Across the strait ④

 凄まじい音と共に至近距離で破裂した大型セルリアンは、その黒々とした基質を四方八方に撒き散らした。突進の運動量そのままにこちらに降り注いでくるそれを見て私は思わず身を屈める。間も無くして、襲うはずの衝撃がやって来ないことに気付き顔を上げてみると、黒色のそれは地面に落着する前に揮発し、私たちの周りに先に目撃したような虹色の靄を立ち上がらせていたのだった。

「綺麗……」そんな率直な言葉が、つい口から洩れる。

 ユメゴンドウとハナゴンドウはクロウタドリの方を見て、目の前で起きた出来事が信じられないといった風に、茫然と立ち尽くしていた。対するクロウタドリは、まるで何事もなかったかのようにあっけらかんとした言葉を返した。

「三人とも、何ともない?」

 私たちは皆一様に神妙な面持ちで頷いてみせたが、少し間を置いてから、ユメゴンドウが彼女に尤もなことを訊ね返した。

「……あんた、マジでなんなのよ」

 真横に居たハナゴンドウも彼女の言葉にぶんぶんと首を縦に振った。その通りだ。私は、今までとは異なった意味で、彼女のことを怪訝な目で見ていた。改めて、クロウタドリは一体――何者なのか。

「そりゃまた、ご挨拶だね」

 そう言った彼女は、逆手にしたピースを片目の端に当てると、相も変わらず底の見えない素振りで、ふざけた口上をのたまうのだった。

「見ての通り、、クロウタドリちゃんだよ」



***



「へぇ、旅ねぇ」

 隣を歩くユメゴンドウがふんふんと頷く。二人は元々ゴコク地方に赴く用事があったらしく、その道中、というよりは海中で、セルリアンの群れに襲われてしまったのだという。丁度私たちも同じ場所を目指していたので、橋を渡り終えるまでは一緒に行動することとなった。

「その目的地の、ぱーく、せんとらる? ってのは、どんなとこなのよ」ユメゴンドウは私に視線を向けて訊ねる。彼女は先程から私にばかり質問を投げかけていた。

「えっと……」少し考える。”遊園地”と言っても、新世代の彼女たちには伝わらないことだろう。出来るだけ、平易な言葉、新世代が知っているような語彙を用いて、難儀しつつも私は彼女たちに説明した。

「乗ったり歩いたりして遊べるものが沢山集まっている場所なのよ。こう、大きな丸い建物が目印なのだけど……見覚えないかしら」

 私はジェスチャーでパーク・セントラルのシンボルとなっていた覚えがある観覧車の形を表した。二人は暫く考え込んでいたが、何かに思い当たったのか、不意にハナゴンドウが軽く声を上げた。

「あ、ユメちゃん、あれじゃない? 海から生えてたでっかいやつ」

「海から? そんなのあったっけ」

「あったよ〜、ほら、前にイカさん探しのためにゴコク地方のもっと奥まで泳いで行った時に見たじゃない」

 ユメゴンドウは顎に手を当てつつ記憶を漁り、そして何かに思い当たったのか、あ、と軽く声を上げた。

「もしかして、あんたが変な入り組んだ岩の中に迷い込んで、あたしが見つけた頃には半べそかいてたあの時?」

「ちょっ、なんでそんなことまで覚えてるのぉ?!」

「忘れるわけないでしょ。全く、イカ探しに夢中になるのも大概にしなさいよね」

 うえぇ~、と妙な鳴き声めいた声を上げて抗議の色を見せるハナゴンドウを尻目に、ユメゴンドウはこちらに顔を向けて言葉を継いだ。

「と、まあそう言うわけで、多分通りがかったことはあると思うわ」

「えっと……ちょっと聞きたいんだけど」私は彼女たちの会話の中で引っ掛かりを感じたことについて続けて質問する。「『海から生えてた』ってどういうことなの」

「そのまんまの意味よ。海から上に丸くて大きなやつが飛び出してたってこと」

「つまり、下はってこと?」

「そうだけど……? 何か変なことでもあるの?」

 私は並んで歩いていたクロウタドリの方に顔を向ける。彼女は暇を持て余してか先程の戦闘で詰まった爪の間の汚れを熱心に掻き出していて、私の視線に気付かない。私は彼女の片翼をぐいと引っ張ってやった。

