第二幕 幻……?

 ある日の放課後、陽愛(ひめ)の提案で、学校の近くで見つけたという美味しいメロンパンのお店に行くことにした、いつもの仲良し四人組。

 陽愛が先頭を歩き、その後ろを、えりと瀬里、由依が横一列で並んでついて行く。

 しかし、えりたちには一つ不安があった。

「ねぇ、疑うつもりはないんだけど、ちょっと心配じゃない?」

 えりがそっと陽愛には聞こえないように、横を歩く二人に話しかけた。すると二人は小さく首を縦に振った。

「辿り着けないかもしれないし、そもそも、そのお店が(この世に)存在しないかもしれない」

「味覚の心配は一切ないんだけど、だからこそ余計に、名前も憶えてなくて場所も不確かという、ひめワールド全開なのが残念でならないよね」

 後ろを歩く三人が肩を落とし小さく溜息をついた時だった。前方を先行く陽愛がピタリと立ち止まった。

「陽愛ちゃん、着いた?」

「うんー。着いたんだけどー」

「けど?」

「こんな外観だったかな?」

「えぇ?」


 陽愛が見つめる建物は、煌びやかな電飾に照らされた、二階建ての華やかなお店だった。看板も、赤色の地に、黄色や金色の使われた派手なもので、さすがの陽愛でも記憶に残らないはずはなかった。

「んー、何か違う気がする」

「ひめ、取り敢えず入ってみようよ、記憶違いとかさ、何かわかるかもしれないし」

 由依は努めて明るく接した。陽愛が感覚的に動き、そこに悪意が微塵もないということを重々わかっていたからだ。

 陽愛はあまり納得していないようだったが、渋々入ることにした。


 いくつか味の違うメロンパンがあったので、四人はその中から二つ選び、購入後、一度お店から外へ出た。

「どう、ひめ」

「やっぱり違う。内装も匂いも、メロンパンの味も」

「そっか。陽愛ちゃんがお勧めしたかったお店じゃなかったか」

「でもでも、ここの『朝張メロン味』は美味しい」

「なんじゃそりゃ」

 陽愛が幸せそうに、「朝張メロン味」のメロンパンを頬張っている間に、瀬里はこっそり自分たちが今いる場所の近辺に、他にメロンパンのお店がないかスマホで調べてみた。しかし、先程入ったこのお店以外に、この辺りにメロンパンのお店はヒットしなかった。

「んー、これは一体……?」

「瀬里、食べる?」

 急に話し掛けられて、慌てて瀬里が振り向くと、由依がメロンパンを差し出していた。

「うん、食べる」

 一口かじって咀嚼している時に、瀬里はあることを思いついた。すると、陽愛やえりたちが見ているのも構わず、スマホであることを検索した。

(もしかして……!)

「瀬里、急にどうしたの?」

「へりひゃん?(瀬里ちゃん?)」

 少しの間(ま)スマホを操作していた瀬里は、急にピタリと動きを止めると、納得したようにフッと微笑んだ。

「なるほど、やっぱりね」

「何がなるほどなの?」

 えりがキョトンとした表情で首を傾げる。由依や陽愛も不思議そうに瀬里を見る。瀬里はスマホを閉じると、陽愛の顔を見て微笑んだ。

「謎はすべて解けたわ」


 彼女たち四人は、一度来た道を、辿るように戻ることにした。それは瀬里の指示だった。歩きながら瀬里は、他の三人に解説を始めた。

「実は一度、ひめたちにバレないようにこっそり調べてみたんだけど、この辺りにメロンパンの専門店はさっき入ったあの一店舗だけだった。だけど、あることを思いついてもう一度調べてみた。それでわかったの。やっぱり、ひめは夢を見たわけでも、幻を見たわけでもないって」

「どういうこと?」

 由依が首をひねったその時、瀬里が交差点で歩を止めた。

「今回の謎のヒントであり、ひめが勘違いしてしまった原因であるポイントは二つ。この交差点と、街並みよ」

「交差点と街並み?」

「信号が青になったし、取り敢えず渡るわよ」

 一行は、進行方向右に折れ、先程のお店があった道の反対側の道に来た。すると、瀬里はそのまままっすぐ歩き、建物をはさんだ反対側のもう一方の大通りに出た。

 瀬里は大通りに出たところで立ち止まると、三人の方を振り返った。

「どう、みんな。ここの大通りさっきの道と何となく雰囲気似てるでしょ?」

「確かに……」

 一同が納得している中、陽愛があることに気付いて「あっ」と小さく声をあげ振り返ると、他の三人を置いて小走りに駆けだした。

「ひめ!?」

「陽愛ちゃん?」


 陽愛が息を切らして、肩を小さく上下させている。そこにえりたちも到着した。

「ひめ、急に走り出してどうしたの?」

「もしかして陽愛ちゃん。ここ?」

 四人が建物に目を向けるとそこには、決して派手ではないが他の建物とは様相が違って存在感のある、如何にもオシャレな、タピオカミルクティを出すお店があった。

「「タピオカ、ミルクティ……?」」

 えりと由依が声をそろえて不思議そうにお店を見つめると、瀬里は陽愛に尋ねた。

「ねぇ、ひめ。私たちを連れて来たかったお店って、もしかしてここじゃない?」

「うん、確かそう……ううん。きっとここだよ」

 吸い込まれるように陽愛がお店へ向かうと、それに付いて行くように三人もお店の中に入っていった。

 そこでは、タピオカミルクティのほかに、期間限定でメロンパンも販売していたのだ。

「探偵瀬里、大活躍だね」

 由依が揶揄すると、瀬里は困ったような表情をした。

「言っている場合か。……まったくもう。ひめ、反省しなさい」

「はーい」

「にしても、危うく、本当に幻になるところだったね」

「えりもなに言ってるの」

「ごめん、面白いなぁと思って。ここのメロンパン、名前が『幻のメロンパン』だから」

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