第40話 狂った歯車
翌朝、ベッドのふちに座っていると誰かが戸をノックするのが聞こえた。戸を開けてそこにいたのはエリーゼだった。
「どうしましたか……?」
「革命軍の逃げた先が分かったみたい。これから作戦会議。ハンナは引き続き入院するから、来られないけど来てくれるかしら?」
「兄を助けられなきゃ、今までやってきた事は無駄になります。だから行きます。」
口ではそう言ったが、ハンナに会えずまた戦いに行くのに不安はあった。でも、なにもしないわけには居られなかった。二人で城に行くと、勇者は東国に棲む蛇のような姿をした竜を引き連れて軍の先頭にいた。
「来てくれてありがとう、亜燐。
帝都か夕方まで移動して、私達はアズガルから少しは離れた仮拠点に到着した。指定されたテントに入ってしばらくすると、オリヴィエがパンと干し肉を持ってやって来た。
「お疲れさん。とりあえずここは俺が魔術で気配を遮断してあるからバレる心配はない。作戦は4時に開始する。それまで安心してしっかり休んでくれよ。」
狭いテントの中で、相部屋になったローシャと横になった。
「ずっと元気ないな……心配になる。」
自分でも負の感情を殺せていない事は重々承知だ。いくら彼女の笑顔を思い浮かべても抱かれる妄想に耽っても、それは変わらなかった。
「うん……でもこれは私達だけの事だから。気にしないで。」
「んな事言われたって……アタイ達仲間だろ……?」
「やめて話しかけないで黙ってっ!!!!!」
自分の耳が痛くなるような異常な金切り声を上げて、そして手を地面に何度か叩きつけながら私は突き返した。ローシャの顔からは困惑と恐怖が見て取れた。その次に込み上げたのは涙だった。最早自分でも感情は制御できない。
「……っぅうぅ……ああああぁぁ……」
「そうか……辛いんだな……何も言わなくていい……」
「ううぅぐっ……」
何を言っても声にならないので、私はローシャを強く抱き返して彼女に答える。ようやく私は自分の精神が限界に近いということを自覚した。ハンナに少し会えたおかげで楽になったと思ったが、最早それだけで埋められる傷口ではなくなっているようだ。心を少し落ち着けて、私は彼女の肩から手を離した。
「済んだのか……?おやすみ。」
私は横たわったまま小さく頷いた。でも、私は何処か満足出来ていなかった。次に私が思ったのは、この不安を無理矢理にでも吹き飛ばしてやろうという事だ。私はローシャの上に覆い被さって彼女の服の下に手を入れた。
「アリン、頼むからそこまでにしろ。そんな事をしたらハンナが悲しむぞ。」
「こうでもしないと……心が持たないから……だからごめん。」
「待て……んぅっ……」
私はローシャの唇を無理やり奪って、その後は無理やり犯し続けた。
「ごめんローシャ……」
「……はぁ……」
そうして得られたのは、虚無感だった。私は快感や行為に依存していたのではなく、私はハンナそのものに依存していた事に気がついた。後悔の涙を振り落とすように私は目を閉じた。
ラッパの音で私達は目を覚ました。私は彼女に目を合わせる事なく準備をする。不意に彼女に背を叩かれる。
「お前、戦いに行って本当に良いのか?今の状態で行ったら取り返しのつかない事になるかもしれない。」
「もう……引き返せないから。」
お兄ちゃんを助ける為にここまでやって来て、今更私のせいで死ぬかもしれないという不安を抱えながら待つなんて事は今の私には到底出来ないだろう。それこそ気が狂ってしまう。不安に満ちた彼女の顔を横目に、行軍に付いていった。そして、チラホラと明かりの付いた街が姿を現した。夜に宣戦布告も無しに不意討ちを仕掛けるというのは、本来あまり好ましくはない。しかし、彼もまた切羽詰まっているのだらう。
「ここからは二手に分かれる。本陣を叩くグループはバレないようにエリーゼを先頭に回ってくれ。それじゃあ健闘を祈る。俺たちも行くぞ、ミズチ。」
オリヴィエの竜、ミズチは体を不気味に紫色に発光させて天高くへ登っていき矢倉に向けて紫色の光線で攻撃をしかけた。それに対して街からは魔術や大砲、火の矢を使って迎撃を仕掛けている。カインは落下してくる砲弾の欠片を防壁で防いでいた。
「っと……向こうも防衛は固めてきていたか……」
「カイン、ありがとう。今のうちに幹部のいる本部を攻めるわよ。」
本部の周りは建てられたばかりであろう城壁で囲まれていた。目的地に近付いていくとミズチの光線が、すぐ横の壁を破壊した。
「みんな、ここから入るわよ!!」
どうやらこれを初めから狙っていたようだ。もう一度ミズチを見てみると、白い竜から攻撃を受けていた。お兄ちゃんと交戦した時に彼が乗ってきた竜、バハムートだ。
「お兄ちゃん……」
「あそこにいるなら、しばらくはこっちには来ないはずよ。今のうちに攻めましょう、アリン。」
壊された壁から中へ侵入し、城壁の外からも確認出来ていた中央の時計塔を目指す。それを阻むように数十人の兵士が私達を取り囲んだ。
「まぁ、さすがにそこまで甘くないか……後ろの敵の牽制は私がやるわ。アリン、そのまま切り込んで。多少強引に切り抜けるわよ。」
「分かりました!」
私は無我夢中で前にいる敵を斬り、返り血を浴びながら進んでいく。頭にぼんやり響く叫び声も、私の死にかけた心を動じさせる事はない。私達は時計塔の目の前まで進んだ。
「不意討ちなんてひどいじゃあないか……可愛い狂犬さん。」
時計塔の前ではユリウスがこちらを待ち構えていた。一見無防備にも見えたが、私は慎重に剣の柄に手をやる。館で見た時は気付かなかったが、どうやら彼の左手は義手であるらしい。
「どいて。お兄ちゃんを助けたいの。」
「へぇ……なら自分はゾフィー様の為に戦おうか。ゾフィー様、貴女の失われた時を取り戻しましょう。その為なら命だって捧げましょう……」
彼は武器も持たずそこに立っていた。私は彼を斬り捨てようとしたが、彼の目の前でその刀は彼の指の間から生じた不思議な力で飛ばされてしまった。
「くっ……」
「ゾフィー様はとても聡明な子でね、この色々な事を教わったよ。これはそのうちの一つ、雷の魔術を応用して金属をはじき出す術だ。」
次に彼はローシャが放った矢を掴むと、矢を指の間からこちらに向けてとてつもない勢いで射出した。それは私の胸を貫通して後ろの
「おっと、威力を違えて味方も巻き込んでしったね……でも、これでまずは一人目。」
「そこを……どいて……」
私は魔剣を抜いて自らを暴走状態にした。立ち上がり足を狙って斬りつけたが、ユリウスはそれを上手くかわした。
「危ない危ない……でも依然として敵と敵に挟まれてる状況は変わってないからね。このまま潰してあげよう。」
彼は左の義手の甲に付いたリングを抜いて、仕組まれた魔導機械を起動させた。指は鉤爪に変形して、腕のパーツは反転して雷をまとった装甲へと変化した。
「後ろは私とカインに任せて!ローシャ、アリン!そいつを頼んだわよ!!」
矢をつがえるローシャを横目に、私はユリウスに斬りを繰り出した。
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