19.スネークヘッド遍歴(後編)

 よくないジンクスを打ち破るべくわたしが白羽を立てたのは、コウタイ。


 ブルームーンギャラクシー、アイスファイヤーと色鮮やかなタイプが続いたこともあり、趣向を変えて渋い系統のスネークヘッドを飼ってみようと思ったのだ。褐色のボディに黒い縦縞、そしてカラス色のヒレ。これぞ男のスネークヘッドと言わんばかりの個体であった。


 ……と言うよりは、そういう個体に育った。


 お迎えしたときは数センチ程度のベビーで、そのときは全体がうっすら褐色に色づいているくらいだったのである。三ヶ月も経つ頃には模様がくっきりと出るところまで成長するのだから、魚の育ちというものは早い。


 わたしの目論見どおり、コウタイはよく生きた。


 そもそもコウタイは近年こそ野生の個体数を減らしているらしい(外来生物なのでそれ自体は喜ばしいわけだが)とはいえ、日本の環境でも生きていける魚である。温度管理さえミスらなければ適応してくれると踏んでいた。まさしく予想どおりといった趣だ。


 ところが、コウタイを購入してから約一年後の2017年、わたしに大きな転機が訪れる。


 退職である。


 まあ、より正確を期するならば、コウタイを買ったときにはもう会社を去ろうと決めていた。転職ではなくライターとして独立することもほぼ既定路線であった。


 問題は活動拠点だ。


 当初は首都圏に留まるつもりだったのだが、落ち着いて考えてみると、これといってメリットを見出せないことに気づいた。わたしはイベント等に参戦するタイプではないし、買い物だって通販メインだし、何より地方のほうが生活費が安い。テレ東系列のウルトラマンを見られることが首都圏の利点といえば利点だが、放送のある土曜日にわたしは仕事に行っていたわけで、つまりは首都圏にいた今までだってYouTubeの見逃し配信に頼っていたのだから地方に移っても影響は全然ないわけだ。


 このような事情から、わたしは岩手県盛岡市に移住することに決めた。初めて親元を離れて暮らした街という思い入れもあったし、それだけに勝手知ったるという感覚もあった。実家が青森なので帰省時の交通費が浮くことも理由の一つだった。


 これらの話を会社の同期に打ち明けたところ、「もしよかったら生体を譲ってくれないか」と頼まれた。もともと一緒に飲んだり話したりする仲だったのだが、そのうちにアクアリウムに興味を持つようになったらしい。


 考えた末、わたしは残っていた生体を手放すことにした。長距離の引っ越しに付き合わせるよりはマシだろうと考えたのだ。この頃にはブルームーンギャラクシーも星になってしまっていたので、同僚にはコウタイとウーパールーパーを譲ったということになる。


 譲った生体は2019年現在でも元気にやっているようで、たまにそいつのFacebookを覗くと写真が貼られていたりする。譲って正解だったと思っている。


 かくして、わたしは現在の住まいである盛岡市に引っ越した。


 もちろんアクアリウムから足を洗うつもりはなかった。アパートを探す際、水槽を置きたいがために一階の部屋を選んだくらいだ。なんなら今までスペースの都合上置けなかった90cm規格を導入しようと計画すらしたし、実際にそうした。


 そしてわたしは今、バイオレットスネークヘッドと共に生活している。


 スネークヘッド飼育はやめられないのだ。



     ◇ ◇ ◇



 ※注1:最大体長30cmほどの中型種。泳ぎ回るタイプなので実のところ60cmレギュラー水槽は相当ギリギリである。できれば60cmワイドか90cmレギュラー以上での飼育が望ましい。


 ※注2:最大体長50cmほどの中型種。以前は最大70cmとも言われていたが、どうやら別種と混同されていたというのが真相らしく近年データが修正された。金色のボディに焦茶のバンド、うっすら緑がかったブルーのヒレが特徴。紫って感じじゃないのにこのネーミングは何なんだろう……?

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