二限目-2 平穏は彼を強くするが、恋愛は彼女を強くするばかりである


「おかえり緋浮美ひふみ、今日はいつもより早いな」

「当然です……だって本日はお兄様がお夕食を作って下さる日なのですから……、もう朝からお兄様が食材を並べる姿、お兄様が食材をカットする姿、お兄様が調理をしている姿、お兄様が盛り付けをしている姿――そして完成したお料理をわたくしが食べ、その姿をお兄様が微笑みながら見ている姿を頭の中で千回ループしておりました……」

「緋浮美……そう言ってくれるだけでお兄ちゃんもう満腹だよ」

「ひふみん、今日兄ちゃん時間ないから買ってきた惣菜メインだってさ」

「何ですぐそういうこと言っちゃうかな?」


 これだけ見れば一々説明する必要もないのだが、緋浮美はお兄ちゃんのことがちょびっとだけ好き好き大好き超愛してる子なのである。

 それ故俺のことが絡むと場合によっては上品さなど知らぬと言わんばかりの節操のなさを見せてくるので、お兄ちゃんはちょっと頭痛が痛い。

 

 逢花あいかの余計な一言に一瞬曇った表情を見せた緋浮美だったが、秒の速度で笑顔に戻るとキッチンに立つ俺の方へと向き直る。


「そうだったんですね……残念ですが仕方ありません、お忙しいお兄様の邪魔をしてまで手料理を作って欲しいと願うのは私の我儘になってしまいますから……」

「緋浮美……お前って奴は……」

「で、その忙しいのは北条ほうじょうとかいうクソアマが関係しているのでしょうか」

「緋浮美、お口が悪うございますわよ」


 変わらぬ笑顔とは裏腹に、急速に目の色が暗くなり始めた緋浮美を見て背筋が凍る。

 おいおい……まさか大分前に帰宅していたのに俺と逢花の会話が聞こえた瞬間気配を消し、こっそり話の全容を聞いていたっていうのかこの妹は……。


「あ……いえ違うのです、お兄様がどんなお方といようとそれはお兄様の自由、私如きが口を出すなんてとても……だってお兄様の幸せは私の幸せ……ゴギギ」

「どうやったら口からそんな音出るんですかね」

「全く……ひふみんは兄ちゃんが好きな二次キャラにも嫉妬するからなあ」

「……ん?」

「ん? どうかした兄ちゃん?」

「待て、俺がこの二次キャラが好きとかそういう話をした覚えはないんだが」

「……ああーそっか、兄ちゃんはまだ気づいてないのか」

 逢花が妙にバツの悪そうな顔をし出すので、俺の中で嫌な予感が全身を駆け回る。

「……え? 怖い、なんだよ、何かあるのか?」

「…………兄ちゃんが隠してる同人誌、

「まず同人誌の隠し場所を知っていることから議論の余地があるが……確かに減ってはいたな……母親に呼び出されていないから間違って捨てたのかと思っていたが」

「あれひふみんがみじん切りにして貼り絵になってるから」

「サイコってレベルじゃねーぞ!」


 最近緋浮美が俺の為にと言って貼り絵を見せてくると思ったらマジかよこいつ。

 しかもそれを踏まえるとあのリビングに飾られている貼り絵って……やだ噓、緋浮美の深すぎる愛にお兄ちゃん涙が止まらない。


「逢花……! お、お兄様ごめんなさい……本当は後で教えるつもりだったのですが」

「教えるつもりだったとか公開処刑過ぎにも程があるぜ緋浮美ちゃん」

「というか別に北条さんと交流があるとかそんな話なんてしてなかったと思うんだけど、いくら兄ちゃんが好きだからって早とちりし過ぎだよひふみん」

「え……あ、そ、そうだったんですね……ごめんなさいお兄様、私とんだ勘違いを……」


「そもそもインドアな兄ちゃんと水泳界のプリンセスが交わるとかあり得ないし」

「酷い言われようだが逢花、お前は一つだけ間違いを冒しているぞ」

「え? インドアじゃなくて引き籠り?」

「戦略的撤退と言いなさい――ふっ、だが残念だな逢花よ、俺はそのプリンセスと交わっているのだよ」

「まぐわっている?」

「緋浮美、お兄ちゃんそんな難しいこと言ってない」


「はははー、全く兄ちゃんよ、妄想癖は緋浮美だけにしろってあれ程言っているのに」

「言われてねえわ、いやいやマジなんだこれが、信じろという方が無理のある話なのは分かってるが……転校初日から熱烈なアピールをされていてな……」

「冗談もいい加減に……と言いたい所だけど、兄ちゃんがそんな下らないことで噓をつくとも思えないし……マジで本当なの?」

 

