一章:北の少女は家族思い

第3話水晶球の選定と魔女のにんまり企み

       ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 小屋を出てすぐにセレネーは玄関前に立てかけてあったホウキを手にして跨ると、軽く跳躍した。

 タンッと地面を蹴って両足が地面から離れた瞬間、ゆっくりと木々の上まで浮かび――ギュンッ! 周囲に障害物がなくなった途端に空を疾走した。


「うわあ、凄いですね! もう森があんな遠くに……」


 セレネーのフードに入っていたカエルが、もぞもぞと動きながら感嘆の声を上げる。さっきまで泣いていたとは思えない嬉々とした反応に、現金ねぇ、とセレネーは苦笑する。


「景色見るのはいいけれど、落ちないでね。アタシそこまで責任持てないから」


「は、はい、すみません。空を飛ぶなんて初めての事なもので、嬉しくてつい」


 照れ笑いを交えてから、カエルは声の調子を落とした。


「……私の呪いを解いてくれる姫は、見つかるのでしょうか? 情けない話ですが、自信が持てません」


 どうやらさっきのはカラ元気だったみたいね。王子にしてみれば、呪いが解けなかった上に失恋しちゃったから、そうそう簡単に立ち直れなくて当然よね――って、ちょっと待って。なんか引っかかることを言ったわね?


 カエルの弱音に同情しながら、セレネーはふと首を傾げる。


「ねえ王子、ひとつ聞くけど……もしかして今までお姫様ばっかり狙ってたの?」


「はい……私が元に戻ることができれば、その方を妃に迎えなければいけませんから。誰でもいいという訳には――」


 こ、この世間知らず……っ!

 と叫びそうになったが、どうにか唇を硬く閉じて呑み込むと、セレネーは大きく息をついた。


「あのねぇ……それ、すっっっごい高望みだから。カエルにキスできるお姫様なんて、限定し過ぎだわ。そもそもカエルってだけで毛嫌いする女の子は多いし、触るどころか姿を見るのも嫌だって子も珍しくないのよ? それなの姫限定だなんて……そんなことじゃあ死ぬまで呪いが解けないわよ」


 フードの中からハッと息を引く音が聞こえてくる。本当に気づいていなかったようで、カエルは魂でも抜け出そうなほど長いため息を吐き出した。


「はぁぁぁぁぁ……確かにそうですね。今まで立場にこだわりすぎてました。王族は王族と結婚するのが当然だと思っていましたから……」


 どんよりとフードから重く湿った空気が漂い始め、セレネーは顔をしかめる。これから旅を始めるというのに、最初からこんなに陰気だと滅入ってしょうがない。


 落ち込んで暗くなったところで状況が変わるワケでもないし、いいことなんてひとつもない。セレネーはわざと朗らかな声音でカエルに話しかける。


「落ち込まないでよ、ちょっと条件下げればいいだけの話じゃない。お姫様じゃなくても、カエルの王子を愛してくれそうな乙女を見つければ大丈夫! しかも私がついているんだから。どんどんサポートしてあげるから、呪いなんてあっという間に解けるわよ」


「セレネーさん……ありがとうございます! ずっとひとりで頑張ってきたので、セレネーさんという味方ができて本当に心強いです……ゲコ……ケロロロォ……」


 元気が出たと思いきや、今度は感動でカエルが泣き始めてしまった。案外と感動屋なのねぇ……と息をつきつつ、セレネーはホウキの速度を上げて空を突っ切った。


 しばらくして二人は北の国で一番大きな都に到着する。

 冬になると大量に積もる雪に備えて、どの建物も三角屋根だ。空から眺めていると色とりどりのキノコが生えているように見えてきて、いつも来る度にセレネーはよだれが込み上げそうになる。住処にしている中央の森には美味しいキノコがいくつも存在する。どうしてもそれを思い出してしまう。


(いけないいけない、これから魔法を使うんだから雑念を払わないと……)


 セレネーは首を振って気を引き締めると、都の中央でホウキを停めて滞空する。それからローブのポケットから水晶球を取り出し、眼下に広がる活気づいた街に向けた。


 ローブから這い出たカエルが、セレネーの肩越しにひょいっと水晶球を覗き込む。


「セレネーさん、何をしているのですか?」


「足で探してたら時間かかっちゃうから、この水晶球で王子の呪いを解いてくれそうな子を探すの――クリスタルよ、この国でカエルにキスしてくれそうな、気立てのいい娘を教えておくれ」


 そっとセレネーが囁きかけると水晶球はほんのり薄紅色に光り、中でモヤモヤとした陽炎のような揺らめきを見せる。それから徐々に揺らめきは人の形を作り出し、次第に一人の少女を映す。


 そこには食堂の看板娘と思われる少女が、昼時の忙しさに汗水を流し、懸命に働く姿があった。

 同じ給仕の娘にジーナと呼ばれ、彼女は快活な声で返事をしていた。


 やや釣り上がった目は勝気そうだが、整った顔をしている。愛想はよく、接客の物腰も丁寧だ。仕事仲間に対しても心配りができている。親や弟妹を大切にしているようで、家事も喜んでやっているようだった。


 姫という立場に比べれば、あまりに雑多とした環境。だからこそ地に足をつけて毎日を生きる彼女が魅力的だとセレネーは感じる。

 この子は悪くない。そう確信したセレネーは、肩口のカエルを見やった。


「良さそうな娘じゃない。どうかしら、王子?」


 水晶球をまじまじと見つめてからカエルは、ほう……と感嘆の息をついた。


「ああ、こんな方を妃にする事ができれば、きっと民にも心を砕いてくれるでしょう」


 夢見心地なカエルの声を聞き、セレネーはわずかに片眉を上げる。


(え、もう惚れた? 惚れるの早いわね?! なんかもう表情がうっとりしていて浮かれた感じなんだけど……大丈夫?)


 そんなに浮かれていると、うっかりボロが出て失敗しそうな気がしてならない。でも、せっかくやる気を出しているところに水は差さないほうがいいと思い、セレネーはあれこれツッコみたい気持ちをグッと堪えた。


「じゃあこの娘の所に連れて行ってあげるわ。でも、ちょっと夜になるまで待ってね」


「夜に? どうしてですか?」


「こういうのは雰囲気も大切なのよ。アタシに任せて! あの娘がカエルを受け入れやすくなるために演出するから」


 セレネーはパチリと片目を閉じてみせると、一度都の端へ行ってホウキを降り、街へと足先を向けた。


「まずは宿を探さないとね。ひとり分で済むからありがたいわよね」


「えっ?! ふたり分払わないと無銭宿泊になるのでは……?」


「カエルなんだから宿代はいらないでしょ。それに貴方が寝起きする所は宿じゃないわ」


「……そ、外、ですか……カエルですし、金銭はありませんから……当然ですよね」


「違うわよ。いくらなんでも王子に野宿させるほど、アタシは薄情じゃないから」


 不安そうに覗き込んでくるカエルに目を合わせながら、セレネーはにんまりと笑った。


「んふふ……もっといい所よ」

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