第33話分散された愛

 ユベールの目が大きく見開かれる。そしてすぐに細まり、柔らかな弧を描く。


『あの、私で良ければ……喜んで』


 ゆっくりと屈んで差し出されたユベールの手にカエルがピョンと飛び乗る。

 そのまま緑色の頬へ唇が寄っていく光景を、セレネーは息を呑んで見守った。


(今回こそイケる。絶対にイケる。これで上手くいかなかったら、何がダメなのかまったく見当もつかないわよ。大丈夫、大丈夫――)


 チュッ、と唇が頬へ吸い寄せられる。しっかりと触れた音も聞こえてきた。


 ――なのにカエルはカエルのままで、何も変わりはしなかった。


「ええええええっ?! ど、どうして……え? アタシ、魔法を間違えてかけた……? そんなハズないわ。だとしたらユベールが本気で王子を愛していない……って、それも違うわね。もしそうなら、こんな顔しないわ」


 水晶球が映し出すユベールは、少し困ったように眉先を下げ、泣くのを堪えながら微笑んでいた。


『……王子、申し訳ありません。私では解呪に至りませんでした』


 カエルが呆然となってユベールを見上げていると、


『もしかして私が妹の中にいるせいで、このような結果になったのでは……』


 女性の姿と声のままだが、ユベールの兄が口を開いてくる。このままでは延々と兄が自分を責め続ける気がして、慌ててセレネーは話に割って入った。


『ちょっとごめんなさいね。一部始終を見させてもらったけれど、お兄様のせいではないわ。いくら体の中に魂が二つある状態でも、あくまでこれはユベールのみのことよ。二人いるからって、愛が半分になるワケじゃないから』


『しかしセレネー殿、私は妹がどれだけ真剣にアシュリー王子のことを想っていたかを知っている……肉体を共有していると、お互いに思考は隠せない。私を宿しているからこそ慎重に考えて、王子の人柄を知って惹かれて――』


 ユベールの兄が語る言葉にセレネーは何度も頷く。傍から見ていてもしっかり分かること。この内容にいったいなんの落ち度があるのかさっぱり分からなかった。が、


『――王子の妃となれば、国のことを想い、いち公僕として身を捧げなければいけない……その覚悟もしていたというのに……』


 兄がそう語った瞬間、セレネーはハッと息を引いた。


『それよ! それだわ!』


『え? ど、どういうことでしょうか、セレネーさん?』


 急に言い出したセレネーに、カエルがぎこちなく硬い声で尋ねる。


『ユベール……貴方にひとつ問うから、正直に答えて。まずあり得ない話だけれど、もし王子がこの先、国を大きく傾けるようなことをして、誰が注意しても直らなくて、国が滅びそうになったらどうする?』


 困惑した色を浮かべながら、ユベールが小首を傾げて思案する。そして真剣に考えた末、迷いなくハッキリと答えてくれた。


『絶対にそうならないよう、王子が間違った道へ踏み出す前に訴えていきますが……もしそうなった時には、王子を討ち、私も後を追うと思います』


 王子と結ばれて妃になるということは、少なからず政に関わることになる。城に仕えているからこそ、今までの乙女の中で誰よりもそのことを真剣に考えてくれた。


 ――まさかそれが裏目に出てしまうとは想定外過ぎて、セレネーは理不尽さすら覚えて大きく息をついた。


『はぁぁぁぁ……ユベール、貴方が真面目に王子との将来を考えたこと、疑う余地はないわ。ただ、だからこそ貴方の愛が王子と国で分かれちゃったのね』


 呪いを解くために必要な愛は、純粋に王子のみへ注がれなくてはいけないらしい。もしカエルが王子でなければ、きっと解けていたのかもしれないけれど。


 あまりにも惜し過ぎる内容にセレネーがやきもきしていると、ユベールは王子をテーブルの上に置き、その場へ跪こうとした。


『王子……大変申し訳ないことを――


『やめて下さい、ユベール! 貴方は私のことだけでなく、国のことまで考えてくれたのに……どうか謝らないで下さい。貴方のような人が城内にいるということが、光栄で仕方ありません』


 慌ててカエルはユベールを制し、小刻みに唇を震わせながら笑みを浮かべる。


『今までお世話になりました。私は呪いを解くため、また旅に出ようと思います』


『アシュリー王子……』


『どうか呪いを解いてここへ戻って来たら、またチェスをやりましょう。それまで父上や母上、皆のことをよろしくお願いします……さあセレネーさん、どうか私を貴方の元へ』

 望まれるままにセレネーは魔法の杖を水晶球へ振りかざし、カエルに光の粒をまとわせる。

 スゥゥゥ……ッと姿を消していくカエルへ、ユベールは目に涙を浮かべながら頷いてみせた。


『ええ、もちろんです! だから……どう、か……気を付けて、解呪を果たされて下さい』

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