第30話 光と水の舞踏

 客車に戻ると、魔王メイジーがいつもの冷静な声で話かけてきた。


「早速で申し訳ありませんが、リンについて教えて下さい。私が知っているのは北州に住む優秀な剣士である事、それから勇者の近衛兵士になるのを目指していた事くらいですので。」


 私は彼女に、お兄ちゃんについて知っている事を話す。


「彼は私の兄です。私の村が襲われた時に、彼は私と共に浚われました。それから、私だけはエリーゼさんに助けられて……今はディアスの支配下にあります。今回も、操られて襲ってきたものかと。」


 魔王は自分の顔に手を当てて考えるような仕草をした。


「私を殺そうとした時のように、ディアスは策を練ってリンを浚ったのでしょうね。それがどんな手かは分かりませんが。一時正気を取り戻しかけたのを考えると、彼が操られているというのは正しいと見て良いでしょう。」


 魔王は少し考えてから私に話しかける。


「分かりました。勇者との会談でも、出来る限り殺さないようにと話しておきます。」


 魔王との話を終えて外を見ると、機関車の向かう少し先には岩山と岩山の間に敷設された巨大な壁とそれに抱き込まれるように建物が建ち並ぶ帝都が見えた。押し潰されそうな気持ちを押さえようと、私はハンナに話しかける。


「ハンナ……大丈夫?」

「いや……やっぱり怖いよ。そっちこそ、怖くないの?」


 私は、彼女の問いに少し沈黙してしまった。


「ハンナ、手……繋いで。」

「分かった。これでどう?」

「ありがとう……」


 彼女の小さく温かい手が私の心を落ち着けてくれた。しばらくして、帝都の中にある駅に機関車は停まった。


「付きましたね。この先は私に続いて下さい。」


 魔王メイジーに続いて、私達は真っ直ぐ街道を進んで街の中心にある勇者の居城・キャメロットの門の前に到着した。


「魔王メイジーです。オリヴィエと会談をしに来ました。」

「は……はい!!」


 魔王の命を受けた衛兵はすぐに門を開けた。広い庭を抜けて城の中に入ると、これまた広いエントランスが待ち構えていた。


「魔王様。この者達は?」

「革命軍掃討の協力者ですよ、リナルド。」

「少し事情がありましてね、勇者にこの者達を会わせる訳にはいきません。ここから先は魔王様のみお進み下さい。」

「そう言うなら……皆さん、ここで待っていて下さい。私が向こうで話をしてきます。」


 岩盤のように巨大な剣を背負った巌のような剣士・リナルドはギロリと私達を睨む。魔王は数人の衛兵と共に城の奥に歩いていった。


「リナルド、勇者に会えないのは何故なの?」


 エリーゼさんが単刀直入に尋ねた。


「城の関係者に、革命軍リベレーターの手先が紛れ込んでいる可能性が高いから警備を強化してるのさ。何故か作戦をしようにも先回りされてしまって上手く行かない。街じゃ勇者様が手引きしてるんじゃないかと噂が飛びかってるよ。」


