第16話 真柴智明の場合 7

「やあ、わざわざ呼びつけてすまなかったね」

 滝沢が高級そうな椅子から立ち上がってこちらに歩いて来る。

 夜の8時を過ぎてるので、事務所には滝沢一人のようだ。

「良い場所に構えたな」

「法務局、税務署、市役所から近いところって立地条件で探したからな」

 山月の法務局と税務署は同じビルにある。そこと市役所は、ここから徒歩圏内だ。

「滝沢と須山が連絡取り合ってるとは思わなかったな」

「ドンちゃんに連絡したのも久しぶりだったけどね。確かに高校時代はまったく接点無かったからな。卒業してからちょっとした事で絡んでね」

 初耳だ。須山はそんな事何も言わなかった。

 だが、今日の要件はそれではない。

 俺たちは応接室に移動した。

 滝沢が冷蔵庫から缶コーヒーを持ってくる。

「みんな帰っちゃったんで、こんなものしかなくてすまないね」

「お気遣いなく」俺はプルトップを開ける。

「ま、用件は分かってると思うけど」

「駅前再開発の事だろ?」

 滝沢が旧交を温める為に俺を事務所に呼ぶはずがない。

「話が早くて助かるよ。有識者会議の事は聴いた?」

「やるってのは聴いたけど、人選まではまだ知らない」

「どうやらお前の知ってる人が入りそうだ」

 俺はびっくりした。まったく心当たりがない。

「誰だ?」

「マウンテンムーンの藤山社長」

 俺がデザインで関わっているフリーペーパーを発行している会社の社長だ。

 単発と違って毎月レギュラーで、しかも結構な点数のデザインを依頼してくれる大得意先だ。

 そう言えば藤山社長は郷土史家でもあった。

 そんなところを見た事が無かったのですっかり忘れていた。

「と言う事は、なんかそういった郷土史的なものが絡む施設が出来るって事か?」

「察しが良いな」滝沢が不敵に笑う。

「どうやら図書館っぽいものが出来るらしい」

「っぽいもの? 図書館じゃないのか?」

「図書館は既にあるからな」

 確かにそうだ。山月市立図書館は、結構立派なものが建っている。

「じゃあ、何が出来るんだ?」

「どうも貸出をしないでその場で読めるだけのブックカフェみたいなものになるみたいだな」

 驚いた。滝沢はいったいどこからそんな情報を仕入れたのだろう?

 いや、あの市役所の土木課の人からなんだろうが、いったいどうやってそんな情報まで吐かせたんだろう?

「でもそれって確か前例があるよな?」

「上村市のだろ? あれは完全に図書館だけどな」

 上村市はやはり九州の地方都市だ。人口も山月とあまり変わらない。

 そこが去年、駅前に巨大なカフェ併設の図書館を開き、年間利用者数が100万人近くと言う大成功を納めている。

「という事は…」

「指定管理者も想像がつくな」

 上村市の図書館の指定管理者は、そういった自治体とのコラボをたくさん手掛けている大手の企業だ。

 そこが乗り出せば、既に出来上がっている似たような自治体の施設のデータも分かるし、有名なカフェも自動的に付いてくる。

「まあ、一番安心と言えば安心だな」

「大きな失敗は無いだろうな」滝沢も缶コーヒーを飲みながら答える。

「でもそれって、既定路線なのかな?」

 なにせ、まだ有識者会議も開かれてないのだ。いくらでもひっくり返る可能性はある。

「その為の根回しをしてる最中だろうな。有識者の人選も含めて」

「具体的にはどう進むんだ?」

「まず、指定管理者の公募。そこで他にどこも手を挙げなかったら自動的に決まる。競合になったらコンペだな」

「それを審査するのが有識者か」

「そういう事だ」

「ただ、今の話を聴いてると、上村で実績を積んでるところはかなり強力じゃないか? 正直他が手を挙げても採用されるとは到底思えないなあ」

「まったく同意見だ」滝沢が缶コーヒーを飲み干す。

「よっぽど斬新且つ確実に収益が上げられるものが提案されない限り、決まるだろう」

 そんなものがそうそうある訳がない。

「まあ、少なくとも地元企業は無理だな。ただでさえ人手不足が深刻なのに、いきなり新規事業で人材を揃えるのは至難の業だろうしな」

 それはそうだ。現場だけではなく、管理職も必要なのだ。そうすると、ノウハウを持った全国規模の会社ではなくては難しい。

「市長に取り入ってるコンサルタントの話は聴いてるか?」滝沢の方から訊いてくる。

「ああ、ただ、まだそれがどういう人物なのかはまだこっちでも分からない」

「そうか。それがわかったら教えてくれないか?」

「それは良いけど、滝沢はどういう理由で俺に情報交換を持ちかけたんだ? お前だけでも充分情報は引き出せるだろ?」

「それでも個人で出来る事なんてたかがしれてるよ」滝沢は肩をすくめて両手を挙げる。

 そういった外国の映画でしか見た事ないような気障なポーズも似合うところがまた悔しい!

「そりゃあ、この街の細かい情報は拾えるけど、さすがにこの規模になると個人じゃ限界がある。かと言って、今更JCとかYEGとかに入ろうとも思わないし、団体に拘束されるのも性に合わないんでね。着かず離れずで情報交換し合うくらいが丁度良い距離感なのさ」

 いまいち信用出来ない。

「でも、当然何か条件はあるんだろ?」

「そりゃあねえ」滝沢はまた悪い顔になった。

 これまでの経験から、コイツがこの顔になった時は本能的に身構えてしまう。

「まあ、まだ具体的な事は良いよ。まだメリットもはっきりしてないし。ただ、真柴との個人的なつながりでも良いからこれからも情報交換はお願いしたいな」

 俺はしばし考え込む。

 でも、悪い話ではない。悔しいが、滝沢の情報網は確かに魅力的だ。少なくとも今の段階では、こっちの方が多く情報を貰っている。

 ただ、これがいつもの滝沢の手でもある。最初に相手にメリットを感じさせて、後で大きく回収するのだ。そういった事は悪魔的に上手い奴だ。

 しかし、今回の件はとにかく話が大き過ぎる。だからこそ滝沢も個人じゃ手に負えないと判断したのだ。

 それに、別に敵対する訳じゃない。共闘も可能なのだ。そこに活路があるのかもしれない。

「分かった。とりあえず藤山社長に探りを入れてみるよ。有識者会議が開かれるようだったら、その時期や結果をいち早く知れるようになんとかやってみる!」


 滝沢は笑って俺に握手を求めて来た。

 やけに暖かい手だった。

 確か、手の暖かい人って… 

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