第2話 狩人 上 (鎧狩)

「鬼?」

「ええ。この村に来るまでに、何度か耳にしたもので」


 開けた山の向こうに灰色の雲が立ち上る。わだちの上をなぞるように牛が荷車を引いていく。車から付かず離れずしゃかしゃかと短い脚を動かす犬。

 人間二人と獣二匹。市からの帰りであった。


 山向こうの村に鬼が出るらしい。

買いつけをしていた商人の隣で、客と店の主人が噂話に花を咲かせていた。

面白おかしく話した女は大袈裟に震え上がり、店を後にした。


「なんでも、夜ごとに里の物を壊したり盗んだりするとか。髪はまばらで、目がらんらんと光って、…角がある、とか」


村人は呆れたように振り返る。


「あんさぁ、それ聞いてこの村にくるたあ正気かね?」


商人は朗らかに笑う。


「ただの物好きです。 …で、本当に出るんです?」


間を置いて、村人は細々と語りだす。


「…出るよ」


商人は静かに待っている。


「ヤツは夜に出る。動きはのろいが、力は強い。盗られた家のもんはそう言ってたな」

「その家はどこに?」

「村の一番外れサ」


 村につくと、商人は村人と別れた。各家を訪問し、商いと『鬼』の話を聞いて回り。最後に件の家へ向かう。

他よりも色をつけて物を売り、屋根を借りた。


 二日、夜を明かした。三日目の夜、『ソレ』は来た。


 聞きなれた低い唸り声。

首輪を軽く引き、今にも飛び出さんと勇む犬の背中を撫でる。

…鹿にしては脚が短く、猪にしては背が高い。そして、頭部から伸びる角らしきもの。


『ソレ』は作物を貪るのに夢中で、商人の接近に気づかない。

 商人は弓を寝かせ弦を引く。

雲間から月が顔をのぞかせ、畑一帯を照らした。

キン、と高い音が空気を震わせ、影は体勢を崩す。


「伊助」


獣は矢のように飛び出し影に吠えたてる。『ソレ』は手を振り回すも素早い犬には当たらず、しびれを切らして畑から抜け出した。


一匹を追い、猟具を担いだ商人も山中へ消えた。

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