第15話 婚姻(鎧狩)

「まったく散々だよねぇ」


君もそう思うだろ?と青年はじっと少女の目を覗き込む。

少女は、今にも首を掻き斬らんとする刃を掴みながら、つり上がったまなじりに困惑を滲ませた。


騒がしい人混み。揺れる松明の光。


 今晩は、少年と少女の結婚式であり、また神聖なる神の元で行われる決闘の真っ最中である。

 

「だってそうだろう?」


小刀の力を緩めることなく、少年は少女に語りかける。


「子を産めば二人とも用済みだ」


知っている。この結婚が、富を産むだけのものであることも。


「そんな、こと、わかって…!」


少女はガチガチとなる刃を折ろうとするも、腕が開いて力を込められない。


「だって、皆弓を向けているから逃げられない!」


広場を囲む二つの部族。

その全てが、毒の塗られた矢をいつでも射てるよう構えている。


「僕に考えがある」


少年は、少女にのしかかると、さらに鼻がくっつきそうなほど顔をよせてささやいた。


少女の琥珀の瞳は揺らいだ。


「できっこない」

「奥の入江に船を止めてある」


青黒い夜空を背に、少年の髪が月明かりを塞ぐ。

フクロウみたいな黄色の目が、影のかかる暗い顔に二つ浮かんでいた。


「逃げ出せたら、夜明けを待って南に下る」


少女の頬を汗が伝う。


「……勝算は?」

「半分とひとつ」


少女は、にいっと唇をつり上げた。


「乗った」


少年は、ぱあっと笑う。


「よかった。恋をするなら、ぼくは君が良いな」

「あら奇遇ね、私もあなたが良い」


少年と少女が見つめあう背後の集落で、なにかが弾けたような音がした。


「火だ!」


住民の意識が一瞬で集落に引き付けられる。

少年は素早く少女を担ぐと、人の輪に向かって走り出した。


「口閉じてなよ!」

「えっ!?」


少女がぱっと口許に手を当てる。

胃が引っ張られるような感覚がみぞおちを襲った。


空を、飛んでいた。

眼下に、小さくなってゆく人々が見える。

何人かが弓を向けた。少女はとっさに筒から矢を引き抜くと、思い切り投げた。勢いよく下降した矢は人影にあたる。


建物の屋根に着地すると、少年は少女をかかえたまま、大きく跳び跳ねて、黒い森に姿を消した。



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