第39話 小さな覚悟

 ハンナが去ってすぐに、勇者オリヴィエは病室の様子を伺いに来た。


「調子は戻ったか?」

「はい、なんとか。」


 私はベッドのへりに腰かけたまま言った。私の様子を見たオリヴィエが話を続ける。


「今後の作戦について話したい事があってな……お前の兄貴についてだ。」

「そう……ですか。」

「まぁ、無理なら話題を変えてもいいが……とりあえず俺の方針としてはあいつを助けたい。とはいえ、あいつ一人の強さで近衛一小隊を壊滅させるのはそう難しくない。だから、対策を練っておきたいのさ。」


 こんな状況でも、彼の声は落ち着いていた。


「剣術の腕に関してはよくご存知でしょう?」

「まぁな。だが、陰陽術に関して俺としては未知数な部分が多い。」


 陰陽術が帝国にもたらされたのはつい最近で、概念も通常の魔術とは異なる為知識が浅いのも無理はないだろう。


「陰陽術は死霊術に似たもので、周囲に存在する霊を使って攻撃します。違いとしては、その霊をどう使うかです。

 陰陽術の場合、霊を従えるのではなく式鬼神しきがみという形に変質させるのです。式鬼神しきがみはプログラムされた通りにしか動きませんが、死霊と違って親和性に左右はされにくく憑依させやすいという特徴があります。なので、“鎌鼬カマイタチ”という式鬼神しきがみを剣に付与させて切れ味を高めたり“玉藻前たまものまえ”を自身に憑依させて知覚を強化するのに用いているようです。」

「案外地味なのか……」

「いえ、どちらもかなり高位の式鬼神しきがみですので非常に強力です。前者と剣技を合わせることで防ぐのに用いた剣や盾もろとも相手を切り伏せる事が出来て、後者のせいでそう簡単に不意討ちは出来ません。」

「成る程……あれは決闘の為だけの技術ではないと。分かった。」


 勇者はそれを紙にメモした。そして少し考えるように口に手をやってから、私の方を見た。


「次だがゾフィーについて分かったことを話しておくよ。あいつは、本人が言っていた通りメイジーの妹だ。勇者や魔王となる条件は、魔王であればグングニルを使うことが出来、勇者であればエクスカリバーを習得可能であることだ。ゾフィーは、先代が亡くなるまでにグングニルを扱うことが出来ずに魔王の座を得ることは出来なかった。でも彼女の方が実際には優秀な魔術と武術を使えたんだ……あいつはそれで魔王になれなかった事に納得出来なかったんだろうな。ユリウスと手を組んで自分が死んだ事にして革命軍リベレーターを立ち上げたらしい。」


「だからってあんな事……許せません。」


「あぁ、そうだな。だから俺はあいつを止める……いや、勇者として止めなきゃならないんだ。勇者に統治をする力はない。今じゃ戦争にほとんど出掛けない軍のリーダーだ。だけど、みんなが俺達の背中を見てる。今の平和を勝ち取った歴史の代弁者としてな……だから俺は、この姿でみんなを導く。」


 そう言う彼は手を握りしめて震わせていた。


「悪い、ちょっと熱くなっちまった。この前は俺を助けてくれてありがとう。恩は、兄貴を助けて返す。俺はこれで失礼するよ。」


 私はこの日退院して、兵団の寮に戻った。ハンナは怪我の経過を観察するためにあと数日入院するようだ。一人の部屋は、今の私にはとても広く感じた。


「やっぱり、ハンナに会いたい?」

「そりゃ……ねぇ。」


 中々寝付けずにいると、ミリアが私に語りかけてきた。


「お兄ちゃんを助けられるか不安でさ、それを紛らわせるには……やっぱりハンナが必要。」

「そっか……私が生きていた頃のハンナの話をしよっか?」

「あ……うん、お願い。」


 私は横になったまま彼女の話に耳を傾ける。


「ハンナとはドラゴンの狩りを任された時のメンバーに居たのが初めて会った時だったわね。その時に気になってさ、私から話しかけたの。次の狩りも一緒に行かないかってね。その後、私とあの子は宿に行って……そのまま手込めにされた。」

「なんでそんな事を……」

「一種の依存よ、あれは。私は隙をついてハンナを取り押さえてからあの子になんでこんな事をするのって聞いた。」

「そしたら?」

「……こうしていないと辛いんだって言った。あの子が私を愛撫していた時の顔は忘れられない……悲しそうな顔をして、なのに口では私を罵って……昔、ディアスにやられていた事を自分もやってしまっていたのね。あの僕っていう一人称も、彼女なりに女性の気を引く為に使い続けて定着したものみたい。」


 ハンナとの馴れ初めを聞いていたら、寝るどころではなくなってきた。


「私はハンナに一緒に来ないかと聞いたわ。なんか可哀想になっちゃって、守ってあげたいって思ったの。だんだん丸くはなってくれたわ。ちょっと歪んでるのは治らなかったけどそれは私が受け入れて、発散してあげる事にした。少なくとも、普通の恋人同士にはなれていたんじゃないかなって思ってるわ。それでね、私はあの子を受け入れてくれる人が私以外に出来た事がとても嬉しかった。」


 私はもっと自分に自信を持つべきだと、自らに誓った。私は弱い。もう多くの時間も残されていない。でもハンナの心の穴を埋め、そしてお兄ちゃんの命の為に出来ることはあるはず。それだけはやって死なないと後悔するのは自分だ。


「不安がないと言えば嘘になるけど、ちょっとは紛れたよ。おやすみ。」

「良かった……おやすみ。」


 私は高ぶった心を抑えるように、目を閉じた。

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