「えっ、ちょっ、何するんだよ」

「話聞いてなかったの?」

「聞いてたよ、パーク・セントラルの観覧車が水没云々の話だろ。……もう、さっき折角いい感じに羽繕い出来たのに」クロウタドリは口を尖らせつつ、翼を器用に自分の目の前にやり、私がさっき引っ張ったあたりの羽根を弄り始めた。

「いや、流していい話じゃないでしょ! どういうことなのよ!」

「どういうことと言われてもね。そのまんま、パーク・セントラルが海に沈んじゃったってことなんじゃないの」

「目的地が水没してるなんて、前代未聞よ。無計画にも程があるわ!」

「まあ落ち着きなって。そもそも、水没と言っても観覧車が海にどっぷり浸かるまで沈んだわけでもないだろう、ね、ユメちゃん?」

「だから気安く呼ぶんじゃないわよっ!」ユメゴンドウは肩を怒らせてそう抗議する。最初と同じく後ろからハナゴンドウが両肩に手を置いて彼女を諫めた。

「はあ……そうよ、全部が海の中にあった訳じゃないわ。あんたたちの言うそのカンランシャってやつの、大きな輪っかは全部海から出てたわね」

 それを聞いて、私は少しほっとした。まあ、乗り場が沈むくらいの水没となるとどちらにしろ壊滅的な被害だろうが、私が頭の中で思い描いた惨事よりは幾分かマシである。

「『例の異変』は大規模な地殻変動だったろう。そのことを考慮すれば、何らかの原因であの一帯が地盤沈下して浸水したとしても不思議じゃないと思うよ」

 クロウタドリはそう軽く言ってのける。いや、別に私だってパーク・セントラルにそれほど深い思い入れがあるわけではないが、異変前の生活において極めて卑近であった場所がそれほどまでに様変わりしているのだと言われるのは、流石にある程度の精神的ショックを受けるのが普通なのではないか? 彼女が元々物事に対して淡々とした態度を取ることは分かっているが、それにしても少し違和感を覚えた。

「それに、僕たちの旅の目的はツグミちゃんのを探すことだ。パーク・セントラルはあくまで暫定的な目的地に過ぎない。その他に変わりなく残っている思い出の地があるのなら、そこを巡る手だってあるだろう?」

 彼女は同意を求めるようにその漆黒と金の瞳を私に差し向けた。別に鋭い眼光、という訳でもないのに、相も変わらず人を射竦めるような見た目をしている。その視線に射止められた私は、彼女の発言の論理が通っていたということもあるが、すっかり反駁する気を削がれてしまった。


