16 夕食

セオは執務室の扉を開けると、中で待つセバスに声をかける。


「待たせたな、セバス。外はどうだった?」


「色々と面白い話を聞けました。周辺の地図も手に入れましたし、ご覧になられますか?」


「ああ、早速で悪いが頼む」


セオはセバスから受け取った地図を机の上に広げる。セバスは席を立ち、数分後にティーワゴンを押して帰ってきた。机にカップを置くと、淹れたばかりのコーヒーを注ぐ。ゆらゆらと湯気と共に、ブラックのほろ苦い匂いが部屋中に充満した。


「すまんな、セバス。今日、各人が行った場所を知りたいのだが」


「わかりました。まだ全員が帰っていないため、夕食までには調べて地図上に印をつけておきます。」


セオは満足そうにセバスの淹れたコーヒーに口をつける。そしてゆっくりと一口飲んで机に置いた。


「頼んだぞ、セバス。 …して、これはなんと書いてあるんだ?」


「 …私にも読めません」


二人はお互い驚いたように顔を見合せる。そしてそれからは何も発する事なく、ただただ無言で地図を見つめるのであった。





「……という訳でして どうしてもイシュタル様の力をお借りしたく…」


きっと嫌なのだろう。雰囲気でわかる。渋々頭を下げて頼むセバスが部屋に来たのは、ちょうど入浴も終わって休んでいるときであった。


「あの!頭を上げてください、あと“様“もいりません。私で良ければ是非、手伝わせて下さい」


「敬称を省く訳にはいきません、貴女はセオ様の御妃様であられるお方なのですから。

申し訳ないのですが早速、この地図の読み方を…」


セバスが地図を広げて、指を指された国や地名を読み上げていくイシュタル。セバスは国名の上に見たことのない文字でふり仮名をふって、何度か確認をしながら作業を進める。三十分程度で全て書き終わり、改めてイシュタルに礼を言った。


「イシュタル様ありがとうございます、お陰で夕食まで間に合いそうです。」


「お手伝いできて、私も嬉しいです。ありがとうございます」


イシュタルもお礼を告げると、セバスは心底驚いたような顔をしていた。


「何故貴女がお礼を?頼んだのは私ですが…」


「私、皆さんに助けてもらってばかりなので… 何か恩返しが出来たらいいなと思っていたんです。だから少しでも力になれたのだと思うと嬉しいです」


そう言うと、セバスはきょとんとした顔をしていたが立ちあがり、眼鏡を中指で上げる。


「そう言って頂けると、次回からも頼みやすくて助かります。

では、これで失礼します 夕食までごゆっくり」


ドアノブに手をかけて言ったセバスの口角は少しだけ上がっていた。そして、静かに扉を閉めて部屋を後にする。



「「ただいまー!!」」


「あらあら、静かにしないとセバスに怒られるわよ~」


セバスがセオの執務室に戻る途中、元気よくアンラとマンユが帰ってきた。後ろからアフロディーテが微笑みながら二人を止める。


「全くです。エントランスで叫ぶなど、迷惑極まりない行為ですよ」


「わっ、もう見つかっちゃった…」

「ほら、マンユ!逃げるよー!!」


そう言うと疾風の如く階段を駆け上がり、ドタドタと廊下を走って部屋へと戻る。セバスが止めようと手を伸ばすも、うまくかわされて空を掴む。


「こらっ!廊下は走るなとあれほど!!」


「ふふふ、無駄よ~、あの子たち全く聞いてないようだもの、セバスも大変よねぇ~」


アフロディーテが笑いながらセバスに言って、二人の後を追う。セバスは一人溜め息をついて、セオの執務室へと向かった。

その後、バステトと片付けを終えたムタとシンが帰ってきて、セバスがメイド達に夕食の用意を命じる。それを見ていたセオは窓を開けて枠に足をのせた。


「セオ様、何処に行かれるおつもりですか?」


「イシュタルを呼びに行ってくる」


「 …何故わざわざバルコニーに?」


眉間にシワを寄せて、物言いたげな目を向けるセバスにセオはまるで当たり前の事のように言った。


「こっちの方が驚くだろう。扉からなんてつまらんからな。…いっそう何か獣にでも姿を変えようか」


意地悪く笑ったセオは翼を広げて、イシュタルのいる部屋へと向かった。開けっ放しにされた窓を、呆れたように見たセバスは、数秒後に外から聞こえる悲鳴を確認し、溜め息をついて窓を閉めた。


「さて、私も夕食の準備に参りましょうか」


そう呟くとセオの執務室を後にして、広間へと向かった。

セバスがオセロットの並べた食器を並べ直していると、ぞろぞろと七柱達が集まってくる。皆、自分の椅子に座り、アンラとマンユは待ちきれずにフォークとナイフを持つ始末であった。

残るはセオとイシュタルで雑談をしながら待っていると、廊下から賑やかな話し声が聞こえてきた。


「はははっ、すまんすまん。いい加減機嫌を直してくれないか?悪気はなかったんだ」


「 …悪気がなければ、急に 熊 の姿で背後から脅かしたりなんてしません!!

本当に、心臓が止まるかと」


「悪かった悪かった、もうしない。ほら、食事にしよう 皆、待たせたな」


笑いながら入ってきたセオに、疲れた表情のイシュタル。イシュタルの目は少しだけ赤くなっていて、頬には泣いたのであろう涙が滑り落ちた後があった。


「それじゃあ、皆、食べながらで構わない。今日の話を聞かせてくれないか?」


セオがそう言うと、セバスがボードに地図を貼って持ってくる。見ると地図には四ヶ所に赤い印がついていて、これは皆が行った場所を示していた。



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