第26話隙がなさ過ぎも困りもの
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
カエルが自国の王子だと分かっているということを差引いても、ユベールはカエルを丁重にもてなしてくれた。
食事は人払いをした上でカエルが食べられるものを分け、同じテーブルで談笑しながら楽しんだ。同性だから問題ないだろうと風呂にも一緒に入り、丁寧にカエルの頭や背中を洗ってくれた。寝る前にはチェスをして、時には夜更かしもして――という生活を送っていた。
色々と良くしてくれるユベールに恩を返したいと、カエルは今までの乙女にしてきたように、何か自分にできることをしようと試みようとしていた。ユベールの許可を得て登城の際にも同行し、邪魔をしないよう上着のポケットの中へ隠れたり、言われた場所で待機したりなどして機会を伺っていたが……できることが何もなかった。
『はぁ……』
チェスの最中、カエルが物憂げにため息をつく。その小さな気配にユベールの顔が曇る。
『どうされましたかアシュリー王子? ……何かお困りのことがあれば仰られて下さい』
『あああ……すみません。すごく良くして頂けて、毎日が感謝しかありません。ただ……何かユベールのお役に立ちたいのに、どうすることもできず……』
宿屋のベッドに寝転びながら水晶球で様子を眺めていたセレネーは、ふぁぁぁ、と欠伸をしてからカエルの言葉に内心頷く。
何かあれば自分も魔法を使って対処しようと思っているが、ユベールはなんでもこなしてしまう。カエルの出番も自分の出番もなく、退屈でしょうがなかった。かといって万が一もあるので放置もできず……。セレネーはカエルとは違った疲労のため息を吐き出す。
(なんでもできて隙がなさ過ぎるのも困りものね。このままじゃあ、ずっと高貴な客人のままだもの……呪いを解くために心を近づけるなんて無理だわ)
どうにかして取っ掛かりは掴めないかとセレネーが考えていると、水晶球の向こう側でユベールが考え込んだ。
『そうでしたか……王子のお気持ち、すごく嬉しいです。しかしカエルの身である王子の負担を考えると……』
『確かに人と比べればできることに限りはありますが、こう見えて意外と丈夫ですし、カエルだからこそできることもあります。小さな隙間に入った物を取ったり、人が立ち入れない所へ行ったり――』
カエルが話をする最中、ユベールがハッと息を引く。そして戸惑い気味に申し出た。
『あの……では、指輪を探して頂けないでしょうか? この屋敷のどこかにあると思うのですが、失くしてしまって……何度も隅々まで探したのですが、見つかっていないのです』
『分かりました、探しましょう! どんな指輪ですか?』
『とてもシンプルな、でも特徴的な指輪です。半分が銀色、半分が金色で、指輪の一か所にひねりが入った指輪……兄が私にくれた思い出の指輪なんです』
ようやく口にしてくれた願い事にカエルは胸を張り、退屈から解放されそうだとセレネーの口端は引き上がる。
『ユベールの恩に報いるために頑張りますね。屋敷の者を驚かせないよう、慎重に探して参りますから……どうかお任せ下さい』
やる気いっぱいのカエルをユベールはジッと見つめてから、精悍な顔をくしゃりと崩す。その顔は今にも泣きそうな、それでいて嬉しそうにも見えた。
『この体になってから、誰かに頼るなんて初めてで……ありがとうございます、アシュリー王子』
ああこの人、ずっと気を張り続けていたのね。強い自分を崩さないよう、自分の屋敷にいても徹底して――。
ほんの一瞬だけ覗いたユベールの本心にセレネーは目を細める。
こんな生き方をしていたらいつか潰れてしまう。せっかくの好青年をこのまま不幸の道へ向かわせるのは面白くない。
「……王子、アタシも力を貸すから、明日からしっかり探すわよ」
セレネーの声を聞いて、カエルが心の声で頼もしく返す。
(はい、よろしくお願いします!)
「ここで王子が期待に応えられるかどうかで、ユベールの未来が変わる気がするから……誰かに頼ってもいいんだってこと、しっかり教えてあげなくちゃね」
そう言ってセレネーは枕元に置いていた魔法の杖を手にし、光の粒を水晶球へと送り込む。
広い屋敷の中、寝ている間に指輪の行方を探しておく魔法。朝になれば見つかるだろうと思いながら欠伸をして間もなく――。
「……え?」
光の粒が一斉に消え失せる。
魔法が送り込めない状態になっていることに気づき、セレネーは顔をしかめた。
(わざわざ屋敷に防呪を施しているなんて……つくづく訳ありなのね)
こうなるとカエルが自力で見つけ出すしか方法はない。明日からの激務にまだ気づいていないであろうカエルは、にこやかにユベールとチェスを再開させていた。
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