 逢花が唸り声を出しながらそう言うと、天井を見上げながらテーブル席へと座る。

 このまま逢花の困った表情を見続けるのも一興だが……ここは仕方がない。


「もし噓ついてたら緋浮美の部屋で一夜明かしてやるよ」

「お、おおおおおおおお兄様!?」

「兄ちゃんがそこまで言うなら本当か……でもなあ――」

「はわわ……で、ではこの噂は噓で確定ということで宜しいのですね……?」

「え? なんで?」


 とはいえ。

 緋浮美はともかくとして、こんな突拍子もない話、そう簡単に信用して貰える筈もない。

 何せ逢花の目線で考えれば水泳で雲の上の存在とも言える人が、あろうことか兄である俺に言い寄っているという話なのだから。


 けれど北条の好感度指数は我が妹達をも軽く凌ぐ120%、遅めのエイプリルフールでしたと言おうものならまず自分の能力を否定しなければならない……。

 そんなことを思いながら俺が完成した料理をテーブルに並べていると、お箸を片手に持っていただきますのポーズをした逢花が俺の方を見る。


「……ねえ兄ちゃん」

「ん? どうした」

「北条さんはさ、今も水泳をやってるの?」

「いや……今はやってない……と思う、転校初日だからこれからなのかもしれないが、現段階で水泳部に入ったとかそういう話は聞いてないな」

「そっか……私も直接話をしたことはないんだけど、北条さんって寡黙というか、凄く真摯に水泳に取り組んでいる人だったんだよね、だからこそ兄ちゃんにアタックをしている姿が余計に想像出来ないってのもあるんだけど……」

「逢花が言うようにそういう雰囲気しかないからな……」

「逆に言えば何を考えているのか分からないって感じの人で、同じ水泳仲間と話をしている姿も殆ど見かけたことがない……ただ――」

「ただ?」


 逢花はサラダを口の中に入れると、よく咀嚼をしてごくんと飲み込む。


「とある記録会で一緒になった時、しきりに何かを探していたんだよね……、いつもは凛とした雰囲気が強いからそれが凄く印象に残ってて――」

「ふうん……?」


 何かを探している……か――


「でも思ったんだけど、別に北条さんみたいな人に言い寄られても全く損がないというか、寧ろ得しか無いのに何で兄ちゃんはそんな悩んでいる感じなの?」

「え? いやそういうつもりはなかったんだが……でも普通に考えたらおかしいだろ? それがより不気味に感じてしまうというか――」

「不気味……んー、あーでも兄ちゃんはそう感じてもおかしくないか――」

「? 逢花?」

「ならさ、いっその事こっちから北条さんに近づいてもいいんじゃない?」


 ずっと思案をしながら話していた逢花だったが、自分の中で納得をしたのか、突然いつもの表情に戻ったかと思うと、そう提案してくる。


「……? どういう意味だ?」

「兄ちゃんは危ない橋は渡らない主義だと思うけどさ、何となく北条さんは石橋を破壊して泳いで渡ってくる人だと思うんだよね」

「パワータイプかよ、と言いたいが否定は出来ないな」

「だから敢えて兄ちゃんから石橋を叩かず渡ってしまおうと、そうすれば逆にリスクを避けられるかもしれないよ? 真意を知れる可能性だってあるし」

「ふむ……言われてみるとそうだな」


 逢花は実にポジティブな性格をしているので、平穏を得るためなら石橋を叩いて渡らないまである俺では思いつかないことをあっさり考えてしまう。

 事実逢花の助言のお陰で不用意に首を突っ込む真似をしないで済むこともあったし――どうやら相談したのは正解だったかもしれないな。


「……そうだな、一度その方針で考えてみることにするよ。ありがとう逢花、ご褒美に俺のコロッケを一つ上げよう」

「ふふーん、兄ちゃんまいどありー」

「――――お、お兄様!」


 逢花との会話を終えた所で、鬼の形相で話を聞いていた緋浮美が突如俺の方へ言い寄って来るものだから俺はビックリして箸を落としそうになる。


「うおおっ!? ……ど、どうした緋浮美、お前もコロッケが欲しいのか?」

「いえ、私はお兄様が口を付けたお箸が欲しいです」

「永久保存されて二度と使えなくなるので駄目です」

「ち、違うんです! そ、その私もその女の本性を暴く作戦に参加させて下さい!」

「は――ああ、なんだそんなことか」

「はい……! お兄様を惑わす不届き者を、この手で白日の下に晒したいのです!」

「そうか……緋浮美は本当にお兄ちゃん想いの妹だな」

「当然です! お兄様をお守りする為なら私、どんなご命令でもお聞きします!」

「なら君はお留守番してくれるか」

「お留守番ですね! 任せて下さい! ――――えっ?」


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好感度120%の北条さんは俺のためなら何でもしてくれるんだよな…… 本田セカイ/角川スニーカー文庫 @sneaker

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