第34話 呪われた出自
僕は部屋を出ると、外に出ていたエリーゼさんに話しかけた。
「終わりましたよ。アリンちゃんは部屋に置いてきました。」
「置いていって大丈夫なのかしら?」
「ディアスの部屋に勝手に出入りする事は許されていませんからね。そうそう問題は無いでしょう。」
僕達は部屋を後にして道なりに進み、上に行く階段を見つけた。そこを上り進むと、書類が雑におかれた棚が沢山あった。
「ここ、何なんでしょう?」
「それより、奥に人の気配があるわ。気をつけて。」
奥に二人の男がいた。こちらには気づいていない様子で辺りを警戒していた。
「どうしますか?」
「あんたの麻痺魔術、ここでは使えるかしら?」
「起術……」
すると魔術触媒である短銃杖のグリップに魔術陣が現れた。この階層では魔術が問題なく使えるようだ。
「はい。」
「合図したらよろしくね。」
エリーゼさんは書類を引きずり落として、一人をこちらへ向かわせた。
「何だ?何か落ちたのか?俺、見てくる。」
「今よ。」
「パラライズルート……」
男が麻痺して転倒した所をエリーゼさんが首の後ろを刺して止めを刺す。
「おーい?どうしたんだ……っなあっ!!」
僕は顔を覗かせた男の右目をボーガンで撃ち抜いた。血を流しながらばったりと音を立てて倒れた。
「これでとりあえず良いか。ここを見られたらまずいから、私がここで待ってる。私も使い魔を使うけど、すぐに対処できるように一体しか使わない。だから、あんたにも偵察は任せたわよ。」
僕はこの階層を探索する事にした。見たところ、この部屋には出口らしい出口は見つからなかった。扉が3つほどあったので、僕はそのうちのひとつに入った。
「何だここは……?」
そこは、部屋全体が鼻をつくような悪臭に包まれた暗い部屋だった。
「流石にここではないか?いや、でも一応探しておこう。」
僕は人の気配が無いか厳重に確認し、歩みを進めた。沢山のガラス管が並んでいて、中には人の胎児のような生物が浮かんでいた。ホムンクルスを作っている場所なのだとはすぐに分かった。
その時、ガラスが割れる音がしてふり返る。前を見ると、白髪の人のようなものが横たわっていた。僕はそれに恐る恐る近付いてみる。
「ウゥゥゥゥ……」
その“人”は不気味に唸りながら、僕を獰猛に睨む。驚いた事に、その顔には見覚えがあった。僕が慣れ親しみ、体の交わりまでを持つに到った人の姿だった。
「アリン……ちゃん……?」
しかし“彼女”に僕の声は届かない。力強く僕を押し倒して肩に噛みついた。
「ンンンッ……!!」
「止めろっ……ああっ!!」
彼女は僕の肩を噛み千切ろうとしていた。しかし、何かに気が付いて後ろに飛び退く。
「ハンナ、お前は下がれ。」
「リン……さん?」
彼の言う通り僕は部屋の端に逃げた。
「はあっ!!」
「ッガアアァアアァアッッ!!」
その叫びを最後に、部屋には静寂が戻った。
「大丈夫か?」
「う、うん……ありがとう。」
僕は自分に治癒の魔術をかけながら、彼の方を見た。
「ここなら、俺以外の奴らは入らねぇ。お前が来てる所を見るとディアスも死んだか別の基地に逃げたかだろうな。情報共有をしようか。」
僕はアリンちゃんの姿をした屍を指差してリンに問いかけた。
「あれは、なんなの?」
「あれは失敗作だよ。俺は普段あいつらを殺す為にここにいる。まずは、亜燐について俺と一部の
リンは口にてをやったりして何処か落ち着かない様子だった。多分、彼にとっても話すのが辛い事なのだろう。
「結論から言うと、俺は兄として振る舞ってきたが亜燐と血縁関係は無い。あいつは、帝国を滅ぼしかけたグレゴリ一団の大将の因子と魔王の妹であるゾフィーの因子を融合して作られた人造のネフィリム……まぁ言ってみればホムンクルスなんだ。」
淡々と話した彼の言葉に僕は半信半疑だった。
「俺の親父は昔ゾフィーに仕えていてな、死んだ事にされていたが彼女は港から逃げてこのユリウスの家に隠れ住んでいたんだよ。俺達もそれに合わせてこの近くに移住した。
