陸 森の中で


「……」


「……」


無言で先方を歩くユウ。

その背には、一人の少女が後を歩いている。

しかし両者の間に会話は無く、風の抜ける音か、あとはときより響く鳥か虫かの鳴き声しか聴こえなかった。



やってしまった…



そんな中、ユウは内心そう呟き、そして自身の頭を抱えた。

なにを思ったのか、自分は大勢の前で紅い瞳この目を晒してしまったのだ。

もはやフードで隠しただけでは彼は魔族なのかと疑いの目をかけられるだけとなる。


「——それで、なぜ付いてくる?」


突然、後ろを歩く少女に向かい、ユウは言った。

それに少女は戸惑いを見せる。


「え、えっと…付いて行っていると言いますか…そっちが行き先…です…」


だんだんと細くなる様に答えられたそれに、ユウは再び、なにをやっているんだ自分は、と溜息を吐いた。

しかし、それは自分に向けられたものだと勘違いしたのだろう。

少女はさらに縮こまる事となった。


「……」


それに気づいたユウは少し思うところもあるのか、頭を掻くようにして思考する。

そうして暫くした後、ユウは彼女に手を出した。

だが対する少女の方は、突然の事に、頭上に疑問符を掲げている。


「——咲渡さきと ゆう....いや、勇 咲渡ユウ・サキトと言うべきか。俺の名だ。——まあ、結果的には俺がお前を巻き込んだ事になる、悪かったな。」


それにやっと何事か気がついた少女は、その手を取り、こう答えるのだった。


「いえ、そんな…——スノー・リフサインです。さっきは、とても助かりました、ありがとうございます。」


そう答え、静かに微笑むのだった。





「えっと、サキトさん? の受けた依頼内容はどう言ったものですか?」


その言葉にユウは眉をひそめる。

敬語に、そして“さん”、つまり敬称をつけられた事に非常に強い違和感を覚えたからであった。


「ユウでいい、敬語もやめろ。——俺はゴブリン3体の討伐だ。なぜだ?」


「ええっと…私は、桃源草とうげんそうの採集なんですが、どの花かわからなくて…」


「それだ。」


「え?」


ユウが指差した先を見て、スノーのみが立ち止まる。


「桃源草は治癒ポーションの原料、単体だとモルヒネ…いや、麻薬と同じような効果もある。


「こんなに簡単に生えてるものなんですね....」


そう言いながら手早に抜き取られた桃源草。

それを持ちながら駆け寄ると、ユウは応えた。


「——いいや、あんな形で生えてるのは稀だ。運がいいな、タイミングも。だがもう見つからないだろ。それはすこし深いとこに行かないと見つからないはずだ。——と言っても、俺も現物を見たのは初めてだがな。」


「へぇ…ユウさんは、遠いところから来たんですか?」


「——まあ…そうだな…もう帰れないくらいには遠い。」


そう呟くように言ったユウの目が、少し寂しそうにしているのをスノーは見たのだった。

だが、かける言葉が見つからず、黙り込む。


それを最後に、暫くの沈黙が訪れた。

だが、それは一つの奇声に破られる事になる。


「ギィ!」


甲高い声。

それと共に出て来たのは、子供の様に小さな、人型のものだった。

しかし、その顔は醜悪で、腹がプックリと出ており、肌は緑色である。


——ゴブリン。

自然界に広く生息するヒト型の生物。

群れで活動する事が多いが、多くの場合リーダーは存在しない。

また、比較的知能は低いとされているが、武器を持ったり、防具を着たりする習性が存在する。

いずれも人間から奪ったものや、木の棒を用いる事が多いが、その割には”道具を使う“という行為はあまり行わない様で、なぜ武器や防具を使う、と言う行為のみを行えるのかが未だ不明な生物である。


「…ッ」


スノーがダガーナイフに手をかける。

しかし、ユウはそれを手で止めると——



ジリッ…



数発の雷を放った。


「ギッ…」


一度に数本放たれたその電撃は、三匹の内、一匹のみに命中する。

間も無くして倒れ、そして痙攣する仲間を見て、ゴブリン達は逃げた。


「チッ…」



ジリッ…



舌打ちをしたのち、再び数発の雷を放つ。


「ギッ…」


それは、またしても一体のみに直撃し、もう片方には完全に逃げられてしまった。


「凄い…一撃で…」


スノーはそれに感心の言葉を零す。


「別に大した事はしていない。全然当てられてない点で魔力の制御がまだ追いついていないから、態々抑えて撃った意味が無くなった。」


魔力——それは、魔法と呼ばれる力に大きく関わる要素の一つ。

体内に存在する魔力器官と呼ばれる臓器に貯蔵されており、大気中又は水中に存在する魔素マナ、そして、属性粒子と呼ばれる脳から分泌される粒子とが合わさり、初めて《魔法》となる。


理由は未だ不明ではあるが、属性粒子は何故か枯渇しない。

枯渇するのは魔力の方であり、魔素は大気中や水中にも溢れているため枯渇する事はまず無いのだ。


「ええっと…つまり、今のはかなり力を抑えていたって事ですか…?」


力を抑えても尚一撃。

いくらゴブリンとは言え、その言葉にスノーは驚愕せざる終えなかった。


「そうだが…違うとも言える。」


「どう言う意味ですか…?」


「圧縮だ。」


「圧縮…?」


「魔法というのは圧縮できる、当然範囲は小さくなるが、同じ魔力消費量でも、威力を飛躍的に向上されられる。これで少しは節約される。」


「そうなんですか…」


知らなかった、そう続くような言葉を漏らし、スノーは依然変わらず感心した様子でユウを見ている。

その様子に、若干の不信感を抱いたユウは、率直な疑問をぶつけた。


「——そんな事も知らないで、魔術士だったのか?」


「へ?」


スノーがキョトンとした顔でユウを見た。


「私、魔術士じゃないんですが…」


「——待て、じゃあなんでダガーナイフ一本なんだ。」


「えっと…何故でしょう?」


アハハ、と続けるスノーに対し、ユウは溜息と共に頭を抱える。


「もういい、こいつを使え。必要無いし、やる。」


そう言いながら、ユウは腰から下げている、傭兵から奪った剣を彼女へ手渡す。


「そ、そんな…」


「俺は魔術士…みたいなものだからな、売却を考えていたんだ。せっかく助けたのにここで死なれても後味が悪い、いいから取っておけ。」


「ありがとう…ございます。」


「桃源草の方はどうだ?」


「おかげさまで全部揃いました。」


そう言いながらスノーはユウに5本の桃源草を見せる。


「そうか。なら早く、さっき逃げたあいつをやって、帰るか。」


そういうと、先程ゴブリンの逃げていった方まで走っていった。





「湖…ですね。」


「ああ。」


ゴブリンを追い、森の奥へと進んでいったユウ達は、開けた場所に出た。

そこは中心に巨大な湖を据えた広間で、端の浅瀬では温厚な草食モンスターが口を水に突っ込んで、水を飲んでいるの様子が確認できる。


「こっちに行ったはずなんだが……ん、いたな。」


岸から少し離れた場所。

そこで、浮いた丸太の上に乗った数匹のゴブリン。

それが、こちらに向かって威嚇をしている。


「どうしましょうか…?」


「魔法で狙撃する。」


ユウは短くそう答えると、左手で右腕を抑える様にして前に出した。

そしてゴブリン達の方にそれを合わせると——



バシャアアアンッ!



