第19話 労基・オブ・ザ・デッド

 ジャズ・バー閉店時間からのカレーうどん屋さんコースだったので、帰宅したときは余裕で日付を回っていた。さすがに疲れていたのか、翌日はだるく、そして、一旦止まったと思っていた膿が再び傷口から出て来ていた。じわじわ、という程度ではあるし、膿が出ること自体が良いことか悪いことかもわからないと医師にも言われているが、肉体疲労で負担がかかった可能性も考えられるので、三連休の残りの二日間は大人しく引きこもっていようと思った。

 一日ベッドに横になり、暇つぶしにやるのはぷよぷよクエストである。なんだかんだ言って、空き時間にプレイするうちにどんどんレベルが上がり、ギルドなるものにもいつの間にか入ってしまった。ぷよぷよのパズルゲー的な腕は全く上がらなかった。というのも、スターター用特別お得ガチャなる、最初の一回だけ課金なしでカードガチャが沢山できるサービスをやったら、大連鎖を起こさなくても連続で攻撃が出来るめっちゃ便利なカードが当たってしまい、これをデッキにセットすると何もしなくてもさくさくクエストが進んでしまうのであった。


 そんなこんなで謎の「冒険王」なる称号を戴いた私は火曜日から普通に出勤し、もりもり仕事をした。多少の身体の疲れやすさを感じたが、特別仕事に支障を来す不調は感じられなかった。唯一ちょっと困ったのは、胸が依然として腫れ気味で、ブラジャーをせずに出勤しているのだが、時々製造現場に入らなければ行けない状況になると、クソ薄いペラペラの作業衣を着なければならない点だった。ぶ厚めの黒いタンクトップを着ることでなんとか回避した。

 火、水、木、と三日連続で出勤し、金曜日は再び受診日で有給を取った。シルバーウィークだったので、偶然、病後のリハビリにはちょうど良い出勤スケジュールとなった。


 この日の受診科は皮膚科、外科、そしてお初の「和漢・リウマチ科」だった。和漢診療と、膠原病系の診療が一緒になっている謎の科である。たまたま外科とリウマチ科の診察室は隣りになっていた。

 最初の予約はリウマチ科だったのだが、既に待合室に「本日のリウマチ科は60分待ちとなっております、ご了承ください」と貼りだしてある。内科の大混雑の時ですらそんな表示はなかったのに! と思いながら待っていると、何故か外科の権威先生が私を呼ぶ声がした。リウマチ科の順番を待っている間にその先の外科の順番が来てしまったのだった。

「その後どうです」

「皮膚科で処方されたステロイドを飲んだら、胸の痛みも引いてきました。あ、あと膿が出て来ました」

「膿はね。まあ出たら出たで。見た感じ、腫れも引いてきたね。内分泌の方からは特にコメントなしで、膠原病系の診察はまだなんだね。まあ症状はこのまま落ち着きそうってことで、そっちの診断を待ちましょうか。経過観察ということで、1ヶ月後にまた予約入れますね」

 部屋を出ると「60分待ち」が「90分待ち」に書き換えられていたので、皮膚科のフロアに移動する。程なく名前を呼ばれた。

「その後どうですか」

「この一週間、痛み止め飲んでないんですけど、痛みもあんまり感じてない感じです。膿はたまにじわじわ出て来ますけど……」

「膝ももう大丈夫そうですね。ステロイドを減らしましょう。二錠を、朝に一回服用にしてください」


 それから1時間ほど待たされ、看護師さんに「時間がかかりそうなので、もしあれだったら、お昼ご飯食べに行っても良いですよ」と言われたので、初めて病院の食堂を利用し、カツ丼を食べ、アツアツ+満腹で汗だくになりながら戻ってくると、ちょうど順番が来ていた。