 口を開いてみると案外話しやすそうな男だった。リナルドは次は私の方に歩いてくる。


「ん?あんた、その剣の紋章……もしかしてリンの家族か?」

「はい。妹のリンの妹でアリン・クロミネと言います。」

「そうか……いや、惜しい男を失った。」


 私はその言葉を聞いて、すぐに頭に血がのぼってしまった。


「違う違う!!お兄ちゃんはまだ……!!」


 ハンナに背中を叩かれて、私は気分を落ち着ける。


「ごめんなさい……」

「いや、俺が無神経だったよ。」


 お兄ちゃんの事になると直ぐに情緒不安定になってしまう。多分、まだ私が子どもだからなのだろう。お兄ちゃんのお陰で成長出来ていたのをふと思い出した。


「まぁ、俺も勇者様さえ許せば出来る事はやる。出来る限り相談はしてくれ。」


 リナルドと話していると、奥の戸が軋みながら開く音がした。


「いやぁ、みんな待たせたな。俺が勇者のオリヴィエ・ペンドラゴンだ。」


 背は高いが細身の男がそう言い放つ。


「なんでわざわざ会いに来たんですか?一応警戒はしておくべきと言ったではないですか。」

「そんなものはこの後すぐに分かるさ。お前達、決闘場に来い。」


 私達は勇者に連れられて円形の決闘場に入った。魔王も席で待っていた。この後何が起こるか、私はすぐに分かった。


「これから、俺がお前達の資質を直々に見定める。この決闘場では加護の魔術を敷いてあるから普通では命を落とす傷でも死ぬ事は無い。存分に俺と戦ってくれ。」


 そう言って勇者は何も持たずに私達の反対側に行った。私は勇者の本気を感じ、攻撃をしかけにいく。


鳳翔殲ほうしょうせんッ!!」


 縮地を使って勇者に駆け寄り、何も持たない勇者に攻撃する。しかし、彼はすり抜けるように攻撃をかわす。


「我を衛りし煌めきの湖水よ、力を与えよ!」


 即座に彼は手から青い光を放って私を睨む。そこで一度距離を取ると、彼は両手に水を纏わせていた。


「紹介してなかったな。湖の乙女に伝えられたとされている勇者のみが使える魔術体系。それがエクスカリバーだ。」


 勇者は白刃取りで剣を受け止めて、私の腹に拳で一撃を加える。


「ぐふっ……!」


 巨大な衝撃とともに私の体が吹き飛ばされ、決闘場の壁に打ち付けられる。ローシャが放つ矢を水で防ぎながら勇者は私を無視して他の皆の方に向かう。


「バーラ・バイレ!!」


 ハンナは勇者に連続攻撃を仕掛けるが、水の幕に全てが阻まれる。弾が切れた為に、エリーゼが交代して剣で攻撃を仕掛けるが結果は同じだった。


「お前達の力はそんなものか?」


 私は痛みを堪えながら、勇者に連続攻撃を当てていく。水の幕はやはり剣を柔らかく受け止めて攻撃を通さない。


「なら、これはどうだっ!」


 冷気を纏わせた剣で水の幕を凍らせながら引き裂こうとしてみる。しかし、水は凍る事無く剣を跳ね返す。


「この水に見えるものは実体化したマナ……つまりエーテルだ。自然界に存在する物質とはそもそもの原理が違うのさ!」


 勇者は私に向けて幕からトゲのように変形させたエーテルを勢いよく伸ばしてくる。


「……っ!!」

「アリンちゃん!!」


 ハンナは私を突き飛ばして勇者の前に立つ。彼女の体にぐっさりと透明なトゲが刺さる。しかし、彼女はただではやられなかった。


「これで、どうだぁっ!!」

 

 エーテルの幕に向けて魔弾を放つ。形が崩れた幕は強度が損なわれていたからか、弾を完全には受け止めきれず勇者の腹に命中した。


「ハァ……やるじゃねぇか……ッ!!」


 勇者は傷口に手をかざし、簡単な回復魔法をかけた。


「行くぜ。光よ……無比なる威を以て我が朝敵に死を与えよ、エクスカリバーッ!!」


 液体のエーテルが輝きを帯び、勇者の右手に集まっていく。それは青く輝きを放つ大剣の姿になった。


「こっから俺は変な小細工は無しで行くぜ。お前らの力を見せてみろ!!」


 さっきまでの力でさえ、私達を圧倒するには十分だった。ならば、勝つために選択肢は一つしかない。私は手に持った刀をしまい、背中に背負った二本の魔剣に持ち変えた。黒い影が私を包んで、それと同時に眼前で揺れる髪の毛は白く変化した。


「ええ、望む所ですよ!!」


 私は勇者を見つめて強気に言い放った。


 


 





 

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