雷魔法が放たれる事なく、巨大な水飛沫が舞った。


「!」


ユウは途端に手を下ろす。


すると、そこには巨大な、大量の触手が浮かび上がっていた。


「クラーケンか…」


水中から飛び出したそれを見て、ユウが小さく呟いた。


——クラーケン。

湖などに生息する中型の淡水モンスターで、8本の触手と、巨大な口を持つ。

目は口の周りにあり、上を向くようにして待ち伏せをする。

その性質上、狩も基本的に待ち伏せであり、水面にすら届く、約10mにも及ぶ巨大な触手を伸ばし、上方に来た1〜2m程の生物を捕食する。

その捕食対象に人間が含まれている事は、言うまでも無いだろう。


「気をつけろ、引きづり込まれたら脱出は——ッ!?」


突然足を引かれたユウは言葉を切った。

そして、自身の身体が宙に浮いている事に——いや、足に絡みついた触手が持ち上げている事に気がついた。


「なにッ…」


すぐさま雷刃を形成し、触手を切り落とすと、地面に着地する。

彼が受け身をとった地面に、雷が流れた。


「生態上こんなに好戦的じゃ無いだろう。一体なぜ…! お前は下がれ、こいつら何かおかしい!」


スノーへそう呼びかけ、後ろを見るが——そこにいるはずの彼女の姿が見当たらない。


「まさか…!!」


ユウは湖を振り返る。

暴れる水面に、そこから飛び出る幾本の触手。

その状況に奥歯を強く噛み締めたユウは、そのまま湖に飛び込んだ。



バンッ



水中で、鈍い様に響いたその音ともに、ユウの周囲が雷で瞬時に照らされる。



居た、あそこかッ…!



スノーを発見したユウは、そこまで泳いでいく。


「くッ…!!」


迫り来る触手。

それらを雷刃で切断しながら、スノーを掴んで逃げる触手を追いかけていく。



こいつら…くそッ、キリがない…!



そう思ったところで、その触手が止まる。


「!」


そして、眼前に青白く光る幾多の眼光が見えた。

と同時に、それが囲うようにしていた中心から、おぞましく開かれたクラーケンの口。

それがユウの視界を覆い尽くす。


クラーケンは、そのままユウを飲み込もうとしたのだった。

ユウは、それに歯を食いしばる。



触手じゃ掴めないと判断して、直接食う事を選んだか…だが——



バチバチバチッバチッ!!!



ユウが前方へ掌を差し出すと、巨大な雷の音が響き渡る。

そして——



ドォンッ!!



轟音とともに、黄金色の光線が放たれた。

それは、クラーケンの右半身を抉る。


「ギィイイィイイアアアアアア!!!」


水中でも聞こえるその断末魔の咆哮に、しかしユウはその奥歯を噛み締めていた。



外した! 致命傷には至っていないか…!

だが——次は当てる…!



ユウは再び手を前に出す。

そして——



ドォンッ!



再びの轟音と共に放たれた黄金色の光線。

それは、クラーケンを貫く。

下へと沈んでいくクラーケンの死骸を他所に、触手を切り離し、スノーの身体を抱き上げた。



気絶してるのか…少しマズいな…


「ッ!?」


そう考えていると、こちらに迫りくるクラーケンの姿を確認で来た。



こいつら…!!



迫り来る触手達を斬り落とし、処理していくユウだが、それでも片手では手に余る。

やがて、彼の呼吸も限界に迫ってきていた。


「!」


気を取られていると、目の前にはもう巨大な触手が。



間に合わないッ…!」



そう思い、瞼を固く閉じたその時だった——



ジリッ…!



無意識に展開された蒼い雷は、球形に。

彼等を包み込むようにして形成されている。

それに触手が触れるたび、それは真っ黒に焦げ、すぐに引っ込んだ。


ユウはこれを最後のチャンスと、水面へと向かって必死に足を動かす。

そして——


「ぶはッ!!」


水面に出るなり大きく息を吸い、肺に空気を込める。

未だに展開された雷球により、クラーケンは手を出せない状態にあり、それを好機とユウは岸まで泳いで行った。


「ハァ…ハァ…ハァ…」


ビチャビチャッ…と、マントの吸った水を垂れ流しながら、地上へと上がったユウは、息を荒げたままスノーの身体を下ろした。

そして身体を地面に預ける。



「ハァ…ハァ…ハァ…二度と…水中では戦わない!」


誓うようにしてそう言葉を投げると、ユウは暫くそのままで、やがて呼吸を整える。

そして上体を起こすと、未だにピクリとも動かぬスノーに対し違和感を覚えた。


「....! まさか....!!」


瞬時に状況を理解したユウは、スノーの口に耳を近付ける。


「やっぱりかッ…!」



呼吸がない…!



