第40話 サモナー・オブ・サモナーズ

 逃げる逃げる兎に角逃げる。


「速く速く速く!」


 奴は巨大な口を開けながら俺たちを追ってくる。シャルメルの屋敷すら一飲みに出来そうな巨大な口だ。スケール感が違い過ぎて最早訳が分からない。

 赤点の常連だった俺に対する、ハリス先生の最後の宿題にしちゃ荷が重すぎるし大きすぎる。


「あっはっはっは、どーしたもんかねこりゃ!」


 もはや笑いしか出てこない。対抗策が全く思いつかない。今逃げられているのも奴が手を抜いているだけの話で、奴が本気になったら一瞬のうちに奴の口の中だろう。


「あっはっはっは」

『うふふふふふふ』

「あっはっはっは」

『うふふふふふふ』

「あっはっはってその笑い声は魔女野郎!」


 脳裏に響く粘つく笑い声、それは正しく魔女の声だった。


「てめぇ俺の最期を笑いに来やがったのか!」

『うふふふふふふ。いやぁ凄いねアデム君。あの世界蛇の注意を引くなんて並大抵の事じゃできないぜ。君は余程魔獣に好かれる体質と見える。

 もっとも、アレを魔獣に分類していいものかは知らないけどね』

「知った事かテメェ! それより何の用事だ! こっちは忙しいんだ!」


 どんな魔術かは知らないが、もはや王都から離れているのにもかかわらず、脳裏に届く魔女の念話に返事をする。


『こちらの状況を教えよう。何と死人は零だ、勿論怪我人は出たが、そいつはアプリコットちゃんが様子を見ている所だよ』


 そいつは僥倖。だがこいつを何とかしなければ全てがおじゃんになってしまう。


『うふふふふふ。そいつが手におえないと言うのなら帝国にでも捨ててくればいいんじゃないかな? もっともそこに達するまでに君は間違いなく胃袋の中に納まっているだろうけどね』

「役に立たない助言をどうも! そして生憎と俺が向かっているのは帝国とは逆方向だ!」

『それでは役に立つ助言を一つ。そいつは口に入るものなら何でも食べちゃう性質がある』

「ああそうだな! 今まさにその恐怖と戦ってるよ!」

『その性質を利用してやればいいって話だよ』

「なんだ! 勿体ぶって無くて早く教えろ!」

『いいかい、口に入る物なら何でもだ。つまりそいつは自分の尻尾だって食っちまうって話さ』

「!?」


 自分の尻尾すら食べる? するとどうなるんだ? 自分で自分を食っていき、最後は口だけになるって言うのか?


『大男総身に知恵が回りかねってね、そいつは知恵どころか感覚すらも置き去りにしちゃったんだ、あまりにも巨大すぎるが故にね』

「要はぐるっと一週逃げ切ればいいって話か」

『うふふふふふ。言うは易しって奴だけどね』


 魔女はそう言って沈黙する。

 確かにその通り、サン助は全力飛行を続けていてもはや限界だ、今この瞬間に奴の口に捕えられたとしても不思議ではない。


 俺の想いに答えてサン助が嘶きを上げる。だが限界は目に見えている。


 足りない、足りない、翼が足りない。

 もっとだ、もっと速く、もっと鋭く。

 雷よりも早く!


「いくぞサン助! あの雲の中だ!」


 俺は目の前に在る雷雲を指さした。


「きゅい!」


 とサン助は一鳴きする。


 突入。

 視界は灰色一色になる。いや在るのは灰色だけではない。

 バリバリと言う音と共に、金色の輝きが散りばめられる。


「きゅうい!」


 サン助が鳴く。

 それと同時に俺たちは金色の輝きに包まれた。

 耳を貫く大音響。その激しさはヨルムンガンドの一鳴きにも劣りはしない。

 雷の雨、それは奴の巨大な口にも収まりきらず、奴の全身を滅多打ちにする。


「行くぞサン助!」


 雷の雨位では奴にはダメージは与えられない。だがそれは此方も同じこと!

 全身にタップリと雷のマナを蓄えたサン助は、次々と雷雲を貫きながら、まさしく一条の稲妻となって大空を疾走する。





「うふふふふふ。やっぱり面白いねアデム君は」


 魔女は天に描かれた黄金の輪を見ながらそう呟いた。

 それは王都をぐるっと取り囲むように広がる天空の門。


 その軌跡をたどる様に何処までも伸びる黒い筋が追いかけていく。


 そして――


「ここだ! サン助!」


 アデムは魔力切れを起こしかけ、朦朧とする意識の中、視界の先に漆黒の尾を見つける。それは生物の尾としてはあまりにも規格外。最早天に浮かんだ山脈と言っても過言では無かった。


 黄金の稲妻はそれに向かって激突する。もはや自身でもその速度をコントロールすることが出来なかったのである。


 ずぼり

 と音が鳴る。


 それは、黄金の輪と漆黒の輪が重なった音。

 黄金は漆黒に塗りつぶされ、そして輪は点に収束する。





「……今回は、アデムに免じて見逃しましょう」

「うふふふふ。助かるよロバート君。僕はもうへとへとだ」


 瓦礫の山と化した住宅街の一画。そこには倒壊した柱の上に腰を下ろした魔女と、アデムを抱きかかえたロバート神父の姿があった。


「ロバート神父、いいんですか?」

「仕方がありませんシスターシエル、この者に手を出すのは国王陛下から禁止されています」


 煤だらけの傷だらけ、ハリス・リンドバーグとの魔術合戦によりボロ雑巾の様になった魔女に対し、シエルは遠慮なく殺気を飛ばす。

 ロバートは冷酷な目を向けつつも、そう言って魔女から背を向けた。


 この騒動はハリス・リンドバーグの魔術実験の失敗では無く、天災として片づけられた、

 英雄であるハリス・リンドバーグの名を貶めないようにする国王の采配であった。

 来るべき帝国との戦争の前に、英雄の名の価値を貶めないようにしたのである。


 英雄


 これはとある少年が伝説と謳われる召喚師へと至る物語である。



 サモナー・オブ・サモナーズ2  完結

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サモナー・オブ・サモナーズ2 まさひろ @masahiro2017

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