 私がすっかり黙りこくったのを見届けてか、彼女は、ぱん、と一つ両手を打ち鳴らすと、空気を変えるためか声のトーンを明るくして私たちに提案した。

「そんなことよりも、さ。もっと楽しいお話ししようよ。偶然とはいえ、折角知り合ったわけだから仲良くなりたいしさ」

「あたしは別にいい」間を置かずにそう言うユメゴンドウは、ぷいっと顔をクロウタドリと反対側に向けた。

「ちょっと、ユメちゃん」ハナゴンドウは困り顔で言う。「そんなこと言わないで、ちゃんと仲良くしようよ~……」

 ユメゴンドウは顔を背けたまま少し俯いて、そのまま黙ってしまう。暫しの静寂が流れた後、それをクロウタドリが破った。

「ユメゴンドウちゃんさ、さっきから僕にだけ当たり強いよね。なんか嫌なことしちゃったかな?」

 よく真正面からそんなことを聞けるな、と間に挟まれた私は思う。自分なら婉曲的にであっても、自分を嫌っていそうな相手に対してそんなことは聞けないだろう。

「……別に、嫌なことは、されてない」ユメゴンドウは少し間を開けてから、そうぼそりと呟いた。「助けてもらったし。そこにはちゃんと感謝してるわ」

「じゃあ、どうしてさ?」

「それは……」

 そこで言葉を詰まらせた彼女は、依然俯いたままぎゅっと両の拳を握りしめた。心配そうに彼女の顔をハナゴンドウが覗き込んだのも束の間、彼女は小さな声で語を継いだ。


「……いのよ」

「え?」

「気に入らないのよっ!!」


 振り向きざまに叫ばれたその声に、流石のクロウタドリも身体をびくつかせた。見ると、ユメゴンドウは下唇を噛み締めたまま、険しい顔つきをしていた。

「気に入らないのよ、あんたの態度――というか、姿勢が。さっきも言ったように、あたしたちを助けてくれたことには感謝してる。でも……でもっ……!」

 立ち止まった彼女の足もとのアスファルトに雫が落ちて弾ける。ユメゴンドウの頬には涙の筋が出来ていた。

「……さっき、あんたがセルリアンの尻尾に吹き飛ばされた時……しんっ、死んじゃったかと思ってっ……あたしっ、恐くて……」

 彼女はその場に膝を抱えてしゃがみ込んでしまう。握りしめられた服の袖に大きな皺が作られる。

「……前に、セルリアンに襲われそうになった時のことを思い出したの。さっきみたいに近くにセルリアンハンターはいなくて、あたしたちは苦手な陸の上で追いかけられてた」

 ユメゴンドウは潤んだ声で続ける。

「なんとか海の近くまで逃げてきて、一緒に海の中に飛び込もうと思ったのに、ハナが『わたしが引き付ける間に逃げて』って言ったあとに崖の上で引き返して沢山のセルリアン達と戦い始めて……勝てないって分かってるのに」

「だって、あの時一緒に飛び込んでも、距離が近かったからきっと追いつかれてたよ?」ハナゴンドウが口を挟む。「だから、どっちかが引き付けてからの方が確実に――」

「それが気に入らないって言ってるのッ!」

 顔を上げたユメゴンドウが再び声を張り上げた。彼女の顔は涙でくしゃくしゃになっている。その様子に気圧されて、ハナゴンドウは言葉を継げなかった。

「分かってる……あんたがあたしよりも強くて、勇敢だってこと……あたしはあの時だって、恐くて何も出来なかった。目の前でぼろぼろになっていくハナを、動けずにただ見ることしか出来なかった。あの時、ぎりぎりでハンターが駆け付けてくれなかったら、多分、二人ともやられてた。だから、ハナの判断は正しかったんだと思う」

 でも、と彼女は再び顔つきを険しくして、続ける。

「でも――あの時自分だけ助かってても、間違いなくあたしは立ち直れなかったと思う。ハナが居ない世界なんて、耐えられないから。……命を投げ出してまで誰かを救うことは、いつだって正しいわけじゃないのよ」

 

 彼女はその場に立ち上がると、袖で涙を拭い、改めてハナゴンドウを見据えた。

「だから……だから、もう独りで戦うのはやめて。何かがあったときは、あたしも一緒に戦うから。弱くて臆病なあたしだけど……きっと、何かの役には立てると思うし……それに、本当に駄目なときは一緒に逃げたっていいんだから」

 ハナゴンドウは暫しの間彼女の腫らした目を見つめ返していたが、やがて少し目を伏すと、軽く微笑を浮かべた。

「……そうだね。ユメちゃんの言うとおりだと思った。わたし、ちょっぴり独り善がりになってたかも。ユメちゃんさえ助かれば、無事でいてくれれば、それでいいと思ってた」

 彼女は徐にユメゴンドウの方へと歩み寄ると、その頭を優しく自分の胸に埋めるようにして抱いた。

「でも、わたしがいなくなって、ユメちゃんがひとりぼっちになった後のことは、ちゃんと考えていなかったよ。……わたしだって、ユメちゃんがいなくなったパークなんて、悲しいし、ちっとも楽しくない。ユメちゃんのことを考えているつもりだったけど、全然あなたの立場には立てていなかったんだ」


