JKマンガ家の津布楽さんは俺がいないとラブコメが描けない(旧題・津布楽紅羽は君の中心で甘き恋を叫びたい)

水埜アテルイ

第1話 津布楽紅羽の恋物語

「船倉くん。恋を――教えてくれない?」


 八月末。高校一年生の夏休みが終わって早々のことだった。

 四時限目が終わって昼休みのチャイムが鳴り、売店にでも行こうと思ってバッグの財布に手をかけたときにそう話しかけられた。おれはズレた眼鏡を指で直して声の主の方を向いた。

 津布楽つぶら紅羽くれは

 長い赤茶髪、細く整った鼻梁、力強くも美しい双眸、とまるで神様に愛されて生まれてきたようなクラスメイトと目が合った。ハラハラするほど短くスカートを履き、首元のボタンを多めに外しているその容姿を見て、自分は恋を知らないというようなその言い方は単に暑さで気がおかしくなってるとしか思えなかった。


こいならスーパーで売ってるかもな」


 ボケにボケで返すと会話が中断される。おれはそれを見越してそう言葉を返した。まさか津布楽紅羽という今時女子高生が感情皆無系美少女だったとは――。

 関わると碌な事にならないだろう。


「いや、つまんないけど」

「……恋を教えて、だなんて一体何年代のラブロマンス映画? いやーきついっす」

「うぐっ……」

「なんで突然? おれ、津布楽さんと話した事なんて数回程度だったはずだけど。しかも事務的なことだった気がするし」


 財布の中身を確認しながら彼女にそう訊いてみる。


「……船倉くんって映画とかアニメとかよく観るじゃん?」


 燃えるような赤茶髪を指で梳きながら彼女はそう言った。

 彼女の言うとおり、確かにおれはそれらを愛する。愛しすぎて紹介ブログを立ち上げたほどだ。それが中々の好評で閲覧数もずっと右肩上がり。作品布教という貢献に快感を覚える毎日だ。

 が、おおっぴらに発言はしていない。非常に残念で悲しき誤解なのだが、特にアニメを観るという行為は華の女子高生には酷く醜く見えてしまうらしい。おれも露骨な性的シーンや痛々しいシーンが万人に受けるとは思っていない。しかし良い作品はちゃんと存在するのだ。しかしながら、そうは言っても納得できないのが人間というものである。

 おれはそれを理解しているので高校に入学してから今日に至るまでの約五ヶ月間、普通の高校生を演じてきた。


「ちなみにどうしてそう思った?」

「思うも何も、船倉くんの友だちがよく言ってるし」

「あのアニオタ……!!」


 そのアニオタ――松本まつもと喜太郞きたろうとはよく作品について語ることが多い。奴はスクールカースト的に海底を越えて地球中心部まで堕ちたアニオタだ。しかし奴は良い感性と素晴らしい審美眼を持っているからあなどれない。

 そんな奴との話を思い返すと確かにポロポロとおれのブログについて語っていた。数少ない同志として正体を明かしていたが、明かす相手を間違っていたようだ。


「……まぁ、それはそれとして。津布楽さんは何を言いたいんだ? まさか本当に言葉通り、恋愛という事象について語ればいいと?」

「そう言ってるじゃん」

「ならおれに訊くより検索かけた方が早いだろ」

「それで解るなら苦労してない」

「えぇ~?」


 もしや本当に解らないのか。初恋も胸の苦しさも解りません、と。この火星からやってきたような赤茶髪の美少女がそんなことあるはずがない。だが天は二物を与えずとも言うしな。

 すると津布楽さんは「んー!」と目を閉じ唸った。何かを決断しようとしているようだ。その隙に売店へ向かおうと思って一歩踏み出した。だがすぐ袖を掴まれる。

 彼女はスマホを片手で操作するとおれに画面を突き出した。


「これ!! 私が描いた!!」


 頬を染めて恥を浮かべる彼女が見せたものは二人の美男子が描かれた漫画の表紙画像だった。はぁ、このジャンルには見覚えがある。一度も触れたことはないがそれがどういったものか大体知っていた。


「わ、わわっわわっわわわったし、わたし――」


 今更何を渋っているのだろう。これは誰がどう見てもBL漫画だ。それとも火星語でも披露してくれるのだろうか。


「びーえる描いてるの……」

「そうか。じゃあな」


 おれは身の危険を感じて逃げた。

 あらゆる作品を観てきたから解る。展開的におれはBLのモデルにされる。おそらく彼女は男の裸体を参考にしたいとか男同士のいちゃこらを知りたいのだろう。非常に残念ながら協力できそうにもない。

