第14話 修学旅行3

 2日目の夕方。

 今日は自主研修でいろいろなところへ行ってきた。原宿の竹下通りや、池袋。やっぱり西野君が迷子になりかけたりした。

 そして今は六本木ヒルズで夜景……まだ明るくて夜景とはいいがたい夜景を見ている。

 さて、今日の僕にはとあるミッションがある。本田さんからの頼み。

 どんなミッションか大体わかると思うけど……。

 そう、本田さんは大宮君と二人で夜景が見たいというのだ。

 今日は基本的に班行動。もちろん今も班で動いている。つまり、比較的本田さんと大宮君が二人になりやすい状況であるということだ。

 本来僕はこういったミッションを遂行するのには向いていない。断るところだ。しかし僕はそれを受けい入れた。

 理由は大きく分けて2つ。

 1つ目は、本田さんに喜んでほしいという気持ちからだ。

 好きな人が喜んでくれるならそれでいい。ありがちな言葉だ。本当はそういうのは嫌だと思うんだけど、大宮君には勝ち目ないと思ったから。だったら下手に断って関係悪くするよりはいいと思わない?

 2つ目は昨日の本田さんとの会話が、大宮君を除く班のメンバーにばれているということだ。皆が知らないなら、演技とか説明とか苦手だから渋っていただろう。でも僕は昨日の夜、西野君と小野君に全部話してしまったのだ(大宮君は部屋が違う)。そして笑われた。ちくしょう。

 清水さんについては、事前に本田さんから話されていたそうだ。知っていて僕をからかったということだ。ちくしょう。

 そういうわけで僕は、というか僕たちはミッションを遂行する。


「石橋君、お願いね」

「う、うん。任せてよ」

 夜景がいい感じになってきたころ、ミッションが始まった。

 本田さんの言葉を合図に僕は動き出す。

「あ! あっちからきれいに見えそうだよ。西野君、小野君、行こうよ!」

「マジ? 行くいく!」

「私も行くよー!」

 皆を連れて違う方向に行く。一応笑顔でいたつもりだけど、うまく笑えていたかはわからない。好きな人が喜んでくればそれでいいとは言ったけど、全く平気なわけじゃないから。

「石橋君、ありがと」

 本田さんのありがと。多分何回も聞いた。そういわれるたびに僕は嬉しくなった。

 しかし最近思うのだ。ありがと、と言われたいためだけに、複雑な思いをするようなことをする必要があるだろうか? と。

「この辺でいいかな」

「いんじゃない? でもさあ石橋君。好きな子の恋応援しちゃっていいわけ?」

「別にいいんだ。もとから僕なんかに振り向いてくれるとは思っていないから」

「そうなんだ」

「そうなんだよ」

 キラキラと光るきれいなはずの夜景が、やけに悲しく見えた。


 その日、六本木ヒルズから帰った後。本田さんは泣いていた。それを見つけた僕は、あ、と思ったけれど、知らないふりをした。でも知らないふりは失敗に終わってしまった。

「石橋、君」

「本田さん……」

「石橋君。私、私っ」

「うん」

「今日、告白したの。そしたら、颯がね、俺、好きなやつがいるからって」

「ああ……」

 大宮君の好きな人というのは、きっとひまりさんの事だろう。

「石橋君、私、どうしたらいいの」

「えっと」

 どうしたらいいの、と聞かれても困る。僕だってわからない。不自然じゃない程度の間を開けて僕は言う。本当は思っていないようなことを。

「まだ、チャンスはあるんじゃないかな。これからも仲良くして、もう1回、トライしてみたらいいんじゃない?」

「石橋君……。ありがと。元気出た」

「そう……」

 単純なんだな、と思う。

「石橋君、これからも、協力、してくれる?」

「……うん」

「なにがあっても?」

「……」

 僕が言葉に詰まっていると、本田さんは上目遣いになって言った。

「石橋君、お願い」

「……うん、わかった。協力するよ」

「ありがと。それじゃ私行くね」

「あ、うん。おやすみ」

「おやすみ」

 そう言って立ち去っていく本田さんの口が、にやりと吊り上がってり上がっているのを、僕は見逃さなかった。

 多分、本田さんは僕を利用しようとしているんだろう。そんなこと、容易に想像できる。ひどい話だ。

 それでも、僕は。本田さんのことが好きなんだ。なんでこんなひどい人を好きなのかわからないけど。好きという感情が何なんのか知らない。だから僕は、本田さんの近くにいられるならそれでいいと思えてしまうのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る