第46話 鎧人と狩人(鎧狩)

 俺は見ていた。何も恐ろしくないと虚勢を張って、枯草の上に転がる仇の首を見ていた。

 たった今、何年もの執着に決着をつけた。この男を殺せば、鎧狩を続ける者は出てこないだろう。


 長い悲しみも終わる。


 小さく息を吐き、血で汚れた掌を裾で拭くと、後ろを振り返った。うずくまる養女と狩人の青年が、いっぱいに目を見開いて俺を見つめている。

 青年は仇である狩人の手下だ。山中で行き倒れていた所を養女が助け、俺が身元を預かっていた。

 いつ仲間を裏切ったのかは知らぬが、二人とも狩人に斬られる寸前に発見し、俺は割り込んで仇を討った。

 養女と青年は傷だらけだった。

 養女の鎧腕は手首から肘まで深く抉れ、ひしゃげている。青年は顔を青く腫らし、顎と胸元を血で濡らして、浅い呼吸を繰り返していた。


 俺が歩み寄ると、養女は青年の前に出た。

 養女は青ざめた顔で、アザカミを見た。


「彼も同じようにするの?」


 青年は諦めたようにかすかに首をふり、養女に囁いた。


「彼は私達を逃がしてくれました。他に狩人はおりません。私にも責はある、このまま、最初からなかったものとして、置いていって下さい……!」


 養女は頭を下げた。

 秋の終わりに集落を抜けるということは、寒さと飢えに晒されることを意味する。


「やめてくれ。彼女を連れていってくれよ。何も、知らせていなかった」


 青年は強い口調で言うと、激しく咳き込んだ。

 甲が割れた手を養女の鎧手に添え、虚ろな目で俺を見ている。


 この二人に、なんの言葉をかけられるだろう。


 青年は鎧狩に加担し、俺達を苦しめた一因。

 養女は鎧狩に会わず、しかし鎧人に親を殺された。


 狩人は憎むべき敵だ。

 しかし二人には、狩るもの、狩られるものの繋がりは無い。ただ出会い、共に過ごす中で親しんできたに過ぎない。

 それに、アザカミには青年をどうしてやろうとも思えなかった。仲間に虐げられ、本心から望んで鎧狩をしているのかも分からない青年を、話も聞かず置き捨てる事は出来なかった。


「……今は、何も聞くまい。来るがいい、猟師の小僧」


 絞り出すように言うと、肩の力が抜けた。

 狩人に何度も襲われ、恩人を失い、戦に巻き込まれながら仲間とさすらった日々が、脳裏を駆け抜けた。心には冷たい風がひゅうと吹きぬけ、胸がからっぽになったような心地で、浮いた悲しさばかりが残った。


 アザカミの言葉を聞いた養女は、勢いよく頭を上げると、夜空の色をした目からほろほろと涙をこぼした。青年は、肩を震わせて泣く養女の背中を、やさしく叩いていた。


 これでいいんだ。


 目が潤む。俺はまばたきをして誤魔化した。

 涙など枯れ果てたと思っていたのに、どうしてまだ出るのだろう。


 アザカミは涙を押し込めるようにまぶたを閉じた。一筋、涙が目尻からこぼれる。雪混じりの冷たい風にさらわれて、灰色の空に消えてしまった。




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