12 神 千秋の暇つぶし -5-

「千秋坊ちゃま…!!」


 じーさんちに行くと、篠田の鬱陶しい出迎え受けた。

 まあ…確かに?

 久しぶりだし?

 そりゃあ…


「お元気でいらしたのですね!!ずっと心配しておりました…!!」


 大げさなぐらいの歓迎ぶりでも仕方ない…か。

 篠田はハンカチ片手に、潤んだ瞳で俺を見つめる。


 …いやー…


 …篠田。

 ジジイになったな。



 懐かしい屋敷の中に足を踏み入れる…と。


「あっ…千秋さん?」


 すでに、知花ちゃんがそこにいた。


「…や。時間出来たから、俺も来てみた。」


 よく分からないが…

 彼女の顔を見て、ホッとした自分がいる。

 これは、どういった感情なのだろう。


「ちょうど良かった。お茶を入れてた所です。千秋さん、コーヒーと紅茶はどちらがいいですか?」


 ま、それを狙って来たんだけどな。と心の中で思いながら。


「じゃあ…コーヒー。」


 そう言ってコートを脱ぐと。

 知花ちゃんが、そのコートを手にして奥の部屋に入って行った。


 さらりと自然にそうされたけど。

 まるで自分に妻でもいるかのように思えてしまった。


 …いやいやいやいや。

 誰にでもこんな事をするのか!?

 おまえは千里の妻だろうが!!



「…だえ?」


「……あ?」



 不意に足元から声が聞こえて。

 見下ろすと…双子がいた。



「……」


「……」


 じっと見上げてる双子を無言で見下ろす。

 本来、しゃがんで目線を近付けてやるのがいいのかもしれないが。

 俺は、そんな事はしない。


「とーしゃんににてゆ~。」


「にてゆね~。」


 双子はそんな事を言いながら顔を見合わせて、勝手に笑顔になる。

 その様子は…まあ…見下ろしていても可愛いと思えた。


「かーしゃ~ん。とーしゃんににてゆよ~。」


「とーしゃんのじ~じ~、しってゆ~?」


 双子はそれぞれそんな事を言いながら、広間に…


 …はっ。


 とーしゃんのじーじ。

 て事は、じーさんが居るのか。


 …まあ、じーさんちだから居ても不思議はないが。

 俺は、あのじじいが苦手だ。




「おまえ、帰ってるなら連絡ぐらいよこせ。」


 …だよなー。

 開口一番。

 じーさんは目を細めてそう言った。


 確かに、帰国して一ヶ月近く経ってるが…ここには来てないし、連絡も入れていない。

 カンナが勝手に俺の帰国をバラしたせいで、思いがけず千幸にまでバレて…玲子に打ちのめされる羽目になった。

 …思い出すだけでムカつく。



「…とーしゃんのじーじ…おこってゆ…?」


 双子が悲しそうな顔でじーさんに問いかける。

 俺は首をすくめながらソファーに座…


「怒ってなんかおらんぞ~?ほらほら、二人ともおいで~。」


「……」


 じーさんの猫なで声に、中腰のまま動きが止まってしまった。

 そんな俺を笑いながら、知花ちゃんがコーヒーを持って来る。


「…あっ、ごめんなさい。ちょっと衝撃ですよね…」


 小声の知花ちゃんも、苦笑い。

 ちょっと衝撃…どころの話じゃない…!!


 かみ幸作こうさくと言えば…泣く子も黙ると言われた元通産大臣、『鬼の神』だぞ!?

 神なのに鬼と呼ばれた男だぞ!?


