毒親育ちが転生しそこなって普通に進学したら絶望しかなかった

つくお

 ある朝、蓮正寺昇二が不吉な夢から目覚めると、自分が醜くて哀れな高校一年生になっていることに気がついた。嘆く暇もなかった。昇二は何者かに足を引っ張られ、ベッドから乱暴に引きずり出された。足を引っ張っていたのは彼の両親だった。

「着替えろ!」父親が命じた。

 母親が制服一式を用意していた。

 昇二は両親を振り切ってトイレに駆け込み、学校に行きたくないと訴えた。無駄と知りつつ、小学校と中学校を通して九年間訴え続けてきた主張だった。高校生になった今年でそれも十年目に突入していた。

「引きずってでも連れていくぞ!」

 父親は、胴間声を響かせながら借金取りのように容赦なくドアを叩いた。

「ここを開けろ! ひどい目に遭わせるぞ!」

 繰り返し恫喝されると、昇二はやがて恐怖に耐えきれなくなって鍵を開けた。

 トイレから無理やり引きずり出された彼は、委縮した体に制服をすっぽりと被せられ、フレームが曲がったまま直していないメガネをかけられ、押しつけるようにして通学鞄を持たされた。教科書とノートは母親が勝手に準備していた。

 拉致されるようにして車まで引きずってこられると、昇二は助手席に放り込まれた。

 父親は車を急発進させた。

「学校はどうだ」

 そこに行きたくないと言って五分と経たないうちに、そんなことを訊いてくるのだった。昇二には父親の思考回路がどうなっているのか見当もつかなかった。

「別に」

 他に返事のしようもなかった。うっかり意にそぐわないことを言えば、また怒鳴りつけられるだけなのだ。

 父親と二人きりの車内は、まるで沈没船のように息苦しかった。

 昇二は、数日前の入学式の朝に感じた底なしの憂鬱を今またはっきりと感じていた。まるで刑務所から別の刑務所へと移送されているような気分だった。それは何の罪も犯していないのにぶち込まれる刑務所であり、刑期も不当に三年追加されていた。はじめから何の希望もなかった。

「言っとくが」父親が吐き捨てるように言った。「お前なんかみんなに変人と思われてそれでおしまいだからな」

 昇二の保護者を自称するこの男は、さらに不滅の決まり文句を付け加えた。

「お前のために言ってるんだ」

 父親は、このままでは遅刻だから学校まで送ると言い出した。昇二はあわてて最寄り駅で降ろすように頼んだ。他の生徒に見られたらからかいの的になること必至だからだ。当然のごとく、父親は息子の意見になどまるで耳を貸さなかった。

 昇二の高校は城下町を見下ろす高台の上にあった。地元では名門とされる歴史のある公立高校だ。この高校に進学することは両親のたっての希望だった。昇二自身は高校などどうでもよかった。

 車がけたたましいブレーキ音を響かせて正門前に停まると、昇二は助手席から吐き出されるようにして転げ落ちた。車は急発進してあっという間に見えなくなった。

「おい、メガネ!」

 鞄から飛び出た荷物をかき集めていると、上から怒声を浴びせられた。付き従うような笑い声があとに続いた。見上げると、各階の窓のところに全校生徒が鈴なりになって群がっていた。

「寝癖くらい直してこい!」別の誰かが言った。

 生徒たちはどっと笑った。

 誰かが昇二を狙ってサッカーボールを投げつけると、それは見事に顔面に命中した。

 それを皮切りに方々から色々なものが飛んできた。食べかけのパン、薄汚れた上履き、黒板消し、パイプ椅子、スパイク、口の開いたペットボトル、デッサン用の石膏像、かつら、便座、生ゴミ、野球のバット、ビート板、スケボー、花瓶、刃の飛び出たカッター、プランターなどなど。

 昇二は身をかわそうとして、逆にすべてに当たることとなった。

 遅れて飛んできたシャーペンが、ダーツの矢のようにして額に突き刺さった。ひと思いに抜き取ると、まるで漫画のように血がぴゅううと噴き出た。生徒たちは一斉に笑った。昇二は完全に見世物になっていた。

 標準的な一日の出だしだった。

 世界は限りなく広いのに、逃げ場はどこにもなかった。それが蓮正寺昇二の高校生活であり青春だった。こうなったら行くところまで行くまでだ。

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