14 多治見カンナの策略 -2-

「んーっ!!」


 両手を上にあげて大きく伸びをすると、近くを通りかかってた小学生達が指をさして笑った。

 まあ、そんなのどうでもいいわ。


 やっと帰国出来た。

 千秋ちゃんのサポートもあって、あたしはモデルクラブに復帰した。

 もちろん、オーディションも合格した。


 それから、みっちりと。

 ウォーキングに所作、語学力にテーブルマナーまで。

 徹底的に指導されまくった。


 元々、育ちのいいあたし。

 楽勝♡



 の、はずが…

 ちょっと苦戦した。

 コネで滑り込んでも、その後は本当に自分の力だけで勝負しなきゃならないのね~…って。

 甘くて怠けた根性を、叩きのめされた。


 でも、そのおかげで…


「今のあたしは、何にも負けない…!!」


 あたしは胸を張って、颯爽と一歩を踏み出した。




「さーて。」


 あたしはビートランドの前に仁王立ちして、そのビルを見上げる。

 モデルクラブの会長がDeep Redのファンだと聞きつけたあたしは、すぐさまマネージャーに申し出た。


「あたし、ビートランドに幼馴染がいるんです。MV出演の許可、出してもらえませんか?」


 ダメ元で言ってみたものの、話しはトントン拍子に進み。

 あたしは、モデルクラブもビートランドも合意の上で。

 F'sのMVに出演出来る事になった。


「…ふふっ。」


 ああ、ダメだ。

 笑いが止まらない。



「カンナ?」


 背後から声を掛けられて、顔だけ振り返ると…


「千秋ちゃん。」


 そこに、あたしの救世主がいた。


 二ヶ月前、あたしの嘘を見破って、軌道修正を促してくれた幼馴染。

 あたしの想い人の、兄。



「いつ日本に?」


「昨日。」


「その顔なら、受かったんだな。」


「ええ。おかげさまで。ついでにビートランドに堂々と出入り出来る権利も勝ち取ったわ。」


「権利?」


「MVの出演が決まったの。」


「へえ。」


 あっ。

 反応薄いっ。


「千秋ちゃんは?今何してるの?」


 あまり興味はないものの、千秋ちゃんが手にしてる物を覗き込むようにして問いかける。


「俺はここに雇われてる。」


「はあ!?」


 何それ!!

 あたしがいない間に…!!


「何で?」


「まあ、簡単に言えば防犯係。あと、コンピューターシステムの改善や、RRMを取り入れた最新式の」


「あああああ、もういい…いいです…」


 聞いても分かんない。

 それに…


 以前は、ちーちゃんの奥さんである知花さんの事を調べて。って頼んでたけど。

 何だか、もうそれはいいような気がするのよね。

 …だって。

 もう、あたし自身が武器だから。

 今のあたしには、自力でちーちゃんを落とせる自信がある…!!



「…二ヶ月そこらで随分自信をつけて帰ったな。」


 ロビーを歩きながら、千秋ちゃんが目を細めて言った。


「えっ…そう見える?」


「狩りでも始めそうな目だ。」


「……そういう千秋ちゃんは、何だか顔色いいわね。ここの仕事、そんなに楽しいの?」


 二ヶ月前は、インドで何かの修行でもしてたのかな?って思うような頬のこけ方してたけど…

 太ったって言うんじゃなくて…



「ま、顔色がいいのは食生活が充実してるからだろうな。」


「……」


 食生活が充実…?


「今、じーさんちにいるんだ。」


「あっ、そうなんだ~。納得。」


 あそこなら、寝転んでても美味しい物が出て来ちゃうもんな。

 世話好きの篠田さんもいるし。


 …でも、千秋ちゃんて…

 おじい様の事、あまり好きじゃなかった気がするけど。

 どうして帰る気になったんだろ?



