第43話口には絶対に出さないけれど

       ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 まぶた越しに光を感じ、セレネーは思わずギュッと目を硬く閉じる。

 それからすぐにハッとなって目を覚まし、慌てて飛び起きた。


(もう朝?! ああ……昨日イクスのせいで疲れ過ぎたから、着替えずにそのまま寝ちゃった……って、あれから何もなし? アイツのことだから、あんな便利な伝説アイテム手にしたら、夜襲ぐらいはかけるでしょうに……)


 もし何かあれば水晶球が知らせようと強い光を放ち、それでも起きない時は自動的に空へ浮かんでこちらの頭をコツコツと叩いて起こすように魔法をかけてある。万が一寝首を掻かれたとしても、相手に雷を流し込んで気絶させた上でブッ飛ばす魔法をかけられるよう自分に暗示をかけてある。


 部屋を見る限りは襲撃の後など見当たらない。寝る前と変わらずの部屋に、枕元ですやすやと眠っているカエル、閉じられたままの窓――よく見ると鍵が開いている。それに気づいてセレネーは首を傾げた。


(アタシ、開けた覚えないわよ……王子が外に出たの? まさか……)


 嫌な予感がしてセレネーの背筋に脂汗が滲む。すぐに荷袋から水晶球を取り出し、魔力を流し込みながら覗き込む。


「クリスタルよ、昨日アタシが寝た後のことを教えておくれ」


 こちらの質問にクリスタルは真実を映し出してくれる。

 しばらくその光景を食い入るように見つめ、何があったかを知った直後。


「あぁぁぁ……やっぱりぃ……」


 セレネーは水晶球を片手に持ちながら、もう片方の手で顔を覆ってため息をつく。


 案の定イクスは来ていたし、王子は自分のために犠牲になろうとしていた――何か起きなくても、気が緩んでいただけでは済まないことに、セレネーは顔をしかめる。


(イクスはアタシ以外には真面目で優しいヤツだけど、アタシが絡むと血が上るから……これで虫の居所が悪くて蹴りのひとつでも入ってたら……駄目ね、ひどい失態だわ)


 自分の私情のせいで巻き込んだ挙句、王子を危険な目に合わせかけたなんて。

 いくら無事で済んだとはいえ、もし何かあったら……と想像するだけで背筋は凍るし、自分にもイクスにも腹が立って仕方がなくなってしまう。


 今までもカエルが体を張ることはあったが、それは呪いを解くためで、何かあっても魔法で対処できるから。寝ている最中では自分から離れたカエルを守ることはできない。


 二度とこんな隙は作らないし、王子に迷惑をかけはしない。

 セレネーは気を引き締めようと、水晶球を腰の横に置いて自分の頬を軽く叩く。


(しっかりしていかないとね。幸い王子のおかげで解呪できるまでは邪魔しないでくれるみたいだし……王子を元に戻すことに集中しないと)


 昨日のことで疲れたのだろう、未だに起きる気配のないカエルをセレネーは見つめる。


(……アタシの事情も、イスクの事情も、どちらも汲み取って迷わずに体を張ろうとするんだから……カエルなのに……)


 自分のことよりも相手を思って、その時できる限りのことをする。

 これが当たり前にできる人なのだ、王子は。


 どんな人の姿なのかは知らないが、このままカエルのままだったとしても好きだと思う。誤解を招くといけないから口には絶対に出さないけれど。


 気持ち良さそうに眠るカエルを、セレネーは目を細めながらしばらく見つめる。

 こういう時間が幸せだと感じてしまうあたり、かなり入れ込んでしまっていることを自覚してしまう。


 もう少しだけ、このままで――なんて願えば、それは王子の解呪を望まないということになってしまうから、そんなことは絶対に考えないけれど。


 ただ、今日だけ遅い朝食にするぐらいは許されたい。


 セレネーは毛布の中から一旦抜け出すとベッドの縁に腰かけ、にこやかに微笑みながらカエルを眺め続けた。

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