第3章

第21話 グミ

 召喚術は魔獣を召喚、使役する魔術だ。

 それはつまり、魔獣を研究する学問と言い換えることも出来る。


「むぎゅるむぎゅる」

「おうグミ助、今日は何だか張り切ってるな」


 俺の左肩の上と言う定位置で、グミ助はむぎゅるむぎゅると体をくねらせる。

 今日は飼育舎の当番日、グミ助にとっては、懐かしの我が家だ。


「あっどうも、ブラン先生おはようございます」

「ああ、おはようアデム君」


 ブラン先生は、カッシェ先生と同じく召喚学科の助教授だ。カッシェ先生が召喚術に力を注いでいるのに対し、ブラン先生は魔獣の生態解明に力を注いでいる。


「いやーそれにしても、アデム君のグミは見事に育ったねー、いつみてもほれぼれするよ」

「はっはっは、選りすぐりの俺の相棒ですからね」


 ブラン先生はなよなよとした感じの優男だが、魔獣に対する情熱と知識は人一倍。魔獣の為なら深山幽谷、何処にでも出かけていく実戦派だ。


「きゅうい」

「おお、マシェットもおはよう」


 ブラン先生の傍らにいるヒポグリフが俺に頬ずりをしてくる。一般的にプライドが高く召喚主以外には懐かないヒポグリフだが、このマシェットは別だ。

 飼い主に似てとても温厚な性格で、分け隔てなくどんな人にも友好的だ。


「きゅぅい」

「むぎゅるむぎゅる」


 基本的に臆病なグミ助もその事はよく知っている。いやグミ助だけではない、この飼育舎で育った魔獣は皆良く知っていると言うべきか。

 マシェットはこの飼育舎のリーダー的存在なのだ。


「ブラン先生、何か変わった事ありましたか?」

「いや特に。新学期が始まれば、来年度の新入生の為に新しいグミを仕入れなきゃいけないからその準備が忙しいぐらいだね」


 現在飼育舎には、ペット飼育が禁止されている寮生が預けているグミと研究の為に飼育されているシルバーウルフやグレイオウルなどの数頭のクラス1魔獣が居るだけだ。


「いやー、新入生ですか。どんな奴らが来るか楽しみですね」

「はっはっは、君の様な特徴的な生徒は中々に珍しいだろうけどね」

「はっはっは、余計なお世話です」


 俺が珍しいんじゃなくて、俺の周りが珍妙な人物だらけなんだと思う。神父様から魔女まで、正邪取り揃えてより取り見取りだ。


「いやいや、それは実に羨ましい特徴だよアデム君。君何時だったかジャイアントグリズリーの亜種に出会ったって言う話じゃないか。いいなぁ僕もレアな魔獣たちに出会いたいものだよ」


 そん時死に掛けましたけどね、俺。


「それに他にも色々とあるみたいじゃないか」


 ブラン先生はニコニコと笑いながらそう言う。ジャイアントグリズリーの件に対しては、アプリコットがらみの件でシャルメルがわざと話を流したんだろうが、その他の事については話を流していない筈だ、少なくとも表向きには。


「えっと……それは?」

「ふふふ、まぁ、僕は僕で色々なルートを持っていると言う事だよ。まぁ言いふらしたりはしないから安心してくれ。僕だってまだまだここで研究を続けたい」


 ブラン先生はそう言って俺の肩にポンと手を置いた。

 うーん、油断できない。優しそうな顔をして一癖二癖ある人だ。伊達に魔獣の為ならどんな危険地帯にでも行くだけの事はある。


「まぁ、僕が言うのもなんだが、きな臭い話はこれで終わり。今からは魔獣臭い時間だよ」

「へーい、分かりました。そんじゃ掃除を始めますね」


 俺はやれやれと肩をすくめ、掃除道具を取りに行った。それにしてもやはり人の口には戸が立てられないか。いやよくぞ今まで魔女の存在を秘匿できたと、これまで魔女に関わった人達の事を称賛するべきだろうか。


 それが賞賛すべきことだったのかどうかの判断は別にするとしてだ。





「ブラン先生は、召喚術についてどう思ってます?」


 デッキブラシで床を磨きながら、俺は何ともなしにそんな事を聞いてみた。どこかで俺のレポートを目にした先生だ。彼ならば、国王様が言っていた、召喚術師が元の力を取り戻していない謎について何か見識があるかもしれない。


「ははは、こりゃまた随分と大きな質問だね。だけど僕は召喚術そのものにはあまり興味が無くてね、魔獣についての質問なら大歓迎なんだけどね」

「むぅ、そう来ますか」

「とは言え、君の言いたいことも分かる。実際に召喚術がもっと力を発揮できれば僕の研究も多少は良く進むだろうしね」

「多少ですか?」

「ああ、僕のテーマは魔獣の生態調査、今のクラス分けは魔獣の危険性を主としてなされているけど、僕にとってはそんなこと関係ない。例えグミでも新種であれば喜んで飛んでいくさ」


 まぁ個体数が多いのは弱い個体、即ちクラスが低い個体だ。そして個体数が多いと言う事は変異種も発生しやすいと言う事。

 分類学と生態学にテーマを持つブラン先生なら召喚師が元の力を取り戻そうが、戻さなからろうが、多少は便利になる程度の話か。


「ああそう言えば、グミと言えば興味深い話を聞いたことがある」

「ん? なんですかブラン先生?」

「人語を話すグミが存在するって話だよ」





「人語を話すグミ? そんなものよくある都市伝説でしょう」

「それはそうだが、話してくれたのはブラン先生だぜ」


 俺はチェルシーにブラン先生との会話を話す。何かが、何かがひっかりその日の午後に彼女の元へ相談に行ったのだ。


 グミに人語を話すことは出来ない、そんなものは当たり前、こいつ等は発声器官すらない生き物だ。コミュニケーションは体の震えで行う。


「……人語を理解するって話じゃないの?」

「そんなものは当たり前だ、話題にするまでも無い」


 俺とグミ助ほど深く繋がり合って無くても、意思疎通はある程度行う事は容易だ。そうでは無く。


「もしかしてアデムさんは。人間の魂がグミの中に入っていると言いたいんですか」

「それだ!」


 アプリコットの指摘にモヤが晴れる。あまりにも突飛な考えだとは思うが、その事が頭のどこかに引っかかっていたんだ。


「ちょっとまってよアプリコット。そんな事ある訳ないじゃない」


チェルシーは咄嗟に否定の言葉を発する。だが、俺たちは知っている筈だ。魂を弄ぶ魔術師の存在を。


「……あの店主の事を言ってるの?」

「ああ、この噂が確かなら。これを辿って行けば奴の元へたどり着けるかもしれない」


 ひょんなことから掴んだ糸、それに手を伸ばそうと俺はグミ助を撫でたのだった。

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