 リウマチ科の先生は権威先生や皮膚科の先生に比べるとやや若々しい感じの男性だった。

「権威先生からの依頼で、乳腺の炎症と結節性紅斑の発症の背景に、膠原病や自己免疫性疾患があるんじゃないかというのを、調べて欲しいということなんですがね」

「はい」

「実は、皮膚科の血液検査の時に、一部の検査もうしてて、陰性になってるんですね」

 そういえば、検査結果に「抗核抗体」とか書いてあったわ。

「それで、残るので疑われるのは「シェーグレン症候群」っていう膠原病の一種と……あと、慢性甲状腺炎ってカルテに書いてありますね……これで稀に胸が腫れる症状が出る人がいるんですね。長々お待たせして申し訳ないんですけど、今日は血液検査をして、来週結果を聞きに来てもらうって形になります」

 めっちゃ恐縮されてしまったが、まあ、こうなる気はしていたのでこっちが申し訳なかった。

 シェーグレン症候群というのは、粘膜がめっちゃ乾く病気らしい。口や目がひどく乾くなどの症状はあるか、といくつか問診されたが、あまり私はひっかからなかったので、

「うーん、話を聞く限りでは、違いそうですけどね」

 と言われる。

「ちなみに鼻の中がめっちゃ乾いて鼻くそが出るんですけど関係ありますかね……」

「いや……それはあんまり聞かないかな……」

 採血室は午後になっていたので割と空いていた。さくさく抜かれて終了する。


 翌日の土曜日は出勤日だった。土曜日の出勤は気分的にとてもだるいのだが、客から電話がかかってこないし、なんとなく「さすがに残業せずに定時で帰ろうぜ」みたいな雰囲気になるのでなんとか我慢できる。

 まあ、社会復帰のためのリハビリさ、という気持ちで出社し、一時間ほど経ったところで、事件は起きた。

 部署内の、エース的なポジションにいるアラサー女子な同僚が、突然苦悶の表情を浮かべフロアでうずくまったである。顔面は蒼白でわずかに震え、明らかにやばい感じである。

 この日、たまたま部署内には平社員しかいないというアレな状況であった。しかも総務部の管理職も有給取って不在である。

 私が彼女を支えながら休憩室に連れて行き寝かせると、別の同僚が専務を呼んできた。

「彼女はどうしたって言うんだ」

「なんか関節の痛みと吐き気があるみたいで、動けないみたいなので寝てもらってます。以前から具合が悪くて医者に行ってたって話ですが……」

「動けるんだったら社用車に乗せて産業医の先生のところに連れて行こう」

「いや、動けないみたいですけど……」

「動けるようになったら連れて行こう」

「救急車は……」

「産業医の先生に電話をしてくれ」

 電話をしたらまさかの休診日だった。きょうび土曜日午前だけなら開いてる診療所なんていっぱいあるのに、会社の営業日にデフォルトで対応出来ない産業医とは……とちょっと思いながら、もう救急車しかないだろう、と思ったら、

「じゃあ彼女が行ってる病院とやらに連れて行こう。どこに行ってるのか聞いて」

「でも今しゃべるのも辛そうで寝てもらってる状態なんですが……」

「じゃあ財布の中に診察カードとかあるでしょう、探して」

 クソ過ぎではこの会社……。

 結局、少しした後、ちょっとだけ動けるようになった彼女は、死に物狂いでエレベータなんて文明の利器の内会社の中を移動し、社用車に乗せられ、家の近所の診療所へ連行された。

 なんか……やばいな。という空気が部署内に漂っていた。

 実はここの数ヶ月、私を含めて、部署内の平社員全員が何らかの病気を患って度々会社を休む事態になっていた。平社員八人のうち、私を含めた六人である。全員が出社している日の方が少ないような状況である。病名は様々であるが、なんだか、おかしくないか、と思う。

 つうか、マジで彼女は救急車で大病院に運ばれるべきだったんじゃないだろうか、心配だ……と思いながら、定時で家に帰宅した辺りから、私も身体に不穏な気配を感じ始めた。


 やばい、おっぱいが痛い。

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