 だから、ごめんね。彼女はそう言って、一層強くユメゴンドウのことを抱き締める。ユメゴンドウはその身を預けたまま静かに泣いているようで、時折洟を啜り上げる音だけが聞こえてきた。だが、暫くしてから唐突にハナゴンドウの身体を両腕で前に押しやり、無理矢理抱擁を解いた彼女はこちらをきっと睨みつけると、顔を紅潮させつつこう言った。

「あんたら、何見てんのよ」

 えぇ……私たちは見せつけられた側なんだけれど……。

 理不尽に向けられた怒りに対して私が困惑していると、背後からクロウタドリが声を発した。

「ユメゴンドウちゃんは優しいんだね。会ったばかりの僕のことも、ハナちゃんと一緒に心配してくれたんだ?」

 そう訊ねるクロウタドリから、ユメゴンドウは恥ずかし気に目線を逸らしつつ返答する。

「や、優しいっていうか、当然でしょ……会ったばかりって言っても、同じフレンズなんだから……」彼女はクロウタドリの方へと視線を戻して、続ける。「それに、一人で戦うにしても、あのやり方じゃ無謀だと思ったから、釘を刺しておきたかったのよ」

「あのやり方?」クロウタドリが首を軽く傾げる。

「あんた、戦う時にしてなかったでしょ。あんなデカいやつと戦う時には、ハンターでさえ野生解放するのにさ」


 ――”野生解放”? 聞きなれない言葉に私は眉根を寄せる。ただクロウタドリは知っているのか、ああ、と合点がいったかのように数度頷いたのち、そんなことないんだけどな、と返した。

「嘘よ、あんたの目が光ってないところ、あたし見たんだから」

「……なるほどね。言われてみれば、それが普通なんだっけか」

「は?」

「野生解放ならちゃんとやっていたさ。ただ、僕のはちょっと皆のやるやつとは勝手が違うんだよね」彼女はユメゴンドウを見据えつつ言う。「でも、心配してくれてありがとう。次からはもっと気を引き締めるよ」

 彼女の言葉が腑に落ちずに暫く唸っていたユメゴンドウだったが、やがて軽く溜息を吐くと、分かったならいいわ、と諦念混じりの声で言った。

「さ、わだかまりも無くなったことだし、ここからは賑々しい感じで行こうじゃないか。アイスブレーキングの一つとして、しりとりでもやらない?」

「シリトリ? 何よそれ」

「言葉のお尻と頭をくっつけ合う遊びだよ。最後に”ん”をつけちゃった子の負け。結構燃えるぜ」

「え、なにそれ、面白そう!」ハナゴンドウが目を輝かせる。「やろうよユメちゃんっ!」

「……まあ、あんたがやるなら私もやるわよ」

 結局やるのか、しりとり。観戦に回りたかったが、場の雰囲気を再び壊すようなことは避けたかったので、私も渋々参加する。


 一番手に決まったクロウタドリが意気揚々と最初の言葉を放った。

「じゃあ僕からね。””の『い』から」


 ……私は、このゲームの不穏な先行きを予感して、頭を抱えたくなった。



***



「ちょっとクロウタドリッ、いい加減滅茶苦茶なこと言ってインチキするのやめなさいよ!」

「だからインチキじゃないってば。次は「ぎ」ね」

「アオサギっ、『クンセイなんちゃら』っていうのは本当にある言葉なの?!」

「流石にそれは知らないわよ……」

 予想通り、アイスブレーキングのはずだったしりとりは地獄の様相を呈していた。――主にクロウタドリが引っ搔き回していることは言うに及ばないが。そして私は、彼女が繰り出す謎の語彙の解説役になっていた。

