夢奈ねぇ……言い訳ありますか?

 ーーさて、どうすればいいか?

 俺は妹に欲情などしないと言葉にした。

 それなのに風呂場から追い出してしまっては、その言葉が偽りになってしまう。


 だから追い出すとしても、もっと別の理由が必要になるのだがーー。


「では兄さん。浴槽から上がって下さい。そうじゃなきゃ体が洗えませんよ?」

「待て。少し考えさせてーー」

「だーめです♪ それとも兄さんは、私がこのまま風邪をひいてもいいんですか?」


 考える時間を与えるつもりはないようだ。

 本当は自分だって恥ずかしい癖に、余裕ぶった目つきで俺を見る。


「さっき入ったんだろ? ならもういいじゃないか」

「また入りたくなったんです。それも今すぐに、兄さんが上がってくるのを待ち切れない程にです!」

「俺は我慢強い夢奈が好きだな」

「私も残念です。ですがこれも仕方のないことですので、一緒にお風呂に入りましょう」


 今回は本当に頑固だ。

 いつもの夢奈ならこの台詞で引くはずなのだが、今回はどうしても俺と入りたいらしい。


「桜空か柚空に見つかるぞ」

「大丈夫です。私たちは三つ子ではありませんので」


 桜空と柚空は双子特有のシンパシーでもあるのか、どちらかが抜け駆けすればそれがもう一方にも伝わるのだ。


 ーーしかし夢奈は違う。

 だからこうして、堂々と抜け駆けしているのだろう。


「これである程度は論破しましたね。ではそろそろ諦めてください♪」

「いやいやいや……」

「往生際が悪いです兄さん。そろそろ私も兄さんと浴槽に浸かりたいです」


 うっとりした顔で言う夢奈を見て、浴槽でポカポカの筈なのに寒気がした。


「た……」

「た?」

「助けて桜空っ! 柚空ァァァァッ!!」

「なっ! に、兄さん!?」


 兄の威厳的なものとかかなぐり捨てて叫んだ。それはもう家中に響くような声で。

 偽妹長女の抜け駆けを知らせるために、偽妹次女三女を情けなく呼んだ!

 数秒経ってドタドタと足音が響き、約五秒ほどで桜空が駆け込んだ。


「どうしたのおにぃ!! 何かあっ……うん、分かったよおにぃ」

「夢奈ねぇ……有罪……」

「えっ、ちょっ……な、何を…………って痛いッ! た、助けて兄さん!」


 双子姉妹は夢奈を引きずるように連れて行く。

 桜空のまるでゴミでも見るような目は怖かった。柚空の冷え切った無表情も怖かった。

 今晩はもう夢奈に会えないのかもしれない。


 桜空はともかく、柚空は怒るとヤバい。

 そして今回の夢奈の行動は、二人の逆鱗に触れるものだったのは言うまでもない。


「俺が上がるころには終わってるだろ」


 自業自得で情状酌量の余地なし。

 いくらお兄ちゃんでも、柚空の本気モードには勝てない。



「夢奈ねぇ……言い訳ありますか?」

「その……その前に服を……」

「自業自得だよおねぇ! もう少しそのまま醜態晒すべきだよー!」


 今の夢奈はお風呂場から連れ去られたまま。つまり一糸纏わぬ姿で正座している。

 桜空ねぇの言う通りにしようか迷ったが、にぃにが上がってきたら何となく困る。

 なので救済処置として、取り敢えずバスタオルだけは恵んであげた。


 ーーさて、尋問開始です。

 聞くまでもないので最初から有罪なのだが、一応言い分くらいは聞かなきゃと思った。


「お風呂に行ったのは何故……ですか?」

「そ、それは…………もう一回入りたいなぁ……なんて」

「嘘だ! おにぃと一緒に入ろうとしたんだ!」

「た、たまたま兄さんがまだ入浴していただけでーー」

「有罪……」

「ひっ……ま、待った柚空! なにする気なの? そ、その紙とペンは何なんですか!」


 夢奈の質問を無視して、紙とペンをテーブルに置く。

 紙の枚数はパッと見ただけで百枚はある。


「今からこの紙……原稿用紙に『私は抜け駆けして、兄さんと如何わしい事をしようとしました。私は愚かなダメ犬です』と、書いてください……」

「もちろんここで正座してね! 今からトイレに行って、あとは書き終わるまで動いたらダメだからねっ!」

「えっ? これ全部? 終わるまでですか!?」


 柚空が用意した原稿用紙は四百字詰のものだ。それがざっと百枚ほどあるので、終わるまでそれなりの時間が掛かりそうだった。


 しかも全裸にバスタオル一枚。そこに正座というオプションまでついている。

 あまりにも情けない姿で、地味に嫌な仕打ちとなるお仕置きだった。


「うっ……これ本当に全部書くんですか? 百枚も……」

「百枚……じゃないです……」

「は、はい?」

「よく見なよおねぇ。これは表裏あるんだよ!」

「えっ! ま、まさか……」

「裏も合わせて……二百枚です。文字数は八万文字です……」


 夢奈の心は、始まる前から崩れた。


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