を無条件で受け入れていただけの、ただの無能だ」
「そうですね。無能です」
「そこは『そんなことありませんよ』とか言うところだろ」
「心にもない言葉で取り繕っても意味はないでしょう」
「もう少しオブラートに包んでくれてもいいだろうに」
「信頼を取り戻すためです。これも先輩に対する愛ですよ」
「さいですか」
意外と体力を使うのでツッコミも程々にしておく。
繭加が調子づいてきたようで何よりだと、今はポジティブに考えておく。
「藤枝について他には?」
「藤枝にそれとなく芽衣姉さんの自殺の件を振ってみたのですが、明らかに動揺して不自然に話題を切り替えてきました。桜木さんの言うように、藤枝には何か疚しい部分があるということなのでしょうね。まだ決定的な証拠はありませんが、場合によっては強力なカードで揺さぶりをかけ、藤枝自身の口から真実を語らせることも考えています」
「自身が橘先輩の身内だと打ち明け、藤枝の動揺を誘うつもりか?」
「察しがいいですね」
「いかにもお前の取りそうな手段だと思ってな」
「止めますか?」
「いや、止めないよ。その変わり一つ条件がある」
「条件ですか?」
「カードを切る際は、俺もその場に同席させてくれ」
ここまで来て除け者にされることだけは絶対に避けたい。
関係者の一人として、事の顛末は絶対に己の目で見届けなければいけないと俊平は強く思っている。
「承知しました。その際は同席をお願いいたします」
「助かるよ」
「私達は同盟ですから、利益は共有しないと」
「利益?」
「動機はどうあれ、私が真実を追い求めていることに変わりはありません。真実こそが私達にとっての利益でしょう?」
「なるほど、確かにその通りだな」
「藤枝に揺さぶりをかけるにしても、情報や証拠は多いに越したことはありません。私と芽衣姉さんの関係はあくまでも切り札ですから。これまで通り情報収集を続けた上で、揺さぶりをかけるタイミングを計りたいと思います」
「そうだな。俺も俺なりのルートでもう少し調べてみるよ……たぶんあの人だって、昔から悪い人間だったわけではないだろうから」
懐かしい夢を見た影響もあるのだろうか。
失望しているはずなのに、まだどこかで藤枝の期待を抱いている部分もあった。 良い面も悪い面も、臆せず両面を見つめる。相手を知るということは、本来そういうことなのかもしれない。
「そういえば朱里ちゃんは?」
「私同様に最近は独自に調査をしているようです。情報がまとまったら報告すると言っていましたが」
「朱里ちゃんがね」
〇〇〇
「ふむふむ」
自室の窓から差し込む夕日が、不敵な笑みを浮かべる高梨朱里を照らす。
独自に調査を進めていた朱里はこの日、授業が終わるなり自宅へと直帰していた。
勉強机の上には一冊のノートが開かれている。内容は渦中の人物でもある繭加の従姉、橘芽衣が生前つけていた日記帳の模写だ。
いかに親友の頼みとはいえ、繭加だって大切な従姉の日記を貸し出すような真似はしない。許すのはせいぜい、自身も立ち会った上で、その場で軽く目を通させる程度のことだ。
「他人の日記を盗み見るのって楽しい」
驚異的な記憶力を持つ朱里にとってはそれだけで十分だった。自殺と関係のありそうな直近二か月分の内容を頭に叩き込み、自宅に戻るなり記憶の中の内容をそのまま模写。芽衣の日記のコピーを作り出すことに成功していた。
繭加の朱里に対する認識は、良い事ではないと承知の上で、親友のためにダークサイドの調査に協力してくれている優しい子だ。驚異的な記憶力を有していることや、嬉々としてダークサイドの鑑賞に精を出している裏の一面を知る由もない。同族相手だと心を開かれない可能性があると思い、朱里は始めから人畜無害を演じてきたのだ。
朱里がこの日記帳を読みたいと頼んだのは、前々から感じていた違和感に決着を着けるためである。
心にフィルターのかかっている繭加ではきっと何度この日記帳を見ても違和感に気が付かなかったはず。これは、直接橘芽衣という女性を知らない朱里だからこそ気づくことの出来た感覚であるといえる。
「君と彼、君と彼、か」
夕日に照らされた朱里の表情は、笑っていた。
親友に内緒で勝手にこのような真似をしていることに対する罪悪感など微塵もない。優先すべきはあくまでも自身の探求心を満たすことだ。
繭加同様、あるいはそれ以上に、高梨朱里は『深層文芸部』然とした人間なのだ。猫を被っている分、繭加よりもよっぽど性質が悪いといえるだろう。
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