「何。」


 ジロジロ見たからか、千秋ちゃんは怪訝そうな顔であたしを見下ろした。


「…ううん。千秋ちゃん、よく見るとカッコいいなあって。」


「ふん。何も出ないぜ。」


「そんなんじゃないも~ん。」



 受付で名前を言って、正式にパスをもらう。

 これはまぎれもなく、あたしのパス。

 ゲストじゃなく、あたしの。


 それだけで、ちーちゃんに近付けた気がした。

 ああ…早く会いたいな。

 今日は何の仕事してるんだろ。



 気が付くと、千秋ちゃんが待っててくれた。

 あれっ…こんなに優しい人だったかなあ。

 あたし、昔からバカにされた覚えしかないから、ちょっと色々身構えちゃう。

 …まあ、オーディションの件は助かったわよ。

 うん…優しいわね…



「千秋ちゃん、このまま日本にいるの?」


 エスカレーターを上がりながら問いかけると。


「先の事は考えない事にしてるからな。」


 千秋ちゃんは、ちーちゃんに似た笑い方をした。


 …うーん。

 何だろう。

 千秋ちゃん、明らかに…変わった気がする。

 あたしが知らなかった千秋ちゃんが出て来てるのかもしれないけど…

 でも…何かこう…



「アキちゃーん!!」


 ふいに子供の声が聞こえて。

 その方向に視線を投げると、可愛い双子がいた。


 …アキちゃん?



 双子と千秋ちゃんを交互に見ると…


「おっ、約束通り連れて来てもらったのか。」


 千秋ちゃんはしゃがんで双子に両手を広げた。

 すると…


「わーいっ!!」


 双子が、千秋ちゃんの腕の中に飛び込む。


 …え?

 ええええええ?


 これって…



「…ねえ、ちーちゃんの子供?」


「ああ。」


 千秋ちゃんは、あたしに目もくれず、短く返事だけよこした。


 …何それ。

 千秋ちゃん、子供嫌いじゃなかったっけ。

 …いや、甥っ子姪っ子ともなると…違うのかな。



「おまえら勝手に降りたらダメだっつった……あ?カンナ?」


 双子に遅れる事、数十秒。

 ちーちゃんがエレベーターから降りて来て、あたしに気付いた。


「久しぶり。」


 首を傾げて、ちーちゃんにとびきりの笑顔を向ける。


「おまえ、急にいなくなって心配したぞ?」


「ほんと?ごめん。ちょっと磨きをかけに。」


 自分で自分を見下ろして、自信満々な顔を上げると。


「ふっ。」


 鼻で笑われてムッとした。

 唇を尖らせてちーちゃんを見ると、ちーちゃんは千秋ちゃんを見下ろしてる。

 …あ。

 今の『ふっ』は、千秋ちゃんか…



「…だえ?」


「は?」


 舌ったらずな言葉に首を傾げると、千秋ちゃんに抱き着いてる双子が、あたしを見上げてた。

 うーん…

 自己紹介、しなきゃダメ?

 ちーちゃんの子供だから可愛いけど…

 知花さんの子供でもあるからなー…


 あたしは少し考えた後、千秋ちゃんの隣にしゃがみこんで。


「はじめまして。カンナです。あなた達のパパの幼馴染よ?」


 ニッコリと笑って言った。

 どうよ。

 子供であろうとも、あたしの笑顔には釘付けに…


「とーしゃん…」


「…とーしゃん…」


 なぜか双子は千秋ちゃんの腕を離れて、泣きそうな顔でちーちゃんの足にしがみついた。

 ちょっと!!

 何よそれ!!



「ははっ。怖いか。」


 ちーちゃんが双子の頭を撫でながら笑う。


「えー!!何でよー!!」


 立ち上がりながら大声を出すと。


「こあい…」


 双子は涙目になった。



「赤い口紅を見慣れてねーからな。」


 ちーちゃんがそう言いながらあたしの顎を指ですくった。

 その瞬間…


「……」


 あたしは…思いがけず顔に火が着いたみたいに血がのぼって。


「とーしゃん!!たべあえゆよ!!」


 双子は火が着いたように泣き始めた…。




 何なのよ!!

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