第七話 『酒の力?』

 捕縛した対象が対象であるだけに、俺たちは寄り道もせずに真っ直ぐ隠れ家へと帰ってきた。捕縛した貴族はエボニーさんに引き渡し、手に入れた情報の対価にそれなりの報酬を得る。


 詳細が気になるところではあったが、下手をして知らなくていい情報を知りたくはない。あとは上に任せればいいだろう。


「ふぅー……思っていた以上の大仕事になったな」


 現在はエボニーさんの酒場で軽い料理と、ワインを飲んでいる。他のメンバーも仕事を終えて帰って来たのか、少し賑やかだ。


「センパーイ! センパイのクセにアタシより力が弱いなんて、どうなんでしょうねぇええええー!!?」


 ……始まった……。


「種族的な差だろ」


「ぶっはぁああああー! せんぱーい! そんなんじゃあ、いつまでたっても結婚できませんよー? そこんとこ、解ってるんですかぁあああー?」


 ダルメスは……異常な程に酒癖が悪い。酒を飲む量は凄まじいから、弱いという訳ではないのだろう。

 ただし、この状態になるまでが兎に角早いのだ。そして酒を飲むスピードが上がる。


「結婚するつもりは無い」


「ぷっ! 『結婚するつもりは無い』、キリッ! カッコイイですねぇー! そんなんだから、今もずっと童貞なんですよぉおおー!? いくじが無いんじゃないですかぁー!?」


 ……このアマ、本当にぶち犯してやろうか……。


「ほらほらぁ! センパイの大好きなアタシの角ですよぉー? もっと近くで見たいんじゃないですかぁあああー!?」


 背後からのしかかってきて、俺の肩越しから自身の角を見せてくるダルメス。酔っているせいで羞恥心が消えているのか、背中に押しつけられた胸がぐにぐにと形を変えている。


「おおっと! オレたちぁその体にも興味があるぜェ!」


「ひゃっ!?」


 背後から誰かに尻でも撫でられたのか、ダルメスが小さく悲鳴を上げながらビクリと反応した。感覚が無くなっているわけではないらしい。


「ひゅー! 良い尻だ! それを押し付けりゃ、ゼルの旦那もイチコロだぜ!!」


「……次やったら、殺しますよ?」


「ハイッ! すいませんした!!」


 背後からそんなやり取りが聞こえてきて、俺の背中からダルメスの温もりが離れて行った。……と思っていたのだが……。


「ゼルセンパーイ! 前の席が空いてるじゃないですかぁああ! 一人身は寂しいですねぇえええ!」


「――っ! おいっ、何するつもりィッ!?」


 俺の座っていた椅子を引いたかと思えば、膝の上に座ってきた。


――コイツ、一体何考えてやがる!


 咄嗟にダメルスをどかそうと手を動かしたが……腰を掴んでいるのにピクリとも動かない。酔っ払いが何も考えてないという大原則を思い出し、俺は諦めた。


 俺じゃあどうやっても、力ではダルメスに敵わない。これでも俺はベテランのシーフだ、一瞬でも腰を浮かせられれば脱出できる。

 それならやる事は一つ。俺は両腕を前に伸ばし――わし掴み!


「ひうっ!? ……あれあれぇ? もしかしてお母さんが恋しくなっちゃったんですかぁあああ? 童貞のくせに幼児退行までしちゃうなんて、恥ずかしいセンパイですねぇえええー!!」


 ……?


 俺はダルメスの胸を掴んだまま、にぎにぎしてみたり、上下に揺らしてみたりと動かしてみる。先程後ろの男が尻を撫でた反応からして考えるに、酔っ払いダルメスはセクハラに弱いと思っていたのだが……。


「――ッあっ! んんっ!! ……っはッ! もしンっ! かして、あっ! アタシに欲情しちゃったんですかぁあああー!? ひあっ!?」


「いや? あんまりしてないぞ。お前の角と瞳を見てる時の方が興奮する」


「とんだ変態ですねぇええええええー!!! センパイは、性的倒錯者なんですかぁあああー!!?」


 ……腹が立ったので、前方へと強めに引っ張ってみる。


「ひゃああああッッ!?!? ンくッ!! ハァ……ハァ……」


 ここまでしても腰を浮かせないとは……胸は脂肪のせいで抵抗が強いのかもしれない。


「……ナァーザ、アーザ、ハスティー、クトゥー。そろそろヤバそうだから、あの子ら引きはがしてくれるぅ?」


「「「「はーい」」」」


 エボニーさんの声に反応した、ラミアのウエイトレス四人がやってきて、ダルメスを引きはがしにやってきた。俺もその手伝いをする為に、ダルメスのでかい尻を押してやる。


「ふッン!?!? まッ……! っイッ――!?!?」


 ラミアのウエイトレス四人の力もあってか、ビクリと体を跳ねさせてダルメスは膝から離れてくれた。最初の男がやったように、弱点は尻なのかもしれない。


「おっ、おもぃい」


「ダルメス様、自分の足で立ってください……!」


「ちょ、ちょっと腰と足が震えて……」


 俺は溜め息を吐きながら、床にへたり込みそうになっているダルメスに肩を貸してやる。ラミアさん達の力を借りながら、ダルメスを向かいの椅子に着席させた。

 俺は懐から煙草を取り出し、火をつけながら言う。


「だから言っただろ、お前も酒は控えろって」


「うぅー……センパイのそれ、今日何本目なんですか?」


「……知らん」


「エボニーさーん! アタシも赤ワイン追加で下さーい!!」


「おまっ! まだ飲むつもりなのか!!」


「ゼルセンパイが煙草を控えたら、アタシもちゃんと控えますよーだ! セ・ン・パ・イ!」


「……ふぅー……まっ、今日くらいはいいか……」


 新しいワインを大きなグラスで飲み始めたダルメスを見ながら、俺はそう呟いた。真正面に座っているダルメスの紅い瞳は半分座っているが、やはり綺麗な目をしている。

 白い角と、その付け根にも目を引かれる。こいつが居れば、酒の肴には困らないだろう。


 復讐対象を探すために入った世界なのだが……案外……今の生活も悪くないのかもしれない。


「おっと! 手が滑っちまったぜ!!」


「……フンッ!」


「――グハァッ!」


 通りすがりにダルメスの胸をタッチした新人メンバーだったが、ダルメスに殴られて吹っ飛び、壁の近くで伸びている。

 ……やはりダルメスの胸は、反応が鈍いのかもしれない。


「ナァーザ、ハスティー、あっちのバカ。大部屋まで運んでおいてくれるぅ? 精気も死なない程度に吸っていいわよぉ」


「「はーい」」


 ダルメスに殴られて気絶している男が、酒場から運び出されていった。その光景を見ながら、再度思う。



 ――こんな空気も、悪くない――。



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エボニーナイトホーク 龍鬼 ユウ @Nikolai-2543

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