第9話 試練前夜
私はポーションを購入して本部に戻った。さっき会ったハンナを始め、全員が戻って来ているようだった。
「考えが変わったのなら、今のうちに言っておきなさい。」
エリーゼはそう言ったが、今更決意を変えるメンバーはいなかった。勿論私もそうだ。
夕方になるまで街道を歩いて、聖域の近くにある町に到着した。
「ふぅ…疲れたな…」
そう言うとカインは近くのベンチに座った。
「そんなので明日どうするのよ。」
「黙ってろ。莫迦みたいに突っ込んで剣振ってる奴とは違うんだよ。」
ムカッとしてベンチを倒してやると、カインは地べたに手をついて土下座しているような格好になった。
「やめなさい。あんた達は子どもですか?」
エリーゼに免じて今回のところは許してやる事にした。町に付いて真っ先に私達は宿を探して各自部屋に入った。
宿の部屋はエリーゼとローシャ、私とハンナ、そしてカインの部屋の合計3部屋を借りる事にした。ハンナと一緒に部屋に入ってみると、案外部屋は広くて二人の荷物を置いても狭さはあまり感じなかった。
「全く、部屋を一人で独占してるカインが羨ましいわね。」
私はさっきの喧嘩の事で少しイライラしていた。
「でも僕は、アリンちゃんと同じ部屋に泊まれて嬉しいよ。」
ハンナの言葉はシンプルではあったが、少しイライラは収まった。
「そうだ、この町には温泉があるらしいよ。今から行く?」
まだお互いの事をあまり知らないので、ゆっくりしながら色々話がしたかった。
「温泉!?い、良いけど…」
ハンナは耳まで真っ赤にして照れている。ひょっとして、温泉に入るのは初めてなのだろうか。
「あ、私としても、共闘する前に一緒に何かしておきたいと思っただけよ。」
「あぁ…そういう意味じゃないんだ。むしろ僕は、そうやって誘ってくれて嬉しいよ。一回温泉は入りたいと思ってたし。」
嫌がっているわけではなさそうで安心した。皆には買い物に行くと告げて、私達は宿のすぐそばにある温泉に出かけた。
今日は温泉の客は私達以外に居なかった。時間も早かった上、安息日でもないのでそれもそうだろう。
温泉の雰囲気はというと、大きな大理石の浴槽があって案外しっかりした作りだった。浴槽に入って入口のほうを見ると、ハンナが胸を押さえて立ち止まっていた。
「大丈夫!私以外誰もいないから。」
ハンナはますます恥ずかしがっている。うーん…どうしてだろうか。
「もう…こっち来なさい!風邪引くよ!」
結局私が恥ずかしがるハンナの肩を掴んで風呂場まで連れて行った。
「はわぁ…寒かった…」
「そりゃそうでしょうよ。ずっと裸で立ってたんだから。」
「あはは…こんな機会、最近無かったからね…」
それからは自分たちの使う武器などの話をしたりしていくうちに、徐々に彼女の顔も和らいできた。
「アリンちゃん、その体の模様は…?」
ハンナは私の体のあちこちに出来た茨のような赤黒い模様を指さして言った。さっきからこれを見てはいたが、敢えては触れてこなかった。
「確か、魔剣を持ち始めた頃から出来てて…私も詳しい事は知らない。
痛かったりはしないし別に見せる物でもないから別にいいけど。」
ダーインスレイヴが私から力を吸い上げる為のもので、こうしなければ戦えない…とは言えなかった。
前衛で戦う私が、主に後衛で戦う彼女に無駄な心配をかけたくはない。
「ふーん…」
ハンナは特に気に留めている様子はない。
「要石があれば…死んだ人も生き返らせることが出来るんだよね。」
ハンナは思い出したように呟いた。
「うん。まぁね。」
「僕にはちょっと前に付き合ってた人がいてさ、一緒に暮らしたり仕事したりしてたんだ。このままずっと一緒に居られるかと思ってた。
でも、僕にはどうしようもない事で死んじゃった。」
彼女の顔は今にも泣き出しそうだ。
「ねぇ、アリンちゃんにはそういう人って居る?もう会えなくなっちゃった好きな人…」
深く深呼吸して、私は話を始めた。
「うん、居るよ。そういう好きな人とは違うかもしれないけど、村を襲われた時に生き別れたお兄ちゃんがね…」
私は出来るだけ明るく話そうとしたが、思い出しているうちに涙が流れてしまった。
「あはは…ごめん。ダメだなぁ…こんな事で…泣いてる場合じゃないのにぃ…っ…」
すると、ハンナは私を抱き締めた。
「アリンちゃんはダメなんかじゃないよ。大丈夫…大丈夫…」
私もハンナの背中を抱き返した。
「ちょっとちょっと!!何してんのよ二人で!!」
声を聞いて後ろを見ると、そこにいたのはエリーゼとローシャだった。
「アンタ達、ひょっとしてそういう関…」
「「ちーがーうー!!!」」
ローシャの言葉に私とアリンは口を揃えて否定した。
「付き合ってても良いんだけどさ、ここそういう施設じゃないのよ。ふふふ…」
「もう…だからそんなんじゃないですって…」
ハンナがエリーゼに照れながら反論している。
「それはともかくアリン、ハンナ、折角だししばらく一緒に入っていこうぜ。」
私は『ローシャ、ナイスフォロー…!』と心の中でガッツポーズを決めた。その後、私達はしばらく4人でガールズトークを楽しんで宿に戻った。明日の試練を前にこの3人とは仲良くなれた気がした。
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