第3話 出発準備

 ヨシオくんが転ばせないよう慎重に、二輪車のセンタースタンドを外す。

 そしてハンドルを手で押しながら庭先で大きくぐるりと展開させ、村道にからまたがった。

 ブーンブーンと空ぶかしの音が響く。

「うるさいよ」

 いくらこのムラの人たちが早起きだだといえ、時間はまだ5時台。

 男の子はこういうのが好きなものなのかはよく知らないが、あまり行儀の良いことではない。

「なんかさ、エンジン調子よくない気がしたからさ」

「ふぅん」

 通学カバンを牽引するリアカーに載せ、ヨシオくんの後ろに座ろうとしたときにあることにと気づいた。

「ヨシオくん、カバンは?」

「あ、いけね」

 慌ててサイドスタンドを立てて、ちょっとまっててと言いながら家の中に駆け込んで行った。

 さっきまでヨシオくんがまたがっていたシートへ寄りかかりながら玄関の引き戸をじーっと見つめる

 1分も立たずにそこから慌てて出てきたヨシオくんに何故か頬が緩んだ。

 今度こそしっかりと後ろにまたがりギュッと後ろから抱きしめる。

 それと同時に、スーパーカブの野太いエンジン音がひときわ大きくなり、地面がゆっくりと後ろへ進み始めた。

「そろそろエンジンオイル交換しないといけないかも」

 ヘルメットに取り付けたインカムからヨシオくんの声が聞こえてくる。

 後ろからは背中しか見えないから表情はわからなかったけれど、その声は憂鬱そうだった。

「それって大変なの?」

「作業は簡単だけど、バイク用のエンジンオイルが高いんだよね。もうガソリンで動くバイクを使ってる人なんてほとんどいないから」

「でもこのバイクってサラダ油でも動くんでしょ?」

 学校の友達にこの二輪車のことを話したことがある。

 そのあと外国人がこの二輪車で無茶なことをする古い動画を見せられた。

「それでも多分動くんだけど、エンジンにはあまり良くないんだよ。このバイクは少なくとも僕らが学校を卒業するまでは使うんだから、変なことはしたくない」

 動画の最後の滅茶苦茶に壊されたこの二輪車が脳裏に浮かぶ。

「そうだね」

 少なくともヨシオくんが大学を卒業するまではこの古い二輪車に頑張ってもらわないといけない。

 この時間はもう少し続いてほしい。

 今でも定期的に整備されている村道は砂利道とはいえしっかりと固められていて、揺れることは少ない。

 けれどなぜか振動が大きくなった気がして、ヨシオくんに捕まっていた腕に力がはいる。

「どうした?」

「ううん、なんでもない」

「そう?」

 前方から私達のではないエンジン音が近づいてくる。

 トラクターの運転台に知り合いの・・・と言ってもムラの人は全員お互いのことをよく知っているけれど・・・おじちゃんがいるのが見えた。

「今日もお熱いねぇお二人さん」

 すれ違いざまに、大きく開け放たれた窓から大声でそう言われた。

「なっ」

 あわてて睨みつけた先にはニヤニヤとした笑顔があった。

 11月のムラの朝の気温はかなり低いはずなのに、顔が何故か異常に熱い。

「オレとヨゾラは大の仲良しだからな」

 インカム越しだけでなく直接ヨシオくんの冗談めかした声が聞こえる。

「ちっ・・・ちがうから、変なこと言うなっ」

 回していた腕を解き、ヨシオくんの背中を突き飛ばす。

「ヨゾラ、危ないからやめろ」

「むぅ・・・」

「悪かった、調子に乗った俺が悪かったから」

 どうやら反省してくれたようなので、ポカポカと背中を叩くのをやめてあげた。

 村落をまわり、今日センダイへ出荷するものをリアカーを荷物へ集荷していく。

 コメ・ヤサイのほか、絞めたトリ・・・このホシカワ村は地鶏の産地として古くからよく知られていたらしい・・・なんかを、ホシカワムラの名前の入ったプラスチックの籠に乱雑に詰め込んだ状態で受け取り、ヨシオくんが隙間なくリアカーへ積んでいく。

 「商品」預かりにいくたびに、ムラの人たちから先程のトラクターのおじちゃんと同じようなことを言われ、ヨシオくんの冗談めかした声が聞こえ、私の体温が何故か上がる。

 毎日の恒例行事だからどうしても気づいてしまう。

 ムラの人たちと、そして・・・私は本気だ。けれどヨシオくんは・・・

 満載になったリアカーを牽引して「学校」へ向かう。

 前をぎゅっと抱きしめる。ひんやりとしたそれに自分の熱がそこへ吸い込まれていくようだった。

 ムラの外れ、そしてムラの外へ続く道のそばにあるムラの中では珍しい鉄筋コンクリートの3階建ての建物。

 私達がここで授業をうけるわけではない。そして「学校」の建物の中には誰も久しく入っていないらしい。

 少し前まで・・・と言っても10年以上前のことだと思うけれど・・・ムラの外から先生を読んでここで授業をやっていたらしい。

 もう昇降口は塞がれ、割れた窓ガラスはその上から板で塞いである。

 廃校となった「学校」へやってきた目的は、田舎らしく広大なグランドへ駐車されている4台の自動運転車。

 私達はこれから2時間かけてムラから出荷する商品とともにセンダイの街へ向かうのだ。

 そのうち1台の助手席側の扉に取り付けられたカメラを覗き込み、ドアロックを解除して中に入る。

 助手席側コンソールから、すべての車のエンジンの始動させるとともに2号車と3号車のトランクを開くと、ヨシオくんの積み込みを手伝うために再び外に出る。

 ムラの他の人達は鍵が必ずかかるようになっているこの車が嫌いらしい。確かに、初めて街へ出たときみんな車や家に鍵をかけることを知って驚いた。

 ただ私はそっちのほうがいいと思った。何かものをなくしたときに、他の人を疑わずにすむのだから。

 4台のうち2~4号車は街を走る普通の車と同じような自動運転車で、ミニバンタイプではあるのだけれど座席はなく、車内すべてが荷台となっている。

 2号車はただに荷台になっているけれど、3号車は冷蔵~冷凍の温度調整機能がついている。

 4号車はムラのトラクターや水素発電機を動かすための水素を運搬するための特殊なボンベを積んでいる。昨日帰ってきたときにムラのボンベへ移し替えているから今は空だ。

 このなかで変わっているのが1号車で人が運転を行うためのハンドルを備えた運転席がついている。ほかには、運転席と助手席を含めて8人乗れる座席と、貴重品を輸送するための金庫がある。

「携行缶は今日使う?」

 バイク用のガソリンを街から運んでくるための赤い金属製の平べったい箱を指しながら私はそう聞いた。

「この間買ってきたばっかりだから使わない。奥の方押し込んじゃって」

「わかった」

 2人で協力してまず2号車へ荷物を積み込む。

 次に冷蔵に設定した3号車へ。冷蔵で運搬すべき商品を積み込んでいくのだけれど、今の時間だと外気温のほうが低い。起動したばかりにもかかわらずすでに設定温度の10度を指す庫内の温度計をみてなんとなく理不尽な気持ちになった。

 4号車は往路は空荷で走行するから何もしない。

 ヨシオくんがすべての荷物を自動運転車へ積み終えた二輪車を1号車の後ろに止めてエンジンを切る。

 そしてキーを指したままにして、ヨシオくんが運転席へ向かうのを横目で見ながら、私は助手席へ乗り込んだ。

 

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