「『燻製ニシンの虚偽R e d H e r r i n g』だよ。物語を紡ぐうえでのプロット・デバイスの一つだね。ミス・ディレクションなどを提示することで受け手の気を逸らして、真相が分からないようにする手法のことを言うのさ」

「……何言ってんのかさっぱり分からないんだけど」

 困惑からかユメゴンドウが眉を寄せたまま目をしばたたかせる。まあ、彼女の説明を聞くに実際にある言葉なのだろうが、最早専門用語の域にあるものを新世代たちにぶつけるのは流石に可哀想だろう。

「クロウタドリ、流石に大人げないわよ」

 私は彼女を詰る。

「手加減する方がよっぽど失礼だと僕は思うけどね」彼女は悪びれもせずにそうのたまう。「それとも、ユメゴンドウちゃんはそれを望んでいるのかな?」

 彼女はユメゴンドウの方へとちらりと見遣る。それを挑発と受け取ったのか、彼女の顔に朱が差す。

「ん……っなわけないでしょ?! 上等よ、やってやろうじゃない!」

「そうこなくっちゃ。じゃ、次は『ぎ』ね」

「ぎ……ぎ……あっ、『ぎるてぃ』!」

「ぎるてぃ?」ハナゴンドウが首を捻る。

「えっと……なんか、よくないことをしちゃったっていう意味らしいわ。博士が前に教えてくれたのよ!」

 物知り~と感心しているハナゴンドウに、ユメゴンドウは自慢げに胸を張る。おお、ついに英単語の領域にやってきたか。私は感心する。

「じゃあ、いかだ」番が回ってきた私が答える。

「だ、かぁ」次のハナゴンドウが困り顔で目を泳がせる。私はそれを見かねて、助け舟を出した。

「濁点――にごりを無くして『た』でもいいのよ」

「あ、じゃあ『たい』! 海の中で見るお魚!」

「やるね。じゃあ、ユメゴンドウちゃんみたいに僕も英語で攻めようかな」

 ……なんか嫌な予感がするな。

 そんな私の予感を裏切らずに、クロウタドリは綺麗な発音で言った。


禁反言Estoppel


「んがあぁぁぁっ!! だからマジでなんなのよッ!!!」

 顔を真っ赤にしてクロウタドリに突進していこうとするユメゴンドウをハナゴンドウがなんとか後ろから引き留める。私は今度こそ本当に頭を抱えた。私が願うような静かで情緒的な旅路は、恐らく訪れることは無いのだろう。



***



 一触即発の殺気立ったしりとり――主にクロウタドリとユメゴンドウとの間だが――を続けるうちに、いつの間にか私たちはゴコク地方に上陸していた。橋の袂で次の単語を考えてうんうん唸っていたユメゴンドウが、不意に立ち上がって叫んだ。

「かっ、『かるた』ッ!!」

「あ、それ知ってる~。前にとしょかんで博士たちに教えてもらった遊びだよね」

 ユメゴンドウとは対照的にハナゴンドウがのんびりとした声で言う。

「ほらっ、次はあんたの番よ!」

 ユメゴンドウはクロウタドリを指差しつつ叫ぶ。本来は私とハナゴンドウが合間に入るのだが、もうそこはうやむやになっていた。

「うーん、それじゃあ――『終結Termination』」

 おや、これは――。

「『ん』!! 『ん』って言ったわよね! なんか意味は良く分からないけど絶対最後に『ん』ってついたわっ!!」

 同意を求めるように彼女は私たちの方へ顔を向ける。私とハナゴンドウは顔を見合わせた。彼女もユメゴンドウと同じく単語の意味は知らないはずだが、どうやらその表情から、クロウタドリの意図を察していることが分かった。