ユウは右手の甲に左手を乗せると、それを彼女の胸に当て——押す。

十分に胸が上がるのを見て押すのを繰り返していく——心肺蘇生を試みた。


「チッ…!」


その額に汗が張り付く。


ユウは彼女の顎を少しあげると、鼻をつまんで、その唇を重ねる。

そして、口から空気の漏れぬ様に完全につけると、息を吹き込んだ。


それを二度、行うと再び元の姿勢に戻り、胸骨圧迫を続けた。

すると——



ドスンッ



「ッ…!」


突然地面が揺れた。

それに動揺しつつも、ユウはその手を止めない。



ドスンッ


ドスンッ


ドスンッ



その振動は、一定のほぼ間隔で伝わってきており、さらに近づいてきている。

それが足音である事などもはや言うまい。

そうしているうちに、遂に足音の主が姿を露わにした。


「グルォォォォオォオオ!!」


巨大な咆哮が耳をつんざく。


「ジェネラルオーク.....」


手を止める事無く小さく口ずさんだのは、眼前に聳えるモンスターの名だった。


——ジェネラルオーク。

オークは、ゴブリン、ボゴブリンと似たような生態を持つが、その違いの一つとして群のリーダーが存在することが挙げられる。

そして、複数の群れが統合される際、互いのリーダー達が次のリーダーの座を巡って争い、生き残った一体がその座に着くことが出来るのだ。


ジェネラルオークとは、この過酷なリーダー争いを幸運と実力によって幾多も勝ち残り、そしてその座に着いた個体の事であった。

通常種とは桁外れに大きな体躯に、闘いが身につけた“知恵”。

その危険度は通常種とは比べ物にならないほど跳ね挙げられ、Bランク冒険者達が、4、5名で極めて相性のいいパーティーを組み、討伐を敢行するほどだった。


「あいつ…笑ってやがる…」


そう、ジェネラルオークは、あろうことか動けぬユウを見て、その口角を上げていたのだった。

当然、何をしているかなどわからないだろう、おそらくは仲間の死に悲しみにくれている、と言ったところだろう。


体長3mはあろうか、その巨体が、大木とも取れる巨大な棍棒を振り上げる。

ユウはそれに歯を食い縛った。

その瞳が緊張に輝く。



——雷魔法は磁場の形成が可能だ…あの大きさ、かなりの魔力を要するが…行けるか…!



高速で迫る巨大な金棒。

それが、ユウの頭を叩き潰す直前である。



バシンッ…!!



直撃する寸前に、何かによって逸らされた軌道。

棍棒が、彼等のすぐ隣で砂埃を巻き上げる。


「成功…ッ!」


紅い瞳を輝かせ、これを好機とユウは大量の雷を飛ばした。


「グルォォォオ!!」


オークは、それに嫌がる様に、棍棒を手放し、後ずさる。

すると——


「げほッ…げほッげほッ…!」


水を吹いて、スノーが咳き込む。

ようやく、スノーに意識が戻った。



よし…!



素早く立ち上がったユウは、急速にオークげ接近すると、両腕に雷刃を形成して、それを振りこんだ。

まずは踵に差し込まれたそれは、アキレス腱を切断。

間も無くしてその巨体がバランスを崩し、音を立てて膝をついた。

その足を踏み台に、背に登ると、その背を斬りつけながら背を駆け上がっていく。

そして、上まで行くと、肩を蹴り、宙を舞った。

頭上で燦然と煌く黄金の刃。

それを全力で振り落とした。


しかし——



カンッ…!



一瞬で作り出されたガラスの盾の様なもの。

それに雷刃を突き立てると、突き刺したその先が消えた。


「チッ…!!」


手を引いて、もう一度形成するなりそれを叩きつけるが、いずれも同じ結果に終わる。


「くそッ…!」


防御魔法、今のユウではこの魔法を雷刃で貫くことはでき・・・・・・・・・・ない・・

ならばとユウは肩から飛び降りる。

そして——左掌を向けた。


「持ってくれ…!」



ドォンッ!!!



轟音と共に放たれた黄金の光線は、防御魔法をいとも容易く貫き、そしてその頭をも貫き通す。

間も無くして、オークが膝から崩れ落ちた。


「ハァ…ハァ…ハァ…!」



ジェネラルオークは…腐っても群のリーダー…!

早く離脱しないと…囲まれる…!


息を切らせ、スノーの元へと向かおうとする。

しかし、それは叶わない。

ユウは何かの拍子にバランスを崩し、その身体を地に横たわらせた。


「くそッ…ここまで…かッ…!!」


視界に、黒い霧の様な物が立ち込める。

頭はボーッとし、身体が言う事を聞かなくなった。

薄れる行く視界。

しかし彼は何をする事も出来ずに、その瞳を閉じたのだった。

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