第1話 連休明け
物語は、30分前へと遡る。
「まだまだ遊び足りねえええええ」
「実は私、彼氏の家で」
「今年引退の先輩たちのためにも、もっと練習頑張らないと」
「たまには、一人旅も悪くないなって。王位継承権を巡る争いに巻き込まれた時は、流石にびっくりしたけど」
「青春って何だよ……」
昼休み。2年B組の教室。
ゴールデンウイーク明けの反動もあり、教室内はいつも以上の活気(一部そうではない生徒もいるようだが)に溢れている。
連休中に遠出した者。部活動に勤しんだ者。あるいは自宅でのんびりと過ごした者。各々が連休中の出来事を語り合い、昼食時の雑談を盛り上げていた。
「連休はどうだった。
窓際最後列に座る、センター分けが特徴的な男子生徒――
周囲で交わされている会話と大差ない内容ではあるが、この時期に最も適した話題なのは間違いない。
「正直なところ、ただの長い休みって感じだったな。初日で宿題の類を片付けて、後は近場をブラブラしたり、借りてきたDVDを見たり。普段の週末と大差なかったよ」
瑛介と向かい合う形で椅子の背もたれに腕を掛け、
「おいおい、ほとんど俺と同じじゃないか」
「お互い、つまらん連休を送ったもんだな」
自虐的に言うと、俊平は机の脇にかけているコンビニの袋から、ペットボトルの烏龍茶を取り出し口へと運んだ。
今更だが、予定を合わせて二人で一緒に遊んでも良かったかもしれない。野郎二人だけで過ごすのも、それはそれで虚しいかもしれないが。
「DVDは何を見たんだ?」
再び瑛介から質問が飛び出す。面白味の無い連休を送った者同士が、唯一語り合えそうな話題だ。
「あまり知られてない良作を発掘しようと思って、マイナーなタイトルを色々借りたんだけど……外れ感が半端なかったな」
連休中に視聴したDVD群を思い出し、俊平は苦笑する。
全ての足に重火器を装備したイカが襲ってくる、いかにもB級なアニマルパニック。
衝撃のラストという触れ込みの下、大団円で笑顔でダンスを踊り始めたサスペンス映画。
主人公の女性の顔芸の方がよっぽど恐ろしく、内容がまるで頭に入ってこなかったホラー映画。
たまに見る分にはそういうマイナー映画も悪くないが、まとめて見たのがよろしくなかった。後半は流石に退屈になり、携帯をいじりながら片手間で視聴。結果、内容はあまり覚えてはいない。
「まあ、そんなもんだよな」
「でもさ、当たりもあったんだぜ」
「当たり?」
「ああ、時間を置いて最後に見た一本がなかなか面白くてさ。死んだ少女のために主人公が復讐していくサスペンスで、人によって好き嫌いは分かれそうな内容だけど、俺的にはけっこう有りだったな」
「復讐モノね。俺は苦手だな、そういうの」
ド派手なアクション映画やコメディー要素のある映画を好む瑛介にとって、シリアスな内容はあまり得意なところではない。誰も幸せになれない物語は見ていて悲しすぎる。
「しかし、俊平ってそういう映画を好むタイプだったか? 比較的俺に近い
「新しい自分を発見って奴だよ。普段見ないジャンルを見たら意外とはまった。それだけのことだ」
映画をより楽しむためには、食わず嫌いをせずに普段とは違うジャンルに手を伸ばしてみることも時には必要なのかもしれない。それが今回の連休で俊平が得た一つの教訓だ。
俊平と瑛介がそんな映画談義を交わしていると、
「お待たせ、二人とも」
慣れ親しんだ友人の声が聞こえ、俊平と瑛介が出入り口へと視線を移す。
俊平の隣の席の主である、ポニーテールが特徴的な女子生徒――
俊平は登校時にコンビニなどで購入。瑛介は弁当持参のため買い物には出ず、友人達が戻ってくるのを待っていた。
「いつもより遅かったな」
隣の席に腰掛けた砂代子に俊平が尋ねる。
当然ながら購買は校舎内にあるので買い物にそこまで時間はかからない筈なのに、砂代子達が教室を出てからすでに15分が経っていた。昼食に手をつけずに待っていた身としては、理由を聞きたくもなる。
「今日は購買でレジェンドバーガーが出ててね。私は普通にお昼を買いに行っただけなんだけど、混雑してて時間かかっちゃった」
「ああ、それでか」
レジェンドバーガーとは不定期に購買で発売されるオリジナルメニューのことだ。ボリューミーかつ学生の懐にも優しい低価格で大人気のメニューとなっている。一度の販売数が極端に少なく、購買にはそれ目当ての生徒が大勢詰め掛けるため、通常メニュー希望の生徒も買い物に手こずってしまうことがある。
「面白い事もあったんだけどね」
「というと?」
「ふふふ、実は
砂代子のその言葉を聞き、待ってましたと言わんばかりに、茶髪の毛先を遊ばせた男子生徒が満面の笑みで胸を張る。
「俊平、瑛介。実は俺、レジェンドバーガーゲットしてきたぜ!」
砂代子と一緒に戻ってきた男子生徒――
それを見た俊平と瑛介は、揃って「おお!」と感嘆の声を上げる。
たかが購買のハンバーガー1つに大袈裟だと思われるかもしれないが、レジェンドバーガーの入手難易度は非常に高く、二年生である俊平や瑛介も入学してから一度も目にしたことは無い。もちろん二人が普段購買を利用していないからというのもあるのだが、購買派の砂代子や、今回見事にレジェンドバーガーを手に入れた佐久馬さえも直接目にするのは初めてだというのだから、その希少さが伺える。
「しかし、よくゲットできたな佐久馬」
興味深げに瑛介が佐久馬の手にする袋を見詰める。
レジェンドバーガーを入手するには、販売の瞬間に偶然居合わせる幸運と、並居る購入者――ライバル達を押しのけてでも商品を手に入れようとする強靭な意志。この二つが要求される。入手出来ただけでも周りの感心を集める、それほどにレアな代物だ。
「俺が買いに行った瞬間にレジェンドバーガーの販売が開始されてさ。混乱に巻き込まれる直前に買えたからラッキーだったよ」
笑顔でそう言うと、佐久馬は空いている瑛介の隣の椅子に腰掛け、二人が見やすいように、レジェンドバーガーを袋から取り出し机の中心へと置いた。
「でかい」
「噂以上だ」
大きなバンズの間にタップリのレタスと照り焼きチキン、トマト、卵のディップがサンドされている。幅、厚みともにかなりのもので、ハンバーガー店のビックサイズのメニュー並だ。これで120円だというのだから、欲しがる生徒が多いのも当然だろう。
「私もゲットしちゃった」
佐久馬より少し遅れてやってきた、茶髪にウェーブをかけた女子生徒――
「おっ、亜季もゲットしたのか」
「自力じゃなくて、晶ちゃんが私の分も買っておいてくれたんだけどね」
亜季は小悪魔のように舌を出して笑い、隣でその発言を聞いていた佐久馬がうんうんと頷く。
「全員揃ったところで、机でも合わせるか」
亜季も到着したことで俊平が提案した。異論は無く、黙々と机の移動が始まる。
俊平、瑛介、砂代子の三人は自分の机を、佐久馬と亜季は近くの空いている席を拝借し、向かい合う形で机をくっつける。机の持ち主は学食に行っており不在のため、食事中に拝借しても問題は無い。
俊平の向かいに砂代子、隣に瑛介、砂代子の隣に亜季、亜季と瑛介の隣に佐久馬が正面から机を付ける形で配置が完了した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます