♯15 レジャー日和。

 遊園地当日の日曜日、幸いな事に今日は雲一つない快晴で、絶好のレジャー日和だった。僕は待ち合わせの駅に少し早く着いた。ロータリーの時計の針を見ると、まだ9時30分だった。待ち合わせの時間の10時にはまだ30分も早い。


 僕はバス停のベンチに座ると、待っている間の暇潰しに、ウォークマンで音楽を聴くことにした。今日は陽射しが強い。太陽光から受けた熱を逃がすため、僕はお母さんに持たされた水筒に口をつける。それからしばらく音楽に浸っていると、背後から背中を叩かれた。振り向くと、そこには案の定佳香さんがいた。


 「おっはよー、早いね、まだ15分前だよ?そんなに私とのデートが楽しみだった?」

 「たまたま早く起きて、やる事が無かっただけです。佳香さんこそ、まだ15分前ですよ?」


 いつの間にか、15分経っていたらしい。30分前に来ていた事が何だか少し恥ずかしく思えた。


 「楽しみにしてるであろう渉くんに合わせたんだよ。感謝してね?」


 知らん顔をしてから考える。もし僕が犬だったら尻尾の振り具合で、嬉しい事がすぐに悟られてしまうんだろうな。なんて思い浮かべていると、佳香さんが手を取り、「行くか!」と言った。


 僕はまずいと思った。まだ柏が来ていない。そもそも来るのかも分からないが、何とかして10時まではこの場所に留まりたい。幸いにもこの駅のロータリーにはコンビニがあった。


 「僕喉乾いたんで、そこのコンビニでジュース買ってきます。ちょっと待ってて下さい。」

 「ん、了解。」


 僕はコンビニに着くと、ロータリーをガラス越しから見渡せる雑誌コーナーに身を隠し、佳香さんと来るか分からない人物の登場を待った。しかし数分すると、さっき水筒のジュースを飲んだからか、急に尿意が湧いてきた。僕はコンビニの店員にトイレを借りる趣旨を伝え、トイレに入る。急いで用を済ませ、トイレから出てロータリーの方を確認すると、柏と佳香さんが距離を置いて横並びに立っていた。側から見ても、険悪な空気が漂っているのが分かる。僕は臆しながらもコンビニを出ると、2人の所に着く。


 「渉、コレなに?」


 こうなる覚悟と予想はしていたけれど、やっぱり怖い。マジギレってやつだ。


 「2人の仲はよく知らないけど、一緒に遊べば仲良くなると思って...」


 「誰がそんな事頼んだよ!!!」


 駅中に響き渡るほどの怒声で佳香さんは言った。僕は完全に彼女の怒りに飲み込まれてしまった。。行き交う人達も何事かと、こちらをちらちらと見ている。情けないことに、今にも泣き出してしまいそうだ。時が止まってしまった様に感じた。すると、佳香さんは肩を落として、僕に背中を向けた。僕達がいる改札前とは別方向に一歩足を踏み出す。やらかしてしまった、と思った瞬間、


 「お姉ちゃん...」


 いつもの柏からは想像できないくらいひ弱な声で、佳香さんを呼び止めた。彼女の足がピタリと止まる。彼女が振り返ると、今にも泣き出しそうな小学五年生が2人もいた。


 「はぁ...行くか」


 頭を掻きながらそう言うと、佳香さんは駅の改札に向かって先に歩き出した。僕はこの後、柏にも怒られるんだろうなと思っていたけれど、彼女は僕の隣に並ぶと小さい声で「ありがとう」とだけ言い、改札を抜け僕の前を歩いて行った。少なくとも柏には喜んでもらえたようだ。


 遊園地までは、電車で一時間以上かかる。電車内での会話は酷いものだった。最初はお互いが僕と一対一で会話をするが、次第に一方が僕に話しかけると僕がもう一方にそれを伝えるという、伝言ゲームの様な会話劇を繰り広げてしまった。そんなこんなで、目的地到着まで佳香さんと柏は、依然会話をしなかったが、僕を通じて少しは意思疎通が取れたように思う。そう思いたい。じゃないと僕の心が持たない。


 「やっと着いたかー!私電車苦手なんだよねー。渉くん(達)お腹空かない?」

 達、という言葉に笑いそうになるけれど、笑ったら怒られるんだろうな。隣の柏を見ると、少しだけ、ほんの少しだけ笑っていた。


 「少しだけ空きましたね。遊園地着いたらお昼にします?」

 「そうしよっか。じゃあバス乗降したら遊園地のレストラン直行で」


 柏と僕は頷くと、僕ら3人は一言二言喋りバス停へと向かった。バスは意外と早く、5分程度で来た。けれど、その中は蒸し暑くて仕方がなかった。早く遊園地で遊びたい気持ちと、早くこのサウナから出たいという気持ちで胸がいっぱいになった。バスから遊園地まではだいたい10分程度らしい。バスの中の電光掲示板に書いてある。僕が早く着かないかなと思っていると、隣にいる柏が僕をつつき、持っていた飴をくれた。すると柏は、


 「お姉ちゃんにも渡せた」


と言って彼女は今日一番の笑顔を見せた。柏の隣の佳香さんをチラリと見ると、下を向いていて表情がよく見えないが、口角が上がっていた。なんだか僕は心が満たされた気分になって、最初の憂鬱さと暑さのことなんて忘れてしまっていた。


 遊園地に着くと、僕ら3人はその大きさに驚愕?(びっくりという意味であっていると思う)した。


 「いやーしかし、間近で見ると本当にでかいねー」


 佳香さんがそう言うと、僕ら3人は自然と空を仰いだ。天気がいいのもあって少しまぶしい。


 「本当におっきいですね」


 僕らは入場口で受付をすませると、遊園地の中へと入っていった。

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