じぃ襲来

「羽間さんよ。あんた、前の話で『他者からどれほど辛辣なコメントをもらったとしても、落ち込みすぎることはない』と言っておったな」


 脳内に、キセルを咥えた老人の姿が浮かぶ。しっくりくる着流しの佇まいは、まるで時代劇から飛び出してきたかのようだ。


 えぇ。まぁ……。


 謎のキャラの出方を窺っていると、老人はふっと微笑んだ。


「あんた、辛口コメントをもらって本当に前向きになれるんか?」


 自分のことは棚に上げているんじゃなかろうなと鋭い視線を送っている。背から滲み出る威圧感もすさまじい。


 そりゃあ、少しは気にしますよ。なぜ分かりにくいと感じるのか、なぜ誤解を生む書き方をしてしまったのか、自分は意見を気にしないで堂々とすべきだろうか。しばらく思い悩んでいます。だから自分のためにも『前向きになればいい』と語っているんです。


 老人は息を吐いた。たゆらう煙が憂いを暗示させるように見える。


「感情よりも疑問が生まれるのも困りものじゃな。それはそれで鬱憤が溜まると思うが」


 ぐうの音も出ません。


「さらっと受け流せい。さらっと」


 肝に銘じます。それにしても、先ほどから正論がかなり胸に刺さっているのですが。


「それはすまなかった。じゃ、いいところも褒めとこうか。『作者にとって譲れないものが魅力の妨げになる場合、折衷案を採ることも視野に入れるべき』との助言は良かったぞ」


 私は遠い目をした。


 文芸部の顧問以外の人から批評をもらえるまで長かった。高校生対象の大会で、総評として個人について言及されることはなかった。

 だからこそ最初の目標は、大会に入選して批評をもらうこと。そのために自己流で理想の作品を書き続けた。ライトノベルを意識したコミカルな文体から、芥川と太宰を足して二で割ったような文体が確立するまで三年の月日を要した。


 執筆スタイルの方針が固まった後も苦労を重ねた。ウェブサイトに投稿して、読んでもらえる状態になるまで空白の期間がきつかった。感想をもらうまで一年ほど経過した上、成長させた批評をもらったのは書き始めてから七年掛かった。


 譲れない思いに縛られて作品が埋もれていくくらいなら、ちっぽけなプライドなんざ捨ててやる。そう決意できるまで遠回りをしすぎてしまったように思える。


「身の丈を知る。それが一番じゃ。他人の良いところも学んで、自分の良さに活かす。背伸びしすぎると火傷するぞ。昔のあんたは『相好を崩す』だの『まなじりを決して叫ぶ』だの小難しいことを言っておったが」


 わーわー。黒歴史を披露しないでください!


「『流石』『矢張り』『狼狽える』と、やたら漢字変換していたころが初々しいのぅ。読みづらいったらありゃしないわ」


 ……若気の至りですよ。あれはあれで格好いいと思ってやっていたんです。今は猛反省しています。あのころの作品を読み返すのは苦行に近いですから。


「あんたの場合、良くも悪くも人に振り回されるからのぅ。ほどほどにせーよ」


 老人はからからと笑い声を上げた。いつの間に注文したのか、ヘラでお好み焼きを食べている。鉄板のある席を選んでいるため、湯気が消えることはない。パリパリの中華麺も食欲をそそる。


「なんじゃ。食べたそうに見つめおって。わしはもう退散するぞ」


 待って! せめてイカ天だけでも食べさせて!


 別れ際に食欲を強く植え付けながら、じぃさんは脳内から退場してしまった。


 ゆるい回になってしまったが、案外楽しかった。たまには脳内キャラと会話して力を抜くのもアイデアが浮かぶいい方法かもしれない。


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