そして
驚きながらも、僕は彼の話に冷静に耳を傾けた。今更何を聞いても彼女との関係は変わらないとは思っていたからだろうか。
「その後は、どうしたの?」
「あいつを見ての通り、亜燐はある程度体が成長した状態で生まれた。だけど、精神的にはそうじゃなかったんだ。見た目は年頃の娘なのに行動は赤子のように幼稚だった。
いつだったか、あいつが俺のやっていた剣術に興味を持ってな。俺が剣の修行を通して心身を鍛えたんだよ。元の身体能力もあって成長も凄く早かったし、どんどん精神的にも成長したんだ。」
僕はいつか彼女が、12歳からの記憶しか無いと言っていたのを思い出す。恐らく、本当に“12歳”からしか生きていないのだろう。そうすると彼女は4年しか生きていない事になる。それを思うと、僕はやるせなさで泣きそうになった。
「……分かったか?彼女が生きた時間はあまりにも短いんだよ。そうだ、お前から話す事はあるか?」
僕は、捕まってからここまでの事を話す。
「えぇと……ちょっと話しにくい事もあるけど……ディアスには逃げられたよ。それで、その時の戦闘で体力を使い果たしたアリンちゃんはディアスの部屋にいる。」
「分かった。彼女が脱出する時は混乱に乗じて安全なように謀っておこう。」
「この部屋に連れてこなくて良いの?」
「変に病人を動かすなら、あの安全地帯に置いておいた方が安全だ。それに、俺を警戒させる為とはいえ俺はあいつにひどい事言っちまったしな。」
悲しそうな顔を隠すようにリンは下を向く。
「あぁ、ごめんな。そんな事はこの緊急時どうでも良いか……話を変えよう……そうだ、俺がかけられたディアスの魔術についてだ。あいつは常時かかっていると思っているが、何か指示をされない限りはこうして話す事も可能だ。何故はねのけられているかは、俺にも分からないんだがな。だから、油断はしないでくれ。」
僕は、魂術が稀に強い意志の力で効果が弱まる事を知っている。彼のアリンちゃんを傷付けまいという意志がこの結果を生んでいるのかもしれない。
「最後に、出口を教えてくれるかな。」
「出口はひとつだけある鉄の扉の先だ。護衛はいるが、強行突破して魔王と勇者に合流すると良いだろう。」
「分かった。ありがとう。」
リンは、部屋の外に行こうとする僕の肩に手を乗せた。
「亜燐は剣の腕前は一流と言って良いが、精神的には危うい所もある。まぁ、これはお前も気付いてるかもしれないが。
昔、町の女衆に虐められて幼児退行を起こした事があったんだ。今はそんなショックであんな事にはならないとは思うが、激しく落ち込むような事があったら気を付けてくれよ。」
僕はアリンちゃんが泣きじゃくっているのは大抵リンの事だったのを思いだした。僕もリンに釘を刺す。
「分かった。僕もアリンちゃんの恋人として忠告しておく。君も、出来る限り死なないでくれよ。あの子が悲しむはずだからさ。」
彼は腕を組んで頷いた。
「恋人……か。少し寂しい気はするな。でもお前になら任せられる。じゃあな。敵としては、もう会わない事を期待しているぞ。」
彼は葉巻のようなものに火をつけてふかした。僕は腐ったような臭いに甘い煙が重なった暗い部屋を後にして、エリーゼの元に戻った。
「出口は分かった?」
「先ほどリンと会って彼と話しました。鉄の扉があっちにあります。どうやら監視が居るみたいです。それから、ここはユリウスの家の地下みたいです。だから、勇者と魔王にこの事を伝えれば……」
「ええ、行きましょう。アリンはどうする?」
「大丈夫です……リンがなんとかしてくれるはずです。」
エリーゼは頷いて、僕と共に鉄の扉の前まで移動した。
「覚悟は良いかしら。」
「はい。行きましょう!!」
僕達は勢い良く戸を開けて走り出した。
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