13

 遠くから声が聞こえてきた。

「……ゴー……。……ゴー・ゴー……。……しょうじ」

 どこかで聞いたような声だった。

 昇二はロッカーからぺっと吐き出された。床は埃だらけでひどく冷たかった。もう起きあがれなかった。二度と起きあがりたくなかった。

 うっすら目を開けると、ミニスカートから突き出た生足がずらりと並んでいるのが見えた。更衣室は101匹チアガールで満たされていた。

「しょうじ、ゲロッパ!」リーダー格のチアガールが言い、矢継ぎ早にカウントを取った。「ワン・ツー・スリー・フォー!」

 どこからともなく、チダッ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダッ、とバンドがリズムを刻むのが聴こえた。リーダー格のチアガールと他のチアガールたちが、コール&レスポンスで歌いながら踊りはじめた。

「ゲロッパ!」

「ゲロンアップ!」

「ゲロッパ!」

「ゲロンアップ!」

「ステイ・オン・ザ・シーン!」

「ゲロンアップ!」

「ライク・ア・セックスマシーン!」

「ゲロンアップ!」

「うるさいうるさいうるさいっ!」

 昇二は腕を振りまわしてやめるように訴えた。おちおち倒れてもいられなかった。

 ところが、息を切らしながら顔をあげると、そこにはチアガールたちの影も形もなかった。昇二は、狐につままれたような思いでその場にへたり込んだ。

 外はまだわずかに明るさが残っていた。校舎の方はやけに静かで、もう誰も残っていないかのように感じられた。

 突然、これ以上無理だという思いが昇二の全身を貫いた。

 弱い炎で焼かれ続けるような毎日だった。もう終わりにしたかった。今すぐこの苦しみから解放されたかった。

「ここで何をしている」

 実は小説家の用務員だった。手に赤いポリタンクを持っていた。

「あの、別に」

 昇二は、ロッカーに閉じ込められたのだとは言えなかった。

 実は小説家の用務員は、ポリタンクを床に置いて軽く手を払うと、まるで海にでも臨むかのように悠然と狭い更衣室を見回した。

「ずいぶん前からこの建物を処分するように言われててね。建て直すのか別のことに活用するのか、その辺のことはよく知らないが」

「はぁ」

「それでようやく重い腰をあげたってわけだ。方法も任されてる。ガソリンで一発だ」

 実は小説家の用務員はポリタンクを指して言うと、手ぶりで爆発を示した。

「それって……」

「じゃ、あとは頼んだ」

「え?」

 実は小説家の用務員は、昇二の足元にライターを転がすと、更衣室から出ていくところを見た気もしないうちに消えてしまった。

 学校を燃やさねばならぬ。

 昇二は唐突に悟った。そうするより他にどうしようもなかった。

 ポリタンクのふたを開けて中身を撒きはじめると、更衣室はすぐにガソリンまみれになった。量は十分にあったので、床に垂らしながらフロアに出た。

 残りをそこら中にぶちまけると、昇二は空になった容器を投げ捨ててライターを取り出した。三回かちかちやったところで火がついた。ためらいはなかった。昇二は、ちょうどガソリンが途切れた辺りにそれを放った。

 フロアに落下するよりも前だった。オレンジ色の炎がぽっと生まれ、瞬く間にわっと膨れあがった。炎の絨毯が体育館のフロアに波のように広がり、先端が更衣室に向かって伸びていった。

 炎が更衣室の中に侵入すると、一瞬おいて中で爆発が起きた。揮発したガソリンが充満していたのだ。

 昇二は衝撃で吹き飛ばされ、床に後頭部を打ちつけた。目の前が暗くなった。

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