 教室から出るとすぐ羽交い締めされた。何だ、この火星人。異様に強い。全く抵抗できそうにない。


「逃げるなこのー! 話は終わってないでしょ!?」

「津布楽さん。おれは同性に恋した経験は生憎ない。津布楽さんが言う『恋』は教えられそうにない」


 肩の関節がぶっ壊れそうになるくらい力が強かった。

 同時に彼女が本当に恋を知らないのかもしれないと思った。抱きついて自分の実ったメロンを異性の背中に当てつけるなんてアウトだ。こんな異性を落とすためとしか思えないあざとい行動を平然とやるのだから本当かもしれない。

 一方のおれは平然としていられなかった。

 

「解った! 解ったから放してください!」

「逃げない!? 逃げて私の秘密言いふらさないよね!?」

「逃げない言わない!」


 それでようやく解放された。彼女は眉の角度を上げてこちらをじっと見る。戦闘態勢に入った野良猫みたいだ。

 話を聞くにしてもまずは空腹を満たさねば話はちゃんと頭に入ってこない。おれは彼女に飯を食いながら話そうと提案した。


「いいよ」

「じゃあおれは売店行くから」


 別れをそう告げた途端、今度は手首を握られた。


「え、何この手は」

「逃げるかもしれないから。私も売店でパン買う」

「いや逃げないって。絶対変な目で見られるからやめた方がいいって」

「うっさいー。ほら行くよ」


 彼女はおれを強引に先導した。

 結果的に変な目で見られることに変わりはなかったが、想像とは違った。校内でもパートナーへの熱愛を抑えきれない二人として目に映ると思っていたが、現実はそんな甘ったるい光景ではなかった。非行少年が教師に連行されているような、哀れな一幕だった。

 その後売店でパンを買い、会談の場所を探した。人に聞かれにくい場所ということで校舎裏で意見が合致した。

 腰を下ろし、パンの包装を剥がし始めると津布楽さんは早速喋り始めた。


「端的に言うと、ラブコメを描きたい」

「BLにはラブコメ要素も含まれてるんじゃないのか?」

「そうだけど、私は男女の恋を描いてみたい。でも私には異性の恋愛はよく解んないし、描いたこともないから全然筆が進まなくて……」


 男のおれでさえ男同士の恋は全く解らないのに女性の君は描けるのか。謎すぎる。

 彼女はパンを頬張り、飲み込むとまた話を続けた。


「男女間の恋愛漫画とか映画とか観ても全然ピンとこない。男の子同士なら無限に思いつくのに……」

「そのBLの登場人物を一人女の子に代えれば解決するんじゃないのか?」

「うわっなにそのBL舐めた言い方。それで批評家気取ってんの? 腐女子界隈でそんなこと言ったら間違いなく殺されるよ。女は要らないから」

「すみません」


 教室での彼女は嘘なのか?

 普段は今時の女子高生として教室で花を咲かせている。ヤンキーとまではいかないが、その強気な雰囲気と美麗さで評判を得ているあの津布楽紅羽さんとはまるで別人だ。

 

「そこまで言うなら何で男女のラブコメを描いてみたいって気持ちになったんだ? 自分の好きなジャンルを描くのが一番だと思うが」

「だって……挑戦してみたいんだもん。素敵な男女の恋がどんなものか知りたいんだもん……きゅんきゅんしてみたいんだもん……」

「ほー。じゃあ頑張って好きな人でも作ればいいんじゃないのか? 津布楽さんは結構男の間じゃ人気あるよ」

「え!? 私ってモテてるの!?」

「付き合うなら誰って言われたら、津布楽さんは普通に挙がると思う」

「うぉぅ……私が腐ってるのも知らずに……私じゃなくてお互い好き同士になればいいのにぃ……!」


 彼女は怪しい笑みを浮かべておれを見る。やめろ、おれに期待するな。


「……私が船倉くんにお願いしたいのはラブコメのお話作り。一緒に考えてほしいの」

「面白そうだけどおれは作り手じゃない。話の作り方なんて解らないし」

「問題ナッシング。船倉くんのブログを見せてもらったけど、すごく丁寧に評価してるよね。作品を評価するって簡単なことじゃないんだよ。それができるってことは創作物の構造を理解していること他ならない。自信もって」


 面と向かって「あなたのブログを見ました」と言われるのは少々恥ずかしかった。しかし嬉しくもあった。茶化さず良いと評価してくれたことは書く者にとっては光栄だ。


「私なんかよりも沢山の作品たちを観てきた船倉くんなら、私に恋を……ラブコメを教えてくれると思った。だからこうして私の秘密を明かして頼んだの。船倉くんならクリエイターが作品に込める想いが解るでしょ? 全身全霊で命を吹き込むこの想いが」


 全てとは言えないが、創作する苦労の片鱗くらいなら解る。

 お金のためならもっと確実に儲かる職業はいくらでもある。それでも作り続けるのはその世界で何かを見いだしたい、伝いたいことがあるからだ。

 たとえどれだけ苦労すると解っていても。

 

「私と恋を作ろうよ!」


 答えは明白だった。

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