第6話

「繰り返すようだけど、私を開発した女性科学者、お産の時に死んじゃったの。その頃にはもう私には『自我』みたいなものがあったから、こんな悲しい思いは広めちゃいけないな、って思った。ましてや、自分で自分の命を絶つなんてね」


 俺は無言で先を促した。


「逃げ出してきたのは、早く心理的に弱ってる人たちを助けたかったから。手段は……まあ、割愛するわ」

「そうか。説明されても分からねえだろうしな」


 俺は素直に自分の無知を認めた。アキはクスリと笑ってから、再び語りだした。


「名前の由来だけど、人工知能って『AI』って言うでしょ? でも『アイ』じゃそのまんますぎて面白くないから、『アキ』にしたの。自分でね」


 そして最後の質問に対する回答は、


「現在のところ、私や協力者が介入して救出した心理的弱者は十名。誰も自殺にまでは至ってない」


 なるほど、優秀なわけだ。


「あっ!」

「今度は何だ?」

「そろそろ移動しなきゃ!」


 移動? 何のことだ?

 疑問が顔に出たのだろう、アキは椅子の上でくるり、と振り返り、


「ちょっと辺りを回ってくる。段ボール、開けてくれる?」

「あ、ああ」


 俺は、いつの間にか部屋の隅に放り出されていた箱を引きずり、蓋を開けた。振り返ると、アキがバラバラに崩れていくところだった。


「うわあああああああ!?」

《もう、いい加減しっかりしてよ! 私の身体がバラバラになることくらい!》

「だったら崩れる前にそう言ってくれよ! お前の身体の断面、グロいんだからな!?」

《失礼ね、全く!》


 組み上がる時よりもずっと早く、原型を留めずに砕けていく。ちなみに、崩れ始めてからアキの声は、パソコンのスピーカーから聞こえるようになっている。


《ほら、どいたどいた!》


 今度はブロック状に転がったアキが、飛び跳ねるようにして段ボール箱へ収まっていく。

 しばらく俺はその光景に目を瞠っていたが、


「ああ、ちょ、ちょい待ち!」

《何?》

「俺はどうしたらいいんだ? 俺一人じゃ何にもできねえぞ?」

《大丈夫。今回あんたに担当してもらう心理的弱者は夜行性だから、今は捕まえられない。ゆっくり休んでて。午後八時くらいにはまた来るから》


 そう言って、段ボール箱に眼球二つが収納された後、ガムテープまでがピッチリと封された。


「……俺、夢でも見てたのかな?」


 俺は首を捻りながら、しばらくその場であぐらをかいていた。

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