第七回 平陽城に種々の怪異は現る

 漢の大宗正だいそうせい呼延顥こえんこうが変死し、甥の呼延勝こえんしょうは葬儀を執り行って漢主の劉聰りゅうそうより呼延顥の職を引き継ぐよう命じられた。しかし、その呼延勝も五日を過ぎず血を吐いて世を去った。

 漢の宿将や元老は辞職と死亡により一月を過ぎずして数十人が朝廷を去った。

 この時、劉曜りゅうよう長安ちょうあんにある。一方、張賓ちょうひんの兄弟は石勒せきろくに従って襄國じょうこくに拠り、自立の道を模索していた。

 国都の平陽へいようには重鎮を欠き、そのために王沈おうちん郭猗かくい靳準きんじゅんと結んで劉燦りゅうさん阿附あふし、朝政を専らにできた。靳準は国戚であることを頼みに朝廷を横行し、上奏もなくほしいままに政事を行う。

 劉聰はそれを知ると、かつて陳元達ちんげんたつ諸葛宣于しょかつせんう劉義りゅうぎ劉易りゅうえきが政事を輔け、文武の百官は職を守って万事が整い、国家が安寧であった頃を思うようになった。

 陳元達の遺表があると知り、それを手に入れて読めば、哀しんで涙を流す。すぐさま皇太弟の劉義を召し出して言った。

「朕の不明のために賢弟に屈辱を味あわせてしまった。悔いても及びつかぬ。これは奸人に惑わされたのであり、朕の本意ではない」

 劉義も痩せ衰えた面に涙を流し、誣告ぶこくされた始末を語る。劉聰はそれを見て心を傷め、かつてのように劉義を重んじるようになった。


 ※


 劉義が朝廷に戻ると、王沈は吾が身に罪が及ぶかと懼れて劉燦を唆す。

「主上はふたたび皇太弟を東宮に迎えられました。先の如くその言葉に従われるならば、殿下は帝位を継げますまい。さらに、皇太弟に害をなした吾らの命さえ危うくなりましょう」

「それならば、どうするべきか」

「詔をめ、『変事が出来しゅったいしているゆえ、すみやかに武装して非常に備えよ。召集に遅れて罪を得ぬようにせよ』と東宮の衛士に命じるのです。後のことは臣らにお任せ下さい」

 劉燦はその言葉に従い、詔と偽って劉義に従う東宮の衛士に武装を命じる。劉義は疑ったものの詔であれば従うよりない。

 劉燦からの報せを受けると、王沈は靳準とともに劉聰に言う。

「皇太弟は怨みを忘れず奸人の言葉に従い、不軌を図って衛士を武装させております。先手を打たねば変事が起こりましょう」

 劉聰が人を遣って東宮を探らせれば、言葉のとおり衛士はいずれも武装して物々しい雰囲気に包まれている。

 報告を受けると、東宮の衛士を捕らえるよう靳準に命じた。

 劉燦と靳準は禁衛の軍勢を率いて東宮に向かい、事態の分からぬ衛士たちを捕縛する。五千人に上る衛士を残らず穴埋めにして殺し、劉義を北地の行宮あんぐうに幽閉するよう勧める。

 劉聰は黙して勧めに応じず、王沈は劉燦に勧めて密かに人を遣わし、劉義を暗殺させた。

 劉義の人となりは忠直ちゅうちょく朴訥ぼくとつ、人物を愛して民に恵を施し、事を断じるに器量があり、士民はいずれも心を寄せていた。

 その劉義が故なくして死んだと知り、人々は驚愕して言葉もない。


 ※


 それより、東宮に血の雨が降って殿の階を真っ赤に染め、近寄れば血腥ちなまぐささが鼻を突いた。宮城の延明殿えんめいでんの瓦が落ちて一尺いっしゃく(約31cm)ばかり地に沈み、西明門せいめいもんも倒壊する。

 劉聰は報告を聞いて愕き、史官を召して理由を問う。史官が国家に不祥の事が起こったと言うところ、皇太弟がにわかに世を去ったとの報せが入る。

 劉聰はいぶかって言う。

「吾が弟は忠朴ちゅうぼくにして過失がなかった。天が朕を罪して災異を降さぬわけもない」

 そう言うと涙を流し、劉義の屍を先帝(劉淵りゅうえん)の傍らに手厚く葬るよう命じた。劉燦と王沈はその命を違え、劉義を先帝の陵墓ではない別の場所に葬った。後日、靳準が漢帝の陵墓を暴いた際、劉義の棺だけが害を免れたことは、天の報いというものであった。


 ※


 劉義の横死おうしより平陽には災異が重なり、東宮は理由もなく崩れて鬼哭きこくの声が夜に徹し、赤い虹が天にかかって日輪が三つに見える。そのうち二つは耳のような物があり、五色に輝いていた。

 劉聰が司天台してんだいに登って観れば、雷のような音とともに流れ星が現れて平陽城の西北角に落ちた。

 落ちたところを見れば、深さ三、四尺(約93~125cm)ばかり、広さは二丈(約6.2m)ほどの穴が開いている。その中には、豚に似て鋭い口ばしを持つ生き物があり、重さは五百斤(約300kg)もあった。翌日に見れば穴には子供の屍が伏しており、あたりには三昼夜に渡って哭声が聞こえた。

 劉聰は打ち続く災異を不安に思い、臣下を召して故を問う。

 游光遠ゆうこうえん程遐ていかの二人が言う。

「陛下が妃嬪きひんを寵愛し、忠義の臣を棄てて骨肉の弟を損なわれました。それゆえ、天は災異を降して陛下を驚かせたのです。すみやかに身を修めて天の怒りを鎮められれば、禍を転じて福となせましょう」

 靳準がそれに駁して言う。

「これは陰陽の気が整わぬがためのこと、人事が関わることなどあろうか」

 程遐も応じて駁する。

「いかにも天地の気が関わることである。しかし、この平陽でたびたび起こるからには、国家に関わらぬはずもない」

 議論が続くところに報せて言う。

「後宮にて劉皇后りゅうこうごうが蛇一條と獣らしきもの一匹を産み落とされました」

 劉聰が後宮に向かうところ、宮官が前を阻んで言う。

「蛇は一斗升のように大きく、獣は豹のようです。近づいてはなりません」

 衛士を召して矢を射かけさせたところ、傷つけることさえできない。

 蛇と豹は一斉に城外に逃れ出て西北角の流れ星が穿うがった穴に向かう。衛士たちがその後を追って穴に入ろうとしたところ、穴は掻き消えていた。

 劉聰が後宮に入って劉皇后に見えれば、皇后は目を見開いて叫んだ。

「陛下が妾を誤ったのじゃ」

 そう言い終わると事切れた。劉聰はその死を哀しみ、皇帝陵に屍を葬ったことであった。

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