 俺が唖然としながらソファーに座ると、じーさんの膝に座った双子が。


「とーしゃんのじーじ、あのいと、とーしゃんににてゆね。」


 俺をチラチラと見ながらじーさんに言った。


「ああ、あれは華音かのん咲華さくかの父さんの兄さんだ。」


 おいおい…紛らわしい言い方だな。

 おまえらの伯父って言えば済むものを…


「とーしゃんのにーしゃん!!」


 双子は同時にそう叫んだかと思うと、じーさんの膝から飛び降りて…俺の元に駆け寄って来た。

 その勢いに圧倒されてしまうと…


華音かのん咲華さくかっ。走らないのっ。」


「…ああ~い…」


「……」


 つい…口元が緩んだ。

 千里が超絶可愛いって言うわけだ…


 子供は好きじゃない。

 好きじゃないが…


 知花ちゃんに注意されて遠慮したのか、双子は俺と距離を取ったままウズウズしているように見えた。


「…おいで。」


 そう声を掛けると、双子はパッと笑顔になって。

 両手を広げて、俺の膝に跳び付いて来た。


「うおっ…」


「とーしゃんのにーしゃん、おままえは?」


 おままえって。

 おなまえ、だろ?


 千里の小さい頃を思い出して、つい言ってしまいそうになったが…


「…神、千秋です。」


 子供に慣れてないせいか…

 真面目に答えてしまった。

 そんな俺を見て、じーさんは鼻で笑って、篠田は笑顔になった。



「ちー!!…あっ……かーしゃん…ちー、もういゆ…」


「ちー、もういゆのよ…」


 双子がそれぞれそんな事を言いながら、知花ちゃんを振り返る。

 察するに、双子は俺をと呼びたかったが、その呼び名はすでに使われている…と。


 …いや。

 は千里だ。

 それに、なぜそんな呼び方にしようと?

 普通にでいいだろ…



「……そうか。もうはいるのか。」


 頭を撫でながら言うと、大きな目が四つ、俺を見上げた。

 でいいだろ。と思いながらも…俺はこの双子に昔の千里を重ねてしまってる。



「あたしの弟がちかしといって…」


「ああ、なるほど。そうなると、うちの兄弟はだらけだな。」


 苦笑いの知花ちゃんに首をすくめてみせる。


 双子は俺の膝に行儀良く両手を置いて、まるで『待て』を言い渡された子犬のようにジッと俺を見ている。



「じゃあ…千秋のアキでどうだ?」


「アキ…?」


「可愛らしく、ちゃんを付けてくれると嬉しいな。」


 笑顔の俺に、双子は目をキラキラさせて。


「アキちゃん!!」


 バンザイしながら叫んでくれた。


 ははっ。

 可愛いなー。


 つい目元を綻ばせると。

 そんな俺を意外そうな顔で見てるじーさんと。

 超笑顔の知花ちゃんが目に入った。



 …アレだな…俺。

 千里のお花畑に感化されてる。




「千秋さん、こっちの焼きプリンは甘さ控えめです。」


 本格的にお茶の時間となった。

 俺の膝には双子の女の子、咲華さくかが座っている。

 男の子の方の華音かのんは、じーさんの膝で何か分からないが力説中。



「…うん。美味い。ビックリだな。」


 勧められたプリンを口にして真顔で言うと、知花ちゃんは首を傾げて笑った。


 …おい、誰にでも見せんのかよ。

 そんな顔。

 千里は自信満々だったが…

 なぜか、俺がイヤだ。



「それは俺のだ。おまえのはこっちだろ。」


 膝にいる咲華が俺のプリンに手を出しかけたのを見て、食べかけたまま置いてあったクッキーを口元に運ぶと。


「とーしゃんのもちょうだいよ~。」


「……」


 咲華は頭上から降って来た声を、千里と間違えたのか…

 俺を父さんと呼んだ。


「しゃく、ちあうよー。アキちゃんよ。」


 華音にそう言われた咲華は、ハッとした様子で俺を見上げて。


「とーしゃんとこえいっしょ~。まちあえた~。」


 コロコロと笑いながら、みんなを見渡した。

 その可愛さに、じーさんも篠田もメロメロだ。


 …ついでに…俺も。



 これは…やばい。



 本気で奪いたい。

 幸せを丸ごと。



 俺の物にしたい。

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