「そうだね~、確かに『ん』って聞こえたよ」

「私も」

「でしょ!」ユメゴンドウが鬼の首を取ったとばかりに、勝ち誇ってクロウタドリの方を指差す。「あたしの勝ちよ、クロウタドリ!」

「あちゃー、すっかり油断してたな」

 彼女は頭を掻きつつそう言ってから、ぱちんと一つ手を打ち鳴らした。「それじゃ、しりとりはここまでだね。二人はどっちに行くんだっけ?」

「わたしたちはこっちだよ、イカ探しの続きをしに行くの~」

 ハナゴンドウが北東の方を指差す。それは、元々クロウタドリが希望していたモノレールの通っている方角だった。彼女との対話の結果、私たちは南方を通ってパーク・セントラルへと向かうことになっていたので、ここからは別々の行動となる。

「それじゃ、ここでお別れだね。ありがとう、楽しかったよ」

 クロウタドリはそう言って、軽く手を挙げた。随分とあっさりとした別れの挨拶だったが、しりとりに勝利して気分がいいのか、ユメゴンドウがそれを咎めることは無かった。

「あたしたちもいい暇つぶしになったわ。無事に目的地に着けるといいわね」

 彼女はそう言うと、再びクロウタドリの方へと指を突き付け、宣言する。

「次会った時には、またやりましょ。今度も勝つわよ」

 その言葉に、クロウタドリは軽く微笑んでから返答した。

「楽しみにしてるよ」


 日が沈み、水平線のその奥から照らし出される残光で鈍い朱色に染まる空を背景に、私たちは南東方向に向かって歩いてゆく。彼女たちと別れて少ししてから、私は前を歩くクロウタドリに話し掛けた。

「――手加減はしないんじゃなかったの」

 彼女は軽く頭を回してこちらを見遣ってから、再び正面を向き、静かに告げた。

「遊びに付き合ってくれた子を最後に不快にしてから突き放すほど、僕の性格は悪くないよ」

 それより、と言って彼女は続ける。

「あおちゃんもそれなりに楽しかったんじゃない?」

「しりとりが?」

「まあしりとりでもいいけどさ。それよりも、あの子達との交流が」

 私は数時間前までを軽く振り返ってみて、軽く頷いた。

「楽しかったとまでは言えないけれど……まあ、それほど苦痛ではなかったわね」

 ゲーム中の雰囲気には少し圧されていたが、確かに自然と笑みが溢れる場面もないでは無かった。


 前より誰かとの交流を忌避する気持ちが無くなりつつあるのは事実だ。認めるのは癪だが、この20年全く無かった、クロウタドリを始めとした他者と一日の大半を過ごすという経験をしたおかげだろう。

 誰かと関わるのは依然として苦手だ。でも、他者との交流は焦燥感や罪悪感、劣等感しか生まないという自分の中の極端な観念は、薄らぎつつあった。少なくとも、ごくたまにではあるが、その中で楽しみや安らぎを見出すことが出来る位には。


「それでもいいよ」

 クロウタドリは満足げに頷いて言う。

「ハネジロちゃん、ジャコウちゃん、そしてさっきの二人。彼女たちはみんな君が長い間避けてきた新世代の子たちだけど、案外僕らと変わらないだろう? あの異変を生き残った僕らと新世代の垣根ってものは、言うほど高くないんだよ。場合によっちゃ、新世代の子たちの方が大人だって思える時もあるくらいに」

 彼女は再びこちらに向けて首を傾げた。

「焦る必要はない。旅路は長いんだからね。これから先、ジャコウちゃんが言ったように出来るだけ沢山のフレンズたちと関わっていけば、いつか君自身が何者なのか分かる日がやってくるだろう。君の失われた記憶が戻ってくる日もね」


 私の記憶。異変前の学生時代に、異変時のこと、私とクロツグミがどのような関係だったのか、そして、クロウタドリは何者なのか。

 旅路の果てにそれがあると言うのなら、出来うる限りのことはやりたいと思い始める自分がいた。例えそれが、苦手な他者と関わることであったとしても。夜の闇が広がる前途を見据えつつ、私はそう思うのだった。


 


 

 


 

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