第11話 からっぽ男の特別

(おかしい)


 ヴィラローザが異常に気付いたのは、街道を離れた森周辺を見回っているときだった。

 行動を共にしていたステラも、同じように感じたらしい。

 馬を下りると、手綱を引いて近付いてくる。


「ねぇ、ヴィラ……あいつら、なんか変じゃないかしら?」


 ステラが視線を向けているのは、同じくこの森周辺の見回りを任された男達だった。

 今の時期、あまり奥へ進むと魔獣を刺激しかねない。極力、慎重な行動を要求されるはずだ。現に、反対側を見て回っている騎士達は、無駄話などしていない。

 ヴィラローザ達の前方にいる者達だけが、何事かを話ながらずかずかと森の中へ踏み入っているのだ。


「貴方達、森の奥まで踏み入れとは言われてませんよ」


 このままでは、わざわざ寝た子を起こすような状況になり得る。森の奥で暮らしている魔獣を刺激し、仲間を呼ばれたら厄介だ。

 人里と森、定められた境界線を越えない限りは、いたずらに奪う必要のない命でもある。

 しかし、振り返った騎士達は、にたにたとした笑いを浮かべて、互いに目配せし合った。

 そして、大仰に肩をすくめてみせる。


「首狩り魔は、男を知ってすっかり大人しくなったようだな」

「所詮は女だったって事さ」


 ――ヴィラローザの心が、すっと冷える。

 馬鹿にしきった顔と口調。

 そして、出で立ち。

 どこかで見た顔だと思えば……。


「……ちょっとヤダ。あいつら、ピカピカ野郎の腰巾着共じゃない……!」

「そのようですね」

 

 ステラが顔をしかめて、ひそっと耳打ちしてきた。

 あからさまな悪感情は、どうやら彼らが貴族であり、なおかつヴィラローザに恥をかかされたと吹聴しているデザメールの取り巻きであることが要因らしい。


「首狩り魔! 森が怖いのなら、さっさと戻って、寝台でも暖めておけよ! 魔獣を討伐した後なら、気が高ぶってるから、穴あきのお前でも充分使えるだろうからな!」

「ちょっと、アンタ達、いい加減にしなさいよ……!」


 下品な物言いに、そばにいたステラがカッと顔を赤らめる。

 反対に、ヴィラローザは目を細め鼻で笑うに留まった。


「ふん。くだらない噂を鵜呑みにするなんて、首から上に付いている頭の中身は、すっからかんなのでしょうね。……切り落とせば、間抜けな音が響きそうです」

 

 わずかに、男達の顔が強張った。


「もっとも、今は任務中です。無駄口は、終わってからにしていただきたいものです。……間抜けに足を引っ張られるなんて、ごめんですから」


 ヴィラローザが、男に嫌われるのは、こういった部分だ。

 下卑た言葉でからかわれようが、眉一つ動かさない。可愛げもなければ、男を立てる術も知らないと悪態をつかれる。

 けれど、ヴィラローザからしてみれば、下に扱われる理由が無いのだ。不当に貶められてまで、性根の腐った連中におもねる必要性が見当たらない。


 今回とて、そうだ。

 くだらない言い掛かりなど、後だ。今は与えられた任務を終わらせるべきである。

 それは、至極まっとうな意見だったはず。

 ――少なくとも、この領域の担当となった騎士達のうち、絡んできた男三人以外は、みんな同じ考えであった。


「足を引っ張られてごめんなのは、こっちの方だ! こんなところをコソコソ探したところで、魔獣なんてみつかるはずがないだろう」

「その通りだ。人に害をなす獣は、奥へ隠れ住んでいるんだ。引きずり出して、刈り尽くしてしまえば良いだろう!」

「まぁ、臆病風に吹かれた庶民共とあばずれ女は、せいぜいここで“仕事をしたつもり”になっているといいさ!」


 手柄は我々のものだ。

 意気揚々と宣言し、奥へ進む三人。

 向けられるのは唖然とした……いや、呆れた視線だ。それなのに、彼らはなぜか鼻高々で進んでいく。


「……馬鹿ですか、彼らは」

「魔獣の討伐じゃなくて、見回り任務なのに……」

「わざわざ、巣穴をつついて群れを呼ばれたら面倒です。……追いかけます」

「ほっとけばいいのに、あんな奴ら」


 ステラは不愉快な言葉を思い出し、嫌そうに呟く。

 

「個人的感情では、そうしてやりたい気分ですが……今は任務の最中ですから」

「わかった」


 気をつけてね。

 ステラはそう言ってヴィラローザを見送った。

 真面目に任務に当たっていた他の騎士達も、一つ頷いて勝手な行動を取った三人を連れ戻す事を了承してくれる。

 ――獣の咆哮が響き渡ったのは、ヴィラローザが森の奥へと進んですぐの事だった。




 ◆◆◆



 非常事態を知らせる笛の音と、狼煙。

 二つを確認した騎士達は、すぐさまその場所へ駆け付けた。

 ギルドフォードとルイスも、駆け付けた騎士の中にいた。


「ステラ……!」


 まずルイスは、知った顔である女騎士を見つけて声をかけた。

 たしか、彼女はこの森周辺の担当だった。つまり、この非常事態の詳しく知る当事者と言うことになる――ヴィラローザと共に。

 だが、普段は明るく悪戯っぽい表情を浮かべているステラの顔は、真っ青だった。


「ルイス……」

「一体、何があったんだ……!?」

「ど、どうしよう……! どうしたらいいの……」

「落ち着け、どうしたんだ!」

「だって、ヴィラが……あいつらのせいで、ヴィラが逃げ遅れて……!!」


 ルイスよりも、ギルフォードの方が素早く反応した。


「ヴィラローザが逃げ遅れた? どういう事だ。非常事態とは、何があったんだ」

「あいつらが、奥に入ったせいで、魔獣の縄張りに……! あたし達も、みんな、お、襲われて……! 怪我して逃げるの遅かったあいつらを庇って、ヴィラが一人で……!」


 しゃくりあげるステラの話は、要領を得ない。

 ギルフォードは、ぐるりと周囲を見渡した。

 怪我をした者が、何人かいる。中でも一際血の匂いが強いのは、三人。一人は背中に傷を負ったのか、布の上にうつ伏せにされている。それを囲むように座り込む二人も、止血の布が真っ赤に染まっている。

 他にも、怪我をした者がいるが、三人よりは度合いが明るい。だが、一様に厳しい目で重傷者の三人を睨んでいた。


「……あの連中が、手柄だかなんだかしらないが、森の中へ馬鹿騒ぎしながら入って行ったんだよ。……馬鹿共がっ、考え無しに突っ込んで、群れを呼び寄せやがって……!」


 額に布を押し当てた騎士が、怒りもあらわに吐き捨てた。

 だが、意気消沈しているステラや、呆然としているギルフォードを見ると、気まずそうに顔を背ける。

 そして――。


「……すまん。みんな、その場をしのぐことに精一杯だった。……エルメは、しんがりをつとめてくれたんだが…………」


 待っても、合流してこなかった。

 その一言で、ギルフォードもルイスも状況を把握する。

 ぐっとギルフォードが拳を握る。

 そして――。

 乗ってきた馬の方へと、走り出した。


「おいギルフォード、どこへ行く気だよ!」

「彼女の所だ」

「待て! 下手したら、群れがうろついてるかもしれないんだぞ!? 一人でなんて無茶だ……! 指示を待って――」


 ルイスの腕を振り払うと、ギルドフォードは彼らしからぬ必死の形相で、声を荒らげた。


「ヴィラローザは、そんな場所に一人でいるんだぞ!?」

「――っ!」

「待つ必要などない。――今すぐに、俺が行く」


 怒りと焦りが、ない交ぜになった表情で言い捨てる男を、ルイスはもう止めることが出来なかった。


「い、いいの……? ギルフォード、行っちゃったけど……」

「……止めたら、多分あの重傷者三人をぶっ殺してたと思うから――仕方ないさ。……すぐに、部隊が編成されるだろうし、あいつがその先発だと思えばさ」


 本当はよくないのだけれど――緊急事態で仲間を救いに行ったとかなんだとか、いくらだって上手く話を通しておいてやる。

 

(……だから、無事に帰って来いよ、似たもの同士のお二人さん)


 ルイスは、走れなかった。きっと、取り残されたのが親友であるギルフォードだったとしても、自分は助けに行けなかっただろうと思う。

 現にステラも、走れなかった。彼女がヴィラローザへ向ける友情に、嘘などないだろう。けれど、命の危険がある場所へ、単独で向かおうなどとは思わない。

 それは、普通の反応だ。

 それが、普通の人間だ。


 ギルドフォードが、特別なのだ。


(いや、違う――彼女が、ギルフォードの特別なのか)


 滅多に感情を動かさない男の怒鳴り声など、初めて聞いた。

 焦燥と怒りが滲み出た、分かりやすい表情など、初めて見た。

 行かせてやらなければと、ルイスは思った。

 今にも壊れそうな様子に、止めることは不可能だと察してしまったのだ。


「ヴィラ……大丈夫だよね?」

「……大丈夫じゃないと、困るんだよ」


 二人は、ギルドフォードが去って行った方――森の方角を見て、重苦しく呟いた。

 ほどなくして、この事態を収束するための指示が伝達される事となる。

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