第39話今に至る事情
「確か……お昼過ぎぐらいだったかしら。家のドアを激しく叩く音が聞こえてきて、なんだろうと思って部屋から出てみたら、イクスのお父さんとお母さんがズブ濡れで現れたのよ。
アタシの姿を見るなりこっちへ駆け寄ってきて、縋りながら懇願してきたわ……イクスを助けて欲しいって。
その日の朝からイクスはお父さんと一緒に森で狩りをしていたらしいんだけれど、深い所まで入り過ぎて、そこに住み着いていた魔物へイクスが誤って矢を射ってしまった……怒った魔物はイクスに呪いをかけて立ち去り、お父さんは倒れたイクスを慌てて家に連れ帰って、呪いをどうにかして欲しくてアタシの所に駆け付けたの。
もちろん助けるためにイクスの家へ向かったわ。その頃のアタシは街から魔法書を取り寄せて自分で魔法の勉強をしてたから、小さい時よりも複雑な魔法をかけたり、呪いの対処の仕方もある程度は知っていたわ。
だから……その呪いが命を確実に奪うもので、アタシの力では解呪できないものだってすぐに気づいちゃった。
もっと経験を積んだベテランの魔女じゃないと解呪できない。でも探しに行ってたら間に合わない。イクスを助けるのはアタシしかいなかった。
解呪は無理だったけど、一応イクスを助ける道はあったわ。
それが何かって? ……呪いを誰かに移すのよ。
イクスの代わりに誰かが犠牲になれば、イクスを助けることができる。でも代償に呪いを移された人は死んでしまう……必ず犠牲者を出さなくちゃいけないものだったの。
迷わずにイクスのお父さんは自分が犠牲になるから呪いを移して欲しいと頼んできたわ。
十四の小娘が幼なじみとその父親の命のどちらを選ぶかを委ねられて、動揺しっぱなしだったわ。どっちにも死んで欲しくないし、でも選ばないとイクスは亡くなってしまう。その場で散々悩みまくったわよ。
結局アタシはお父さんとお母さんに激しく懇願されて、イクスの呪いをお父さんに移したわ。
イクスは次の日には元気になったけど、お父さんは――。
本当は自分が死ぬはずだったのにお父さんが死んでしまった、イクスは戸惑っていたし嘆きもしていたわ。そしてアタシが何かしたんじゃないかって、問い詰めてきたわ。
……正直に答えたわよ。アタシが呪いを移したって。
答えた瞬間、イクスに突き飛ばされたわ。よくも親父を殺したなって……お父さんを犠牲にするぐらいなら、俺が死んだほうが良かったって。そりゃあもう激怒しまくりだったわ。
事情を知っているお母さんが間に入ってくれたから、馬乗りになってタコ殴りされるまではいかなかったけど、その日以来、アイツはアタシを冷たい目で見るようになったわ。
悲しかったし悔しかったわ。魔法の力を使ってここまで恨まれることなんてなかったし、誰かを不幸にしてしまったっていう手応えも初めてで……。
だからアタシはこんなことを二度と繰り返したくない一心で、村を離れて魔法の修行に出たわ。
そして一人前の魔女になったんだけど、その間にイクスは修行して、アタシと同じように困った人を助ける活動を始めていたわ。
たまたま助けて欲しいって頼まれて向かった先でアイツと鉢合わせちゃった時、指差しながら言われちゃったわ。俺はお前を絶対に許さないから、お前の居場所を片っ端から奪って復讐してやるって……アイツ、復讐のために勇者やって人助けしてるのよ。それから、俺と同じような思いをするヤツを作りたくないからって、アタシを倒してやるってさ。
確かにアタシはイクスを傷つけてしまったし、不幸のど真ん中に押し出してしまったわ。
だからといって、アイツに気兼ねして倒されるのも何か違うと思うし、ここで魔法から逃げたところで元に戻るワケでもないし、アタシはアタシの道をそのまま進むしかないと思って、突っかかってきたアイツをブッ飛ばしたわ――それが今も続いているっていうのが現状よ」
セレネーが話し終えると、カエルから細長いため息が聞こえてきた。
「そんな事情が……セレネーさんの道を示してくれた人が、それを全力で否定するようになってしまうんなんて……」
「アタシはその時できることをやってアイツを助けただけなのにね……理不尽でしょ? でも、そうでもしないとやってられないっていうアイツの気持ちも分かるから、気が済むまで相手するしかないと思うのよね」
何度も何度も懲りずにやって来ては挑んでくるイクスの顔を思い浮かべ、セレネーは小さく苦笑する。
「……ただ助けるだけじゃあ、願いを聞くだけじゃあ、幸せにできないんだって、この件で思い知らされたわ。今だって、王子の解呪でこんなにも苦戦してるし……アタシもまだまだよねー」
重くなった空気を散らすように、敢えてセレネーは明るい声を出し、辺りをキョロキョロと見渡す。
「セレネーさん……」
「あ、三時の方角に街発見。あそこを拠点にして解呪してくれる乙女を探しましょう。さ、王子、ちょっと飛ばすからフードの中に隠れていて」
促されてカエルが慌ててフードの中へ入り込む。その感触を確認してから、セレネーはギュンッとホウキを